アンタ、良い人?悪い人?
タークは椅子を蹴って席を立ち、食堂内をイライラと歩き回った。
「なんと言う事だ!なんと言うマネを!!
奴らには恥という概念がないのか?!あんなおぞましい凶行を、我が軍の所行にするとは!!!
しかも他国を蹂躙した我が軍の殲滅はともかく、イピゲネイア都市民に何の罪がある!?
これが人間のやる事か!?人の仕業だというのか!!?」
血を吐くような叫びを聞きながら、ナムはぼんやりと考えた。
「あの『悲劇』が敵軍の襲撃だと?! 違う! あれは、我が軍の民間人虐殺だ!!」
激昂するタークの姿が、ティリッヒで連邦政府軍公安局員に銃口を向けるノーランド艦長の姿と重なった。
人々を守り戦う使命に誇りを持つ者の、激しい憤り。それが、目の前で取り乱すタークにもうかがえる。
(・・・この人、ホントはいい人、なのか?)
次第に懐柔されつつある。しかし同時に妙な危機感を覚えた。
信用できない。自分の勘がそう言っている。ナムは必死で猜疑心を引き締めた。
控えめに、食堂入口の扉がノックされた。
入ってきたのはさっきの給仕ではなく、酒類を乗せたワゴンを押す小柄で小太りの中年の女性だった。
「コニャックをお持ちしましたわ。ターク様。X.O.でよろしかったでしょうか?」
甲高い可愛い声だった。ピンクのスーツも年齢には不釣り合いだが、この女性はどうやら少女趣味らしい。
驚いたのは、タークの反応だった。
あんなにいきり立っていたのに女性が声を掛けるなり、スイッチが切り替わるように鎮まったのだ。
「あぁ、ありがとう。でも今夜はもうアルコールはよしておこうと思うんだ。
リグナム君と話すのが楽しくてね、どうやら飲み過ぎてしまったらしい。」
「ホホホ・・・。確かにこんなに楽しそうなターク様のご様子は久しぶりに拝見しますわね。
ではミネラルウォーターをお注ぎしますわ。もう少しお話になるのでしょう?
タッカー様のご寝室の用意もありますし・・・。」
「・・・寝室?何かあったのかね?」
「えぇ、多少遅れております。」
「そうか・・・。リグナム君、彼女はロゼリッタ。私の秘書だよ。」
「お見知りおきを、タッカー様。
こんなオバちゃんじゃ、お友達になっても楽しくないわねぇ?ホホホ♪」
終始穏やかに笑いながら、ロゼリッタは食堂から退出した。
心なしかタークが少し落ち込んでいる。気のせいだろうか?
「寝室って・・・。俺、やっぱ帰れないんっすかね?」
無駄と思いつつ、聞いてみた。
ロゼリッタが出て行った後、ぼんやりしていたダークがハッと我に返る。
「あ?あぁ、すまない。本当に今日は飲み過ぎたようだ。
帰る?バカを言っちゃいけないよ。夜になった火星がどれだけ危険か知らないわけじゃないだろう?」
「まあ、そうっすけど、腕っ節には自身有るし、棍棒返してもらえたら火星に生息してるキメラ獣くらい自分でなんとか出来るし・・・。」
「キメラ獣と戦う気かね?あんなモノ倒せるわけないだろう。」
当然だが、タークは譲らなかった。
「場所について説明がまだだったね。ここは都市マルスから10万Km以上離れた火星の裏側だ。一番近い街まででも車で3万Kmも離れている。
街から離れた荒野で出くわすキメラ獣は機械兵と大差ない。南極に近いから呼吸も難しいほど気温が低い。
泊まって行きなさい。悪い事は言わないから。」
「・・・。」
(何が悪い事ぁ言わねぇだ、てめぇがこんな所に連れてきたんじゃねーかよ、アホンダラ!)
