ハードな修羅場にキュルッピン♡
ホール内に、場違いかつ脳天気な音楽が流れ始めた。
金星宙域ご当地アイドル「キューティーボンバー」の、「貴方にキュルッピン」の序奏である。
「ぅおおおおぉい!!リグナムてめぇ!!!」
エメルヒがわし掴んだナムの襟をガクガク振って抗議する。
「俺ぁ五十路越えてんだぞ!?こんなチャラけた歌、歌えるかよぃ!!」
「まーまー、落ち着いて♪フォローするからさ、ねっ♪」
ナムが指し示すホール奥のステージ壁面に、映像が映し出されていた。
個性豊かなステージ衣装の娘が3人笑顔振りまき躍っている。「キューティーボンバー」のプロモーション・ビデオのようだ。
「あちらに歌詞が出ますんで、ここは一つカラオケにでも来てるつもりで。アイザックさんが言うにゃ、誰でもすぐ歌える簡単な曲なんだってさ♪」
「あの化けイタチも噛んでんのかよ!?覚えていやがれクソッタレ!!!」
「なんだったら映像をご参照に躍っていただいても・・・。」
「バカ野郎ぉ!ふざけんな!!!」
「ほらほら、イントロ終わっちゃうよ?
歌ってくれたらこのヤバイ状況、何とかするからさ、よろしく、エメルヒ統括司令殿!!!♪」
「~~~っっっ!?」
エメルヒはオロオロと周囲を見回し狼狽えた。
助けなんかあるわけない。むしろ敵の指揮官のうろんな目に追い詰められた。
これがパスワードだと言った以上、歌わないと怪しまれる。
いや、歌えないと殺される。戦慄く手で、エメルヒはナムが差し出すマイクをひったくった!
「ガチで覚えてろよ!リグナムよぃ!!!」
「スンマセン、ツケは局長にお願いしま~す♪」
『みんなで一緒に~♪ワン・ツー・スリー・ハイッッッ♪♡♪!』
プロモーション・ビデオの映像で、センターを勤めるエリザベスちゃんが元気に声を掛けた。
ニクいゾ♡その素敵な笑顔 ピュアなハートにキュンキュン来ちゃう
風に爽やかユニフォーム 光るその汗ビューティホー!
ワタシ、貴方に首ったけ♡ 乙女の純情、捧げちゃう♡
一緒に居たいの 王子様(きゃ♡)
よそ見はダメよ 旦那様(いやん♡)
貴方のためならガンバリマス(おりゃ!)
でもドジっ子なの、許してね(てへ♪)
Do not let go,Be prepared!!
(逃がさねぇぞ、覚悟しな!!)
マジで本気!ワタシの気合い♡
感じてI love you! キュンキュン♡My Darling!
耳が痛くなるほど大音量の伴奏に、ヤケクソになったオヤジのだみ声が共鳴する。
「ホントに歌いやがんの・・・。」
他の武装兵達が呆然となる中、1人の若い武装兵がつぶやいた。
必死で笑いを堪えている。どうやらこの歌をご存じのようだ。もしかしたらファンなのかもしれない。
だから、他の武装兵達より異変に気付くのが早かった。
彼の周囲にいる仲間達が次々と倒れていく。
驚き狼狽える彼の利き手に強い衝撃が走り、握りしめていた短銃が弾き飛んだ。
意識が途切れる間際に見たのは赤毛ツインテールの少女の笑顔と目の前に迫る小さな拳。
若い武装兵は顔面に強烈なパンチを食らって昏倒した。
大音量の曲が銃声を殺し、馬鹿馬鹿しい歌が武装兵の油断を誘う。
A・Jが武装兵の銃を狙撃し、丸腰になったところをシンディが拳で仕留めていく。
「邪魔だ!撃ち終るまでチョコマカ動くな!!」
「うっさいわね!アタシのフォローするんだったらこっちの動きに合わせなさいよ!!」
「お前が俺のフォローしてんだよ!調子に乗るな!」
「なんですってぇぇ!?もいっぺん言ってみなさいよぉぉ!!」
襲撃者がこれだけ騒いでいるのに奇襲が成功するのは、はやり歌のインパクトのお陰だろう。
曲は2番に突入した。
ズルいゾ♡そのキュートは瞳 目と目合うたびクラクラしちゃう
とっても可愛くナイスガイ いきなり凜々しくジェントルマン
全部、貴方のせいだから 乙女の暴走、受け止めて♡
ロマンチックに プロポーズ(あら♡)
指輪はダイヤ 18金(まぁ♡)
結婚式は ゴージャスに(わお!)
