独裁者の面構え
テーブルの上の料理をあらかた食い散らかすと、デザートが運ばれてきた。
ショートケーキやタルト、シュークリーム、エクレア。新鮮な果物の盛り合わせや色とりどりのアイスクリームもある。
半ばやけくその気分でむさぼり喰うナムを、タークは笑顔で見守った。
「いや、健啖健啖!これだけ賞味してもらえば料理人も腕を振るった甲斐があるだろうな。はっはっは!」
「・・・そりゃ、どーも。」
面白くない。ナムは手づかみでチョコレートケーキを頬張った。
確かにエベルナでモカと一緒にバケモノ化したタークから逃げ惑っていたときはまだ「お友達」だった。
でも今は両思いでお付き合いしている。なのに、堂々と言えないのがもどかしい。
しかも、タークのシスコンじみた懸念は別の男に向けられていて・・・。
「それじゃ、本当にあの『パーフェクト・リュイ』氏と『妹』は、特別な関係じゃないんだね?」
「あっっったり前!!!・・・です。」
ジョーダンじゃねぇわ!モカは俺のカノジョだっつの!!
勝手にあんな冷血暴君と特別な関係にしてんじゃねーよ!!!
これが叫べたら、どんなにスッキリするか?!ナムは拳を握りしめて必死に耐えた。
タークが深くタメ息付いて椅子の背もたれにもたれかかった。
「ありがとう、安心したよ。
あの忌まわしい地球連邦政府軍の大量虐殺から彼女を救い出してくれた事は感謝してるんだが、ミスター・リュイと『妹』とでは歳が離れすぎてるからね。」
ナムはイチゴのタルトへ伸ばした手を止めた。
「ウチの局長が彼女を助けた事、知ってたんっすか?」
「我が国にも諜報員はいてね。戦災後で混乱していてもいろいろと調べる事はできたんだよ。」
「・・・。」
違和感を感じた。
以前ゲルゼー・ヴァン共和国でのミッションで人身売買組織の犯罪に首を突っ込んで捕まった時、助けに来てくれたリュイから聞いた話が思い出される。
地球連邦政府軍が強行したリーベンゾル帝国本土の大規模空爆・「7日間の粛正」。
高濃度の放射線汚染をもたらすKH線ミサイルまで導入された壮絶な爆撃の最中、「後宮」からたった1人連れ出された少女が、モカである。
あの時、リーベンゾルの渓谷でリュイが出会った謎の集団は、独裁者が籠城する「後宮」から瀕死のモカだけを連れ出した。
「なぜ、モカだけを連れ出した?
独裁者でも大量の財宝でもなく、何も知らないガキだったモカを、だ。」
話の最期にリュイは疑念を口にした。
謎はそれだけではない。いったい誰が「後宮」からモカを連れ出そうとしたのか?
「後宮」があった場所は今もKH線の汚染がひどく、誰も足を踏み入れられないでいるという。
諜報員が調査した?あり得ない。
そう考えれば、答えは一つ。
あの日、連邦政府軍が苛烈な空爆を実施したあの場所に、この男も、居た。
もしくは、空爆後、生還した者がこの男と通じている・・・。
闘志が湧いてきた。
ナムはイチゴのタルトを取って、思いっきりかぶりついた。
「デザートも美味いっすね。あ、彼女もこういうスイーツ、好きっすよ。」
「ほぉ、そうか。ははは、女の子だからなぁ。」
タークが楽しそうに破顔する。しかし、こんな他愛のない事が聞きたいわけじゃないだろう。
ここからは心理戦だ。どっちがより相手から情報を引き出せるか・・・。
「あ、スンマセン。コーヒーはアイスで、カフェオレでお願いしま~す。」
テーブルにコーヒーカップを置こうとしていた給仕が、急にふてぶてしくなったナムに目を丸くした。
運ばれてきたナムのアイスカフェオレは、不味かった。
豆が悪いのか入れ方が悪いのかはわからない。コーヒーにこだわる上官のお陰で、知らないうちに舌が肥えてきていたのかも知れない。
さっきからずっと、モカについて当たり障りのない事を話ながら相手の様子を伺っている。
どんな小さな、他愛のない事でもタークは大げさなくらい喜んだ。その笑顔はごく自然で、怪しげな影はまったくないように見えた。
「そうか。『妹』はコーヒーを淹れるのが上手いのか。これは楽しみだな。早く彼女が入れてくれるコーヒーを飲んでみたいものだ。」
湯気燻る自分のコーヒーを眺め、タークがしんみりとつぶやいた。
受け皿に盛ったアイスクリームを食べていたナムは、スプーンの手を止める。
「本気で彼女を引き取るつもり何なんッスか?」
エベルナであんな目に遭わせといて、という気持ちがこもった一言に、タークが渋く苦笑する。
「難しいかもしれないね。すっかり怖がらせてしまったからなぁ。本当に悪い事をしたと思ってるよ。
私自身の容姿にも問題があるだろう。この通り父親に似てしまったからね。心を開いてもらうには時間がかかるかもしれない。
でも、そうも言っていられない事情もある。
地球連邦政府があの娘を狙っているし、我がリーベンゾルに敵対する国や組織は他にもたくさんある。
『妹』に危険が迫っている以上、一刻も早く保護して安全な場所へ連れて行きたいんだよ。」
「えっと、ターク、さんって呼んでいいっすかね?そんなに父親似、なんっすか?」
「・・・。」
意外な事に、タークが困った顔をして黙り込んだ。
何かある。ナムは一つ目の賭に出た。
「ご存じかもしれないんっすけど、『妹』さんは心の病気を患ってます。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)です。父親が原因らしいんっすけど、詳しい話は聞いてません。
この事で何かご存じなんっすか?俺も仲間達も心配してるんです。」
モカの口から聞いた詳細は伏せた。
この男が、彼女の運命を大きく変えたその日の事をどこまで知っているのかを探りたい。
「・・・。」
タークの右手が閃いた。
火星の荒野を映しだしていた壁の映像が、パッと切り替わる。
映し出されたのは、初老の男。
軍服らしい服装の胸から上、まったく表情のない顔写真だった。
「父だよ。残念ながら、私の実父だ。
・・・あぁ、呼び方はそれでいいよ。余計な気兼ねはしないでくれ、堅苦しいのは嫌いなんだ。」
悲しそうに、タークが言った。
写真の男は目を見張るほど、タークとよく似ていた。




