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ミッションコード:0Z《ゼロゼット》  作者: くろえ
ぶっ込み指令!極秘ファイル奪還作戦
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《余談》完熟トマト小悪魔化!

エメルヒの禿ネズミと関わってこんなに清々しい思いをしたのは初めてだ。

本来なら上官に無断でミッション請けやがった懲罰喰らわすところだが、代わりに褒美をくれてやるからありがたく思え!

マックスが豪快に笑い飛ばしながらナムに言い渡した「褒美」は、結局「夜間哨務(夜の見張り役)」。天気予報によると、火星基地周辺は微風で比較的穏やかだが気温は極寒。

すでにリュイから容赦無い鉄拳制裁喰らってるナムにとっては踏んだり蹴ったりに近かった。


今夜のスープはミネストローネ。

トマトとブイヨンの風味が蕩ける熱々のスープを啜るナムの様子を、モカが気まずそうに伺っている。

常に風が吹き荒れている火星では、微風と言っても地球やコロニーとは風速基準の桁が違う。

しかも気温は氷点を遙かに下回る。吹きさらしの崖の上だとなおの事。風を避けた岩陰に並んで腰を下ろしても、寒さはちっとも防げない。

おまけに2人の間に流れる空気もどことなく冷たかった。

「・・・なんで、ちゃんと言ってくれなかったの?」

ナムがポツリとつぶやいた。

マイルズを発つ時、エメルヒが聞いた「どこに惚れた?」に対するモカの答えの事だ。

「だって・・・。恥ずかしかったから・・・。」

「あーゆー時はちゃんと言ってもらわないと困るんだけど?」

「・・・。」

モカがしょんぼり項垂れる。

ナムはワザとモカの方を見ないように努めた。

正直、そこまで怒っているわけじゃない。

モカは恥ずかしがり屋ですぐ真っ赤になっちゃう娘だから、皆がいる前で答えられなくても仕方がない。

でも言ってもらえなかったのはちょっとだけショックだった。付き合い始めは最初が肝心。今後の為にもここは一つ、ビシッと叱っておいた方がいいだろう・・・。

そう心に決めてそっぽを向いてると、モカがオズオズと顔を覗き込んできた。

「ごめんなさい・・・。あの、怒って、る?」

「いや、全っ然!♪♡」

返事は速攻、決心は1秒も持たなかった・・・。

(ダメだ、可愛い。怒れねぇ・・・。)

ナムは自分のヘタレ加減に頭を抱えた。


「あーもー、コレばっかりはしょうがないか~。」

「え、何が?」

急にいつも通り陽気になったナムに呆気にとられつつ、モカはホッとして聞き返した。

「惚れた弱み?ってゆうか、先に好きになった方が負けってよく言うけどさ。まさにそれって感じかな。

モカがショゲてんの見たら可哀想やら可愛いやらでさ、もうどーでもよくなった!」

ナムが曖昧に苦笑する。

それを見つめるモカは、不思議な思いに捕らわれた。

(・・・先に、好きに、なった・・・?)

ふと、思い出したのは4年前の記憶。

ナムが初めて火星基地に来た日の事だった。


基地(ここ)に置く。」

たった一言そう言って、リュイが引きずって来たモノを食堂の床に放り投げた。

居合わせた傭兵達は呆気にとられ、それぞれ武器を整備する手を止めた。

この頃はまだロディは基地に居なかった。カルメンとビオラが悲鳴を上げたのを覚えている。

投げ込まれた「それ」が人だとは思えなかった。ましてやまだ少年だとは、到底信じられなかった。

そのくらい、泥にまみれて血まみれで、ボロボロだった。

驚き固まる仲間達が余計な詮索する前に、リュイは食堂から立ち去ろうとした。

しかし何かに気付いて足を止め、肩越しに振り返る。

マックスとテオヴァルトから「ほぉ」と感嘆の声が漏れた。サマンサとアイザックも目を見開いて驚いている。

床に転がった少年が首をもたげ、凄まじい目でリュイを睨んだのだ。

その時、リュイが微かに笑ったように見えたのは気のせいかも知れない。リュイはすぐに食堂から出て行き、少年はガクッと意識を失った。

ベアトリーチェが慌てて駆け寄り、呆けるカルメン達に檄を飛ばして手当に当たらせた。

モカは食堂の隅で怯えながら一部始終を眺めていた。

(怖い・・・。)

