世にも異様な晩餐会
バイオリンの音色が耳に心地いい。
(この曲、なんて名前だっけ?何年か前にTVのCMで使われてた曲なんだけど・・・。)
ぼんやりした頭で考えてみる。
クラッシックは興味が無くて、どんなに有名な曲でもサビの部分しかわからない。
(っつか、なんで俺、こんなところに居るんだろう・・・?)
ナムは目の前の光景に恐怖と戦慄を覚え、身震いした。
煌びやかなシャンデリアが輝く高い天井、重厚なウォールナットのマントルピースの下で赤々と燃える暖炉の炎、目の前のマホガニーの巨大なテーブルには贅をこらした様々な料理が並べられ、シルククッションの椅子に座らされた自分の横では弦楽合奏の生演奏。
(ここ、どこ?どっかの宮廷晩餐会???)
ガッチガチに緊張していると、隣で給仕からワインをサーブされていた主が生演奏に苦情を述べた。
「キミ達、この客人はまだ若いんだぞ?クラッシックより若者向けの曲にしてくれないか?
例えばほら、先日小惑星エリアのアーバイン合衆国で話題になった、ナントカボンバーとか言う女の子達が歌ってる曲とか・・・。」
「あ、このままでいいっす。」
キュルッピンを丁重にお断りして、こっそり周囲の様子を盗み見る。
食事するだけの部屋らしく、他に目だった調度品はない。壁には現代アートの絵画が幾つも飾られていて、その前で給仕係達が姿勢良く佇み微笑んでいる。
出入口は自動で開閉する重厚な扉だけ。窓は一つもない。
(参ったな。ここ、どこなんだよ・・・!?)
ナムは困惑した時の癖で頭の後ろを掻きたがる右手を、左手で押さえて我慢した。
マルスの裏路地で車に連れ込まれるなり、睡眠導入ガスを嗅がされた。
意識を失ってから、どれくらい時間がたったのかもわからない。目覚めた時の強烈な空腹感が恐ろしかった。かなり長時間連れ回された証拠である。
眠っている間に棍棒や間抜け般若のバックル等、武器にナリそうな物は没収されていた。
ジャケットに取付けたピンバッチの通信機もなくなっているが、ピアスは無事だった。通信機だとバレなかったようだ。
しかしこれは使えない。万が一、ピアスで通信する相手が目の前の男にバレてしまったら・・・。
「さぁ、大いに食べなさい。腕のいい料理人に作らせた物ばかりだよ。遠慮は必要無い。
もちろん礼儀もね。」
戦き固まるナムに、謎の宮殿の主・・・リーベンゾル・タークは気さくに笑いかけてきた。
しきりに勧めるので仕方なく、目の前のローストビーフを受け皿に取って口にする。
あ、ヤベ。マジで美味い!途端にナムのフォークを持つ手が止まらなくなった。
「はっはっは!そうそう、いい食いっぷりだ!若者はこうでないといけない。
よく食べよく眠り、元気であるのが一番だ。」
愉快そうにタークが笑う。爽快で心から楽しんでいる笑顔だった。
(こいつ、この前エベルナの基地メチャクチャにしたんだったよ、な?)
チーズのかかったカツレツを口に押し込みながら、ナムは横目でタークを伺った。
品のいいスーツ、スッキリと刈上げた髪、穏やかな物腰、好感が持てる言動。どれをとっても完璧な好漢で、あの日の『バケモノ』と同一人物とは思えない。
訝しみながらぶ厚いステーキにナイフも入れずにかぶりつく。
上質なヒレ肉のうま味が口の中に炸裂した。メチャクチャ美味い。
「いやぁ、キミの食いっぷりは見ていて気持ちがいいな。こんなに愉快なのは久しぶりだよ。
ステーキが気に入ったかね?お代わりを用意させよう。どんどん食べなさい。せめてもの『詫び』だ。」
「・・・詫び?」
「そう。お詫びの印だ。・・・エベルナでの一件のね。」
タークが笑顔で言った。
拉致した理由を話そうとしている。
ナムは急に味が分らなくなったヒレ肉を、ゴクリ、と飲み込んだ。
「あの時の事は本当に申し訳なく思ってるよ。『妹』の姿を見て、つい気が昂ぶってしまってね。」
リーベンゾル・タークは大きな体を縮めるようにして苦笑した。
つい、であれだけ暴れられたらたまったモンじゃない。この男の激昂は、ならず者ばかりの傭兵部隊とはいえ軍基地一拠点半壊せしめたのだ。
美味い料理と相手の気さくな態度に緩みつつあった警戒心が引き締まる。ナムはブルッと身震いした。
「キミにも怖い思いをさせたね。済まなかった。今日は思いっきり食べてくれ。
・・・おい、ステーキのお代わりはまだか?」
「あ、いや、ソレはいいんっすけど!」
