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ミッションコード:0Z《ゼロゼット》  作者: くろえ
独裁者の遺産
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闇迷宮の女神

モカが「後宮」で母と監禁されて幼少期を過ごしたように、タークもまたそこで生まれ育った。

母親の顔は知らない。物心ついた時からすでに側にはいなかった。後に病死したと聞いている。

男子に生まれたタークは徹底的に管理された環境で厳しく育てられた。

「あの男に後継者を育成する等という考えがあったとは思えない。捨て駒か、影武者にでもしようとしたんだろうね。

言語もおぼつかない内から教養をたたき込まれ、血を吐くように過酷な戦闘訓練を強いられた。

睡眠も食事も最小限、脱落者は速やかに『廃棄』される。毎日が生き残るだけで精一杯だった。」

タークは遠くを見つめる目で淡々と語った。

「それでもまだ私はマシな方だったに違いない。

異母姉妹達は家畜以下だ。あの男の餌食になった者も多かっただろう。

『後宮』は、まさに地獄だった。思い出すのもおぞましいよ・・・。」

深い吐息で一度話を止め、スクリーンに映る火星の荒野に目を向けた。

その目線を追ったナムは、闇に飲まれつつあるなだらかな斜面に何かが立っているのを見つけた。

(・・・人!? いや、岩だ。大きな岩が風に削られて人の形に見えてるのか・・・。)

「ある日、とうとう私は耐えきれなくなった。

『後宮』からの逃亡を謀ったのだよ。決死の覚悟だった・・・。」

タークが再び語り始めた。


監禁されている独房から脱出したタークは警備兵に追われながら広い「後宮」を逃げ惑った。

どこをどう走ったか覚えていない。暗く冷たい回廊を幾つも駆け抜け、哀れな性奴隷達が監禁されている牢獄を彷徨い、血まみれの訓練場を突っ切り、死臭漂う「廃棄物」処理場を後にした。

そしてある「特殊なエリア」に紛れ込み、力尽きた。

逃げ切れない。間もなく追っ手が自分を見つけ出すだろう。捕まれば「廃棄」される。

そう悟ったタークは、壮絶な恐怖に捕らわれた。

錯乱し、隠し持っていたナイフを抜いた。研ぎ澄まされた刃を首筋に当てる。

ほんの少し引くだけでいい。痛みはあるだろうが今まで味わった苦痛よりはずっとマシに違いない。

暗い回廊の冷たい床にへたり込んだタークは、目を閉じた。

これで、終わる。

何年かぶりに微笑んでいる自分に、少しだけ幸せな気分を味わった。


その時、ナイフの柄を握りしめる手にそっと何かが触れた。

「後宮」の闇に中で、今まさに自害しようとしていたタークは、思いがけない温もりに硬直した。

目を見開き振り仰ぐ。

女性が、居た。

自分の傍らで床に跪き、心配そうにのぞき込んでくる女性の眼差しに、釘付けになった。

白くか細い手の暖かさに促され、タークはナイフを手放した。

女性はゆっくりと、小さく首を横に振る。

死んでは、いけない。

呆然と見返すタークに向けられる、嘘偽りない慈愛の微笑みが、優しくそう訴えていた。

タークは子供のように声を上げて、泣いた。


「その時の事は忘れた事はない。今でも鮮明に思い出せる。

美しかった。そう、まるで女神のように美しかった・・・。

あんなに感動したのは生まれて初めてだった。

薄い生地のドレスに包まれた肢体、長く豊かな香しい髪、ほの暗い回廊に灯る微かな光に照らし出されたたおやかな姿・・・。この世にこんなに神々しい者が居るなど思いもしなかった。