少年=ナムに初めて抱いた感情は、「恐怖」だった。


翌日から、ナムの「鍛錬」が始まった。

ミッションがない時は、リュイ自らがつきっきりで相手をした。

「鍛える」というには生ぬるい。拷問に近いしごきだった。殴られ、蹴られ、意識が飛んで倒れても引きずり立たせてすり切れた手に棍棒を握らせる。

血を吐き悶え苦しんでいても容赦無い。教える技の全てをモノにするまで徹底的にたたき込む。

大人も発狂しそうな鍛え方でも、ナムは逃げだそうとはしなかった。

冷たく見下すリュイを相手に真っ向から立ち向かう。

倒れても叩きのめされても、力尽きる寸前まで闘志むき出しで挑み続ける。

互いに憎しみあっているかのような壮絶な師弟関係は、モカだけでなく傭兵達をも戦かせた。


ある夜、モカは格納庫の隅で泣いているナムを見つけ、驚いた。

たった1人で声を殺して泣きじゃくるナムは、とても小さくか弱く見えた。

胸が締め付けられて苦しくなった。モカにはその時のナムの気持ちがよく理解できた。

・・・平気なはず、ないよね。

辛いよね、悲しいよね、お母さんが、恋しいよね・・・。

自分も泣き出したくなった。

酷く寒い夜だった。どうしても立ち去り難くて、雑多に積まれたガラクタに隠れて見守った。

声は掛けてはいけない気がした。ただ、格納庫の壁に吹き付ける風の音と、悲しい泣き声を聞いていた・・・。


しばらくすると、ナムは急に立ち上がった。

上着の袖で乱暴に涙を拭うと、隠れているモカの目の前で棒術の型を取り始めた。

見えない敵と戦うように血が染みこんだ棍棒を振るい、教えられた技を練習する。

モカは驚き、気が付いた。

ナムの目から、初めて見た時のような荒んだ光が消えていた。

緑色の瞳は綺麗に澄んで、まっすぐ前を見据えている。

負けたくない。乗り越える!そんな強い思いが伝わってきた。必死で棍棒を振るうナムの鍛錬は、休む事なく夜が更けるまで続いていた。

モカは不思議な感覚に捕らわれた。心のひび割れた部分が仄かに温かくなっていく。

すごいなぁ。

偉いなぁ。

・・・かっこ、いいなぁ・・・。

いつの間にかモカはほんのり微笑んでいた。

少しだけ、外の風の音が穏やかになった。


「ふふ・・・♪」

微笑が漏れた。

4年前、格納庫の隅で泣いていた男の子。

その子が今、自分の隣でスープを飲んでいるのが何となくおかしかった。

あの時の気持ちが何かは、リーベンゾルでの忌まわしい記憶から立ち直る最中の当時のモカにはわからなかった。

今はわかる。それはきっと、今の気持ちと同じもの・・・。

モカは抱き寄せた両膝に頭を伏せ、恋人の顔を見上げた。

今ではすっかり穏やかになった緑色の瞳を見ながら、心の中でつぶやいてみる。


あのね、ナム君。違うんだよ。

      先に好きに、なったのはね・・・。


「・・・私って、ずるいなぁ・・・。」

モカは小さくつぶやいた。

「??? なんで?モカはマジメでいい娘だよ?」

スープのボトルを煽っていたナムが不思議そうな目を向けてきた。

真っ赤に火照った頬に、火星の冷え切った夜風が心地いい。

モカはまた微笑んだ。

今度はちょっとだけ、意地悪に。


「・・・・・・ 教え、ない ♡ 」


あと数時間ほどで夜が明ける。

また忙しい日々が始まる。恋人と一緒にいられる僅かな時間を、モカは幸せな気持ちで噛みしめていた。

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