謎は謎のまま
コロニーの玄関口・マイルズ宇宙港は、D-21地区から車で30分ほど南東にある。
宇宙空港はD-21地区で大規模なテロが起った時点で閉鎖になっている。足止めされた一般利用客や事件を聞きつけ押しかけてきた報道陣でターミナルは混雑していた。
通常の交通機関はハイウェイ・バスかタクシーだが、エメルヒは地下鉄と徒歩で移動した。わざわざ遠回りしたのは日頃の悪行のお陰で用心深くなってるからだが、今日は激しい羞恥心の所為でもある。
やけっぱちで熱唱した「キュルッピン」。間違いなく人生の黒歴史に残る醜態だった。
表玄関を避け、貨物船などが発着するエリアから宇宙港に入ったエメルヒは、まだ顔から火が出るような思いで憮然としていた。
宇宙港の片隅には、老朽化が進んで今はほとんど使用されていない貨物船用着床エリアがある。
そこに宇宙港の利用記録にない、高性能の小型宇宙船機を待たせてあった。
モカを拉致してまっすぐ地球へ飛ぶ予定だったのだ。その為にマイルズ宇宙港管制官に金を掴ませいろいろ便宜を図らせたのに、全て無駄になってしまった。今日はとことんツイてない。
人気の無いひび割れた着床エリアを足早に横切ろうとして、エメルヒはふと立ち止まった。
着床エリアの端、朽ちたフェンスの向こうから自分を捕らえる目線に気付いたのだ。
見知った顔だ。しかも、今一番会いたくない奴だった。
観念したように、エメルヒは吐息を付いて首を横に軽く振った。
しかしフェンスの向こうに向ける顔は、口角を歪めて笑っていた。
「よぉ、遅かったじゃねぇか。
何もかもすっかり終わってからご登場たぁ、いいご身分だな。リュイよぃ!」
いつものように、答えは、ない。
後ろにカルメンとビオラを従えたリュイは、冷めた目でエメルヒを睥睨した。
リュイの後ろで佇むカルメンは、フォルスターから銃を抜いていた。
怒りのオーラが凄まじい。銃口はピタリとエメルヒの額に向けられている。
「・・・銃を下ろせや、カルメンよぃ。1mmでもトリガー引いたら、どうなるかわかってんだろうな?」
不敵な笑みを崩さず、エメルヒが言った。
カルメンは動かない。しかしリュイが軽く片手を振るなり、彼女はスッと銃を持つ腕を下ろした。
リュイの言う事しか聞かない。その意思表示とも思える頑なな態度に、エメルヒは害した気分を押し殺して苦笑する。
「けっ、面白くもねぇ!
こちとら酷ぇ目に遭ったってぇのに、13支局隊の局長様はネェちゃん2人侍らして高みの見物かよ!」
「あら、ウチの局長を統括司令殿と一緒にしないでいただけます?」
ビオラの言葉にも棘がある。TシャツとGパン姿のカルメンと違い、ビオラは黒のビジネス・スーツを着込んできた。
いつもより控えめなマニキュアの指先で、円盤型の金属をひけらかす。
ディスク・プレートである。エメルヒの顔色が変った。
「おいおい、そいつ、どこにあったよ?」
「S&M社ビル内ですわ。これもって逃げようとしてた裸のマッチョマンから奪い返しましたの。
あそこの諜報員は全部で8人。トラップ仕掛けて落ちなかったのはそいつだけ。マークしてたら案の定よ。
アタシの美貌に掛からないなんて、どこのスパイだったか知らないけどかなりの手練れだわ!」
「お黙り、蜂蜜女!結局取り逃がしたくせに!ディスク・プレートだって、局長が来てくれなかったら取り返せてなかっただろーが!!」
「うっさい、野蛮女!あの男は手練れだったって言ったでしょ!?アンタだって全然歯が立たなかったじゃないのよ!」
ドヤ顔のビオラにカルメンが厳しく突っ込みいつもの応酬が始まった。
「お前ら2人がかりでも逃げられた・・・?」
エメルヒはいがみ合う女2人を眺め考え込んだ。
カルメンもビオラも決して弱くない。むしろその辺の傭兵崩れ共より実力があるし、実戦も積んでいる。
(それをかわして逃げた?なるほど手練れだな、いったい何モンだ?