妄想炸裂 てんやわや!(イェイ!)
do not forget,Get it done!
(忘れんじゃねぇぞ、成し遂げろ!)
貴方だけよ♡ ワタシの心は
見つめてI love you! キュンキュン♡My Darling!
一方、スレヴィも同時に奇襲を掛けていた。
彼は中国拳闘を使う。素早い動きで間合いを詰め鋭い拳で相手を倒す。
「拳!蹴り!蹴り!拳!拳・・・!あ~、アカンもう数なんか数えとられへん!
ナムはん、今回のミッションは勉強させてもらうわ!一律マネーカード1枚や!!」
「100万エンって、おい!ぜんぜん勉強してねぇぞ?!」
守銭奴はどこまでも守銭奴だった。
曲が間奏に入った。
S&M社ビル外では、地球連邦政府軍とギド・ワルズ革命軍両兵士達が、この異常事態に困惑していた。
激しかった銃撃はピタリと止み、どいつもこいつもポカンと口を開けて固まっている。
「うわー、ホントにエメルヒが歌ってる-・・・。」
メイン・ストリートに面した高層ビルの屋上で、フェイはこの異様な光景を見下ろしていた。
摩天楼にこだまする安っぽいメロディとオヤジのだみ声に、全ての兵士が戦意喪失茫然自失、呆気の取られて周囲を見回している。
『おい!スゲーなホントに戦争止まったぞ!?』
腕時計の通信機からコンポンの声が弾けた。
スコープを取り出して10時の方向、前方やや左寄りの方角を覗いてみる。
通りを挟んだ別の高層ビルの屋上で、同じようにスコープを目に当てブンブン手を振るコンポンが見えた。彼の隣には雑誌ほどの大きさの小型アンプが置かれている。ロディが用意した高性能改造アンプだ。
同じ物がフェイの横にも置いてある。そこから聞こえるエメルヒ熱唱の『貴方にキュルッピン』は、間奏合間の「ラップもどき」の部分に突入した。
好きになったら一直線! 誰にも邪魔はさせないゾ♡
ライバル撃破!(どりゃ!)過激に硬派!(そりゃ!)
バトルロイヤル バッチ来い!
でもでもホントはロンリーガール 構ってくれなきゃ拗ねちゃうゾ♡
毎日電話!(Hey!)行動チェック!(Yo!)
出待ち後追い 当たり前!
ラブ・メーターはぶっちぎり ワタシは貴方にキュルッピーーーン!!♡
本来なら、この部分はライトポジションを勤めるナナちゃんの独唱である。
しかし聞こえてきたのは・・・。
『なぁなぁ、今のアイザックさんの声だったよな?』
「・・・うん・・・。」
フェイは五十路のオヤジと三十路のヲタクがユニット組んで歌っている様を想像して身震いした。
曲は最期のサビに入った。
マジで本気!ワタシの気合い♡
感じてI love you! キュンキュン♡My Darling!
貴方だけよ♡ ワタシの心は
見つめてI love you! キュンキュン♡My Darling!
ジャケットの背中から棍棒を抜き出し、指紋認証で伸ばす。
同時に床を蹴り、ナムは目の前の指揮官に切っ先を突き入れた!
しかし、さすが武装集団の指揮官である。異変に気付いて周囲を見回す隙をついたはずなのに、際どいタイミングで見切られかわされた。
指揮官がこの状況に愕然となる。ホール内にいるギド・ワルズの武装兵で、立っているのは自分1人になっていた。
「殲滅だと・・・?!貴様ら、いったい何者だ!?」
「言っただろ?諜報員だ!」
不意打ちをしくじったのはマズかった。改めて棍棒を構えて対峙するが相手は腐ってもテロ集団の戦士、1対1でやり合って勝てそうもない。
間合いを取るためジリジリと後ずさる。
「屈め、クソガキ!!」
背後に掛かっただみ声にナムは即座に従った。
膝を床に付けるなり下がった頭上を何かが飛び越え、指揮官が顔を仰け反らして吹っ飛んだ!
ナムを飛び越え指揮官のみぞおちと顎を襲った2発の正拳突きは、五十路越えたオヤジとは思えない速度とパワーを見せつけた。
「コレは『貸し』だぞ!覚えとけ!!」
「あっれぇ?俺達相手にそれは大人げないんじゃない?」
真っ赤な顔で汗だくになってるエメルヒに、ナムはニンマリ笑ってみせた。
その時、耳と頭がおかしくなりそうな迷曲の終奏が終了した。
人質達からパラパラと拍手が起きる。
いたたまれなくなったのか、エメルヒは頭を抱えて逃走した。