人の優しさに触れたのも初めてだったよ。彼女は私の命だけではなく、心と魂を救ってくれたんだ。」

火星の荒野を眺めるタークは声を振るわせた。

まるで本物の女神を崇め奉っているようだ。ナムは半ば呆然と高揚するタークの様子を見守った。

しかしタークは、スイッチを切るようにスッといきなり鎮まった。

再び話し出した時には、すっかり元どおりに落ち着いていた。

「その後私は追ってきた警備兵に捕まった。

乱暴に引っ立てられる中、彼女が回廊最奥の重々しい赤黒い扉の中へ連れ込まれてくのが見えた。

その扉の向こうが『拷問部屋』だと知ったのは、後の事だ。」

「拷問部屋?」

「そう。あの男の欲望を満たす為だけに造られた部屋だ。

その女性が、『デライラ』という名だと知ったのは、私が『後宮』を出て随分たってからだ。

思いつく限りの手段を使って必死で調べたが、彼女についてやっとわかったのは、それだけだ。」

「・・・とっ捕まって、『廃棄』されなかったんっすか?」

「何とか免れたよ。厳しく罰せられたがね。

とにかく私はあの男によく似ている。出来がいいから『廃棄』するのが惜しいと言われたよ。

皮肉なものだな、この顔に助けられるとはね。」

タークは自らの容姿を自嘲した。


「後宮」を出たタークは、リーベンゾル帝国の権力掌握に乗りだした。

「後宮」を生き抜き誰もが認める実力を身につけていたタークが「後継者」として認められるのにそれほど時間は掛からなかった。

進んで強化サイボーグ手術を受け肉体改造も行った。戦士としても彼の右に出る者はいなかった。

行く手を邪魔する者はどんな手段を用いてでも排除した。なんとしても、そして一刻も早くこの国のトップに登り詰める必要があった。

それが例え、実父たる独裁者と骨肉の争いになろうとも構わなかった。

全ては、「デライラ」のために。

狂気の独裁者を倒し、彼女を「後宮」から助け出す!

闇の国の頂を目指すタークを支え続けてきたのは、あの日の優しい微笑だった。


ふと、タークが恥ずかしそうに首筋をさすった。

「・・・いや、私は何を話しているのかな?今日は少し飲み過ぎたようだ。

だが少しでも理解してもらえると嬉しいよ。『デライラ』は私にとって女神のような女性(ひと)なんだ。

それで先日、エベルナで『妹』に会った時いろんな想いがこみあげてきてしまって・・・。本当に悪い事をしたよ。」

スクリーンに映る荒野はすっかり黒く塗りつぶされてしまい、何も見えなくなっていた。

タークはテーブルの席に戻った。

「今、祖国リーベンゾルの『元首』はこの私だ。

この地位を掴むまで血のにじむような努力をしてきたが、結局『デライラ』は救えなかった・・・。

リグナム君、私はね、鏡で自分の顔を見る度に複雑な気分になるんだよ。

私はデライラの命を奪ったあの男を恨んでいる。彼に似ているこの顔は私の胸に怒りや哀しみを生じさせ、やりきれない思いにさせるんだ。

しかし一方ではこの顔のお陰で私は今の地位を築けている。

我が祖国リーベンゾルの民にとって、あの男は未だ『英雄』なんだよ。

例え恐怖政治を強いて重税を掛けても、意に添わぬ者を弾圧し容赦無く処刑しても、内外問わず戦争に明け暮れて生活を困窮させても、国民達はあのゴルジェイという男を神のようにあがめている。

彼に似ている。それだけで国民が私を元首として認めてくれている部分も、確かにあるんだ。」

ゲルゼー・ヴァンの砂漠でリュイから聞いたリーベンゾル国内の話が思い出された。


「どいつもこいつもてめぇの命なんざとうに捨てたって(ツラ)して狂ったように同じ事を叫び続けた。

『ゴルジェイのために!』。

・・・あの国は、まともじゃない。何もかもが狂っていた。」


リーベンゾルの国民達は、最強の傭兵と恐れられるリュイにこう言わしめるほどの狂気に未だ捕らわれたままなのだろうか?

独裁者は『後宮』内部で死亡したと言われているのに・・・。

「なんでそこまで・・・。」

ナムは思わずつぶやいた。

長い、重たい沈黙が豪華な食堂内を満たした。

考え込むナムをじっと眺めていたタークが再び口を開く。


「・・・知りたいかね?」


「えっ?!」

驚いてタークを見上げた。

穏やかに微笑むタークと目が合った。内に潜む感情がまるでわからない、不思議な目だ。

「何故あの男はリーベンゾルの地で神のごとく振る舞えたのか?

一介の傭兵だったあの男が、国を興し、地球連邦を脅かし、『大戦』を起こし得たのは何故だったのか?

・・・答えはね、あの『後宮』にあるのだよ。

私の『妹』の体に刻まれた焼き印で開く、あの『後宮』最奥の赤黒い扉の向こうに、ね。

サムソン大佐の言うとおりだな。リグナム君、キミはなかなか見所があるようだ。

私はキミが気にいったよ。だから特別に教えてあげよう。

あの男が残した 『 遺 産 』 の事をね。」


独裁者(ゴルジェイ)の遺産。


ナムはこの時初めて、この言葉を耳にした。

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