・・・だが、問題はもう一つ・・・。)
エメルヒはフェンズ越しにリュイを見た。
(てめぇは違う。勝てない相手じゃなかったはずだ!なぜ逃がしやがった・・・!?)
しかし、その疑問は口にしようとはしなかった。
「・・・ギド・ワルズ革命軍の首領がとっ捕まったそうだな。ってぇこたぁ、奴らのアジト襲撃した後ディスク・プレート奪い返しに来やがったのか。ご苦労なこった。
MC付けやがるが、俺ぁてめぇらに何も命令してねぇぜ?
リグナムのバカはディスク・プレートを取り返せなかった、テロリスト共の討伐は命じていねぇ。報酬なんか払わねぇぞ?」
「おあいにく様。司令はちゃーんとあったわよ?」
「あー・・・。シャーロットのバカ女か。」
エメルヒは額に手を当てて項垂れた。
シャーロットはエベルナ特殊諜報傭兵部隊統括司令付 副官 である。
司令官の不在時には彼女が基地の全権を握り、代行する。
つまり、エメルヒが不在ならば客先からの依頼も彼女の独断で請け負えるのだ。
シャーロットは清廉にして慈悲深い人格者だ。
マイルズでテロ、そこにナム達がいると知った彼女は、S&M社の特別顧問弁護士にコンタクトを取り救助依頼をもぎ取った。
そんな彼女に誰がエメルヒの極秘ミッションを暴露したかは言うまでもない。
「ギド・ワルズ革命軍をツブした。首領の身柄引き渡しをネタにアーバイン共和国にマイルズにいる地球連邦政府軍撤収を要請させろ。」
いきなりリュイにそう言われた時は、「鉄巨人」とあだ名されるシャーロットも眉ぐらいは動かしたに違いない。
「MCは金額交渉後に付いたの。支払いさえきちんとされりゃ、文句はないでしょ?」
「そりゃ金額によるな。」
「・・・呆れたわね!」
嫌悪も露わなビオラのつぶやきは、エメルヒの嘲笑を誘っただけだった。
「わかったわかった。今回は引いてやるよ。あの金髪のクソガキの所為で、俺ぁもうクッタクタだ。
報酬はくれてやる。・・・それよこせや。」
ビオラはリュイにチラリと目線を走らせた。敬愛する上官が軽く首を振るのを確認してから、ディスク・プレートをフェンスの向こうへ放った。
「ったく、可愛くねぇなぁ、お前らはよ!」
「この次はアタシ達にご依頼いただきたいものですわ。見習い諜報員のお子様達じゃなくってね!」
「やなこった!お前らにやらしたらそこのでくの坊に速攻でチクるだろーがよ。だからリグナム使ったんだ!」
「・・・よく言うよ!」
カルメンが吐き捨てた。いつもより口数が少ないのは、モカを狙った今回の手口に相当怒りをおぼえているからだ。
ギド・ワルズのテロは偶然だったとは言え、一つ間違うとナム達の身も危なかった。そう思うと銃を握る手に力が入る。隣にリュイがいなければ、殺さないまでもトリガーを引いていただろう。
「・・・見たか?」
エメルヒがリュイに向かってディスク・プレートをひけらかす。
リュイの答えは、ない。
その代わり、踵を返して背中を向けた。
「撤収。」
「はい。」
速やかにカルメンとビオラも後に続いた。
エメルヒは苦笑した。
(見ねぇワケねぇよな。こんなディスク・プレートなんざ、アイザックのイタチ野郎にやらせりゃあっという間にご開帳だ。
マズい事になったが、見られたモンは仕方ねぇ。どのみち、そろそろ潮時だ。あの野郎はもう・・・
始 末 しとかねぇとなぁ・・・!!)
去って行くリュイの背中を見送るエメルヒの目は、禍々しく、異様だった。