ナムは怒鳴りつけたいのをグッと堪えた。
(参ったな、自力脱出は不可能だ!何とか隙ついて仲間と連絡を取らないと・・・。)
左耳のピアス。これだけが頼みの綱だ。
黙ってしまったナムに何を思ったか、タークが悪戯っぽく笑った。
「さて。帰宅を諦めてもらえたところで、今度は私から質問しても良いかな?」
「へ?しつもん???」
「さっきから私はキミの疑問に答えてばかりだ。今度は私の疑問に答えてもらうよ?」
「・・・。」
激しく動揺する心を落ち着かせるため、大きく息を吸い込んだ。
(そうだ、俺はまだ何も聞かれてない。
モカについての他愛のない会話、それがこいつの狙いじゃ無いはずだ。
いったい何を聞いてくる?モカの焼き印の事か?それとも『後宮』から救出された時の事か???)
自然体を装おうとして失敗した。どうしても緊張感を隠せない。
身構えるナムに、タークはさりげなく、サラッと気軽に問いかけた。
「キミ、パーフェクト・リュイ氏の愛弟子なんだろう?彼の事をいろいろ聞きたいんだけどね・・・?」
「・・・愛弟子なんかじゃないわーーーーー!!!?」
ナムは思わず絶叫した。
タークが目を丸くする。
「な、なんだねその拒絶反応は?」
「そっちこそ何だこの話の流れ!?何で今ここであの冷血暴君に話題が飛ぶんだよ!?」
「落ち着きたまえ。私はただ『妹』を返していただくに当たって失礼が無いように彼の人となりを・・・。」
「人となりぃ?!最悪だ最低だ!あんなんの愛弟子とか言われたら寒イボ立つわーーー!」
「そ、そうか、わかった、私が悪かった!!」
ナムの発狂は無意味に一国の元首が詫びる事態へ発展した。
散々喚いて落ち着いたナムは、小さくなって恥じ入った。
「・・・なんか、すんません・・・。」
「よくわからないが、キミ、大変なんだねぇ・・・。」
突拍子もない質問にここに来てからの異様な緊張感が弾けたようだ。穴があったら入りたい。
しかも代替わりしたとは言え、太陽系最悪の「大戦」を起こした国の元首に同情されるとは・・・。
「しかし困ったな。リュイ氏がキミが言うような『傲慢で冷酷で理不尽かつ無愛想』な御仁では、『妹』を引き取る時も一悶着有りそうだ。」
「・・・話、通じるヤツじゃないんで。」
「そのようだなぁ。う~ん。」
タークは腕を組んで眉をしかめた。
「相当特殊な御仁のようだ。いったい、どんな半生を送ってこられたのかねぇ?」
「半生、ですか?」
「うん、是非知りたいな。」
さりげなく言ったタークの言葉に胸がざわついた。
何の因果かつい先日、リュイの身の上話を聞いたばかりだ。口止めされてるワケではないが、コレを話していいモノかがわからない。決して幸せだったとは言い難い内容だ。
あんなヤツの話でも軽々しく他人に教えるのは気が引けた。だいたい何でそんな事をタークが知りたがるのかがわからない。ここはすっとぼけておいた方が良いだろう・・・。
ナムは「知らない」と言うために口を開いた。
その瞬間、冷たい衝撃が全身を貫いた。
回答を期待するタークの目。刹那に閃いた歪な感情。
本能がそれを察し、危機感が声を詰まらせた。
タークはここに連れてきた理由を『妹』の事が聞きたいからだと説明した。
そんな話は信じられない。自分はモカをおびき出す人質にされた。とっくにわかってる事だ。
なら、なぜ自分が選ばれたか?
サムソン大佐が気に入っただのと言っていたが、こんな事が理由になるとは思えない。
(局長の事を聞き出す為?・・・なんで?!)
ゾッとした。さっき自分を見つめるタークの目によぎったものの正体が恐ろしい。
期待、そして、殺意。
ターゲットをおびき寄せるなら拉致の事実だけで充分。得るべき情報を持っていない捕虜に、生きている価値などないのだ。
「さぁ?自分の事話したがらない人なんで。あんなヤツの事なんか知りたくもないっすし。
・・・でも、そうっすね。外惑星エリアで生まれたって、言ってたかな?」
全てを話すのは得策じゃない。
何か隠してると思わせつつ、相手が欲しいと思う情報以外を小出しにする。
非常時に平静を装う訓練は積んである。ナムは必死に恐怖と動揺を押し殺した。




