コンプリートは爆笑と共に
リュイが率いる13支局隊のオンボロ輸送機は、なんとアーバイン合衆国軍軍事宇宙港の着床エリアを使用していた。
これもシャーロットの口利きである。道理でマイルズ宇宙港に利用記録がないわけだった。
(あぁ、腹が痛ぇ。腹筋がツリそーだ!)
輸送機のコクピットではアイザックが操縦席に座って腹を抱えて悶えていた。
ナムに言われて「キュルッピン」のデータを送信したが、まさか本当にあの禿ネズミに歌わせるとは思わなかった。息が出来なくなるほど爆笑した。今もちょっと思い出すだけで笑いがこみ上げてくる。
(こんなに笑ったのは何年ぶりかな。・・・俺もまだ笑う事が出来たんだな。)
アイザックは深く吐息を付いた。新鮮な空気が体中に行き渡るのがわかる。胸が透く思いがした。
(リグナムに感謝しとこう。あいつ、禿ネズミが言うように本当にすごい奴になるのかもな。
・・・それにしても惜しいな。歌ってるところが見たかった。動画の撮影頼んどきゃ良かった!)
このアイザックの願いは、後日叶う事になる。
エベルナ基地で秘密裏に回覧される件の動画を見た時には、狂ったように笑い倒すに違いない。
輸送機の外では修羅場を乗り越えた仲間達がお互いの無事を喜び合っていた。
ただし、強烈な拳付で。
「なんっでそう凶暴なんだよ!この野蛮女!!」
再会早々、カルメンに力一杯ど突かれたナムが喚いた。
「喧しい!このバカ、また何の相談もなく危ないマネしやがって!」
「そーよ、何で勝手にミッション請けたの!?図に乗るんじゃないわよ、半人前のくせに!!」
怒りの形相で仁王立ちするカルメンの横で、ビオラも眉をつり上げ舎弟を睨む。
「仕方ねぇだろ、禿ネズミがアンタらにゃ言うなっつったんだから!文句はあのクソオヤジに言え!
だいたい局長は知ってたんだろ?!フォローするなら最初からしろよ、性格悪ぃな!!」
「お黙り!このアンポンタン!!」
「少しは反省しなさいよ!だからアンタはアホなのよ!!」
壮絶な姉弟ゲンカを止めたのは、モカの控えめなミッション終了コールだった。
「あの・・・Call、いいですか?
MC・5D、完了しました。」
ミッション完遂の報酬が入ったという事である。
カルメンとビオラの険しかった表情が若干緩んだ。
「へぇ!こいつがミッションしくじったのに、ちゃんと報酬入ったんだ?」
「はい。きっとシャーロット副司令が手配して下さったんだと思います。」
「でしょうね。禿ネズミが支払うわけないわ!
ったく!アンタがバカな事しでかすから副司令にまでご迷惑掛けて!」
いちいちナムを引き合いに出す姉貴分の2人。辛辣でも言葉の端々に安堵の気持ちがうかがえた。
舎弟達を、特にナムの身を目一杯心配していたに違いない。モカはニッコリ微笑んだ。
「ミッションコンプリート、コングラチュレーション!」
先に輸送機に乗込もうとしていた傭兵達が笑顔で振り向き返礼する。
「なんで『おめでとう』なの?」と不思議そうな顔で聞くマルギーに、フェイが得意顔で説明している。
スレヴィはさっきから持参のメモ帳に何やら書き込むのに没頭している。それを後ろからのぞき見たコンポンが、今回の請求書(金 フルチャージのマネーカード1枚 也!)を手書きしてると教えてくれた。
A・Jとシンディが何度目かのケンカを始めた。返礼しなかったA・Jにシンディがキレたらしい。喧しく喚く義妹をロディがゲンナリした面持ちで押さえ込んだ。
エベルナから来た3人もオンボロ輸送機に乗機する。火星に帰る前に送っていく事になったのだ。
リュイが特に何も言わないから、きっとそれでいいのだろう。
姉貴分2人に激しくこき下ろされたナムは、頭の後ろを掻きむしってふて腐れていた。
つん、と遠慮がちにジャケットの袖を引っ張られ、振り向くとモカが来ていて優しい目で見上げていた。
「怪我とか・・・ないよね?」
「うん。そっちも大丈夫そうだな!」
安心したように、モカが微笑んだ時だった。
「エメルヒ・・・!?」
カルメンの緊迫した声に、全員一斉に振り返る!
「いえ・・・エメルヒ司令・・・。」
「気にすんな。呼び捨てにしたのは聞かなかった事にしてやンよ。」
いつの間にやって来たのか、エメルヒが歪な笑みを口元に刻んで佇んでいた。
とっくに撤収したと思っていたから油断した。エメルヒは外面の良さから様々な方面に顔が利く。独立国の軍事宇宙港に入り込めたのも、何らかのコネを使ったのだろう。
「まぁそう嫌うなって。今回はもう引くって言っただろ?
でもよ、やっとお目見えいただけたんだぜ?もちょっとモカちゃんと話ぃさせろや!」
ナムはモカを背中に庇って前に出た。
シンディが拳を握ってその横に並び、コンポンも棍棒を握りしめて駆け寄ってくる。
A・Jとカルメンはそれぞれフォルスターに入った自分の銃に手を掛け、モカに寄り添うフェイとマルギーには厳しい表情のビオラがついた。
スレヴィがエメルヒを睨む側で、ロディが素早く傭兵達を盗み見る。
すでに臨戦体勢だ。目つきでわかる。特にサマンサのエメルヒを見る目が凄まじい。
「・・・なぁ、モカちゃんよぃ。」
殺気立つ部下達の目線を一身に集め、エメルヒは青ざめるモカに呼びかけた。
ビシッとナムの顔を、指差して。
「ホンマにこいつでいいんかい???」
・・・・・・ は ?
その場の空気が妙な感じに凍り付いた。
「ぅおおぉぉい!!?なんじゃそらーーー!!!」
しばしの沈黙後、言葉の意味を理解したナムがいきり立った。
しかしエメルヒはナム雄叫びをアッサリさっぱりスルーした。
それどころか、禿ネズミあるまじき心底心配そうな顔をして、モカに向かって諭し出す。
「せっかく可愛くなったんだからさぁ、なにもこんなんがカレシじゃなくてもいいじゃね?」
「え?え?あの、えぇ!?」
「てめぇに『こんなん』とか言われたくねぇよ!何わざわざそんな事いいに来てやがんだコラ!?」
「太陽系って広いんだしよぉ、他にもっとマシな男、いっぱいいるよ?
せめて美意識と常識くらいはまともな奴にしとけって、悪ぃ事ぁ言わねぇからさぁ!」
「えと、その、あ、あの、ですね・・・。」
「ふざけんなコラ!何様だこの禿ネズミ!!!」
「だいたい、こんなんのどこに惚れたんじゃい?俺ぁ想像もつかねーよ。」
「おいっっっ!!!?」
仲間全員に注目される中、部隊最高司令官に詰め寄られ、隣のカレシは怒髪天を突く勢いで爆発寸前。
モカは一気に真っ赤になった。
「・・・・・・ノ、ノーコメントで・・・。」
「!!?? モカああぁぁぁ??!!」
ナムの絶叫に輸送機コクピットのアイザックが爆笑した。
他の仲間達も腹を抱えて笑い出す。
「・・・撤収。」
笑い悶えるアイザックが座る操縦席の後部、補助席で足組みするリュイが輸送機の離陸を促した。
平常心を保とうと努めたようだが、声は微かに震えていた。




