その笑顔は、ヤバイッス!?
即席のバリケードから催涙弾が打ち込まれ、辺りには不快な煙が充満した。
メイン・ストリートに配備された装甲車が歩兵達とゆっくり前進し、それをギド・ワルズ迎え撃つ。
銃声が鳴り響き、悲鳴がそれに共鳴する。装甲車が機関銃の弾幕を音を立ててはじき返し、周辺ビルのガラス壁に醜い穴を穿っていく。
「うわぁ!なぁなぁ、これって強行突入ってヤツだよな?!」
「コンポン、今通信中!ちょっと黙ってろってば!」
興奮気味のコンポンの相手をする余裕がない。フェイは自分の腕時計型通信機に喚くのが精一杯だ。
「ナムさん、どーしよう!いきなり連邦政府軍が区域に突入して来たんだ!銃が使用されてるよ、まだ逃げてない民間人がいるのに・・・。」
『ンだとぉ?!なんでそんな事になってんだ!?」
「助けて、ナムさん!俺達どこ逃げたらいい!?」
『落ち着け!お前ら今どこだ!?』
「どっかの裏路地の入口!S&M社のビルが見えるけど、ここがどこだかよくわかんないよ!」
怯えるフェイの金切り声を聞きながら、コンポンは棍棒を握りしめて油断なく辺りを見回していた。
メイン・ストリートに目線を走らせた時、ある異変に気が付いた。
連邦政府軍の装甲車に押されるギド・ワルズの武装兵達が、あるビルの周りに集まり始めている・・・?
「入っていく・・・?ギド・ワルズの兵士がみんな、S&Mのビルに入っていくぞ!?」
『何!?』
通信機からナムが驚きの声を上げた。
「わあぁ!?」
フェイも悲鳴を上げた。
突然裏路地の奥から浮浪者風の男が現れ、後ろからフェイに掴みかかってきたのだ!
逃げ遅れた民間人は恐怖と混乱で「暴徒」と化しつつあった。
相棒の悲鳴にコンポンが動く。棍棒の切っ先を浮浪者の腹部に突き入れた!
浮浪者は腹を押さえて大きく後退し、ジロリとコンポンを睨んだ。
「あれ、倒れねぇぞ?ナムさんがやったら目ぇ剥いて気絶するのに。」
「ナムさんみたいにできるわけないだろ?!俺らじゃパワー不足だよ!」
慌てる2人に怒り狂った浮浪者が再び襲いかかった時だった。
キュイン!
銀光が閃いた!
ワイヤーソードの銀線がコンポンに掴みかかる浮浪者の腕をズダズタに切り裂いた。
驚き仰け反った浮浪者は、恐怖の面持ちで裏路地の奥へ逃げていく。
「・・・モカさん!」
2人の子供は同時に歓声を上げた。
通信機が拾った歓声はS&M社の非常階段に潜む諜報員達を喜ばせた