表向きの話はソレでいい。本題が聞きたかった。
一刻も早く、相手の目的と今自分が置かれている現状を知りたい。目的の方はエベルナの件を持ち出してきた以上、大体想像が付くのだが。
「先ず、ここはどこっすか?もしかして、火星から出ちゃってるとか・・・?」
「あぁ、今説明しよう。」
タークが右手を軽く振った。
一面に絵画が飾られた壁が、真ん中から別れて左右に引いていき、大きなスクリーンが現れた。
パッと映し出されたのは、赤い荒野。どうやら火星ではあるらしい。
「ここは、火星の南極に近い場所にある高地だよ。
詳しい場所はちょっと言えない。理由は後で話すが、詳細を知るのは危険だ。」
「な、何でそんなところに?」
「理由は幾つかある。一つは、純粋にお詫びだ。
お礼でもある。妙な言い方だが、私から『妹』を守ってくれてありがとう。
あの時は本当にどうかしていたよ。やっと会えた『妹』を、危うく傷つける所だった。」
「・・・他の理由は?」
「キミに興味があった。覚えているかい?サムソン大佐を。」
エベルナで会った、隻眼の男だ。
リーベンゾルの傭兵部隊指揮官だったが、エベルナを小惑星ごと破壊しようとするなど、不可解な行動が多かった。
「彼は取り扱いが難しい厄介な男だが、人を見る目は確かなんだ。
彼が一目置いた者は何かしら秀でたものを持っている。」
「俺、一目置かれちゃったんっすか?」
「彼のスカウトを蹴ったそうじゃないか。彼が直々に人を勧誘するなんて、滅多にないんだぞ?
だからどんな人物か興味が湧いてね。ゆっくり話がしたかったんだ。
しかしキミの周りはいろいろと騒がしいようだからね。邪魔が入らない場所を選んだ結果が、この『隠れ家』だと言うワケだ。」
「・・・はぁ。」
いまいち信じがたい。たったそれだけの理由で、大都市のど真ん中から人1人かっさらうだろうか?
タークが悪戯っぽく笑った。
「納得していないね?よろしい、もう一つ教えよう。
『妹』の事を話して欲しい。彼女についてキミが知っている全ての事を、私に教えてもらいたいんだ。
気性、嗜好、趣味、交友関係。今の生活ぶり等を、できる限り細かく話してもらいたい。
出来れば、恋愛事情・・・恋人の有無もね。」
ナムは飲みかけのオレンジジュースを思いっきり吹いた。
「こっ恋人ぉ?!」
思わず声が裏返る。拉致された目的はモカの事だとは推測してたが、そう来るとは思ってなかった。
「そうだよ。両思いでも片思いでも、彼女に思われている幸福な男について聞かせてもらいたい。」
「な、なんで?!」
「そりゃ、兄として心配だからだよ。下世話な危惧だが離れて暮しているから気になってね。
キミは『妹』と仲がいいようだから、何か知ってる事があるんじゃないのかな?」
「・・・。」
いや、知ってるも何も・・・。
ナムは口を突いてでようとした言葉を飲み込んだ。
もし自分がモカのカレシだと知られたら命はない。そんな気がしてしょうが無い。
それくらいエベルナ基地で激昂したタークはモカに執着した。あの異常な行動は「兄だから」で説明できるものではない。
血の気が引いて固まるナムに、タークがさらに問いただす。
「まさか、キミが『妹』の恋人、だとか言う事は・・・?」
心臓をわし掴まれたような思いに、椅子の上でビクンと跳ねた。
(っ!?ヤバイ、俺死んだかも!!?)
言いようのない恐怖に捕らわれた。しかし・・・。
「あっはっは!ないよねっ♪」(何故かビシッとサムズアップ!)
とてもステキないい笑顔で言ってのけられ、恐怖が一旦吹っ飛んだ。
「ちょい待ち、おにーサマ! 速攻全否定って、何っすかそれ!!?」
「いや、だってねぇ・・・。」
タークが少し身を引いて、ナムを上から下まで眺め回す。
本日のナムの出で立ち。
ジャケットはリュイからガメたフィールドジャケットだが、Tシャツはピンク地にシルバーと紫のゼブラ柄。ボトムは目に鮮やかな山吹色のカラージンズで、右の腿の部分に実にリアルなスルメイカがペイントされている。
靴は派手な花柄のサバイバルブーツ。爆弾が仕込まれてた為没収されたが、かぶっていた帽子は、赤・青・黄色の三色まだらな鶏冠が付いたボーラーハット・・・。
「皆無だねっ♪」(再びビシッとサムズアップ!)
「・・・ぶっふぉ!?」
香り香ばしい焼きたてのステーキをナムの前に置こうとしていた給仕が、堪えきれずに吹き出した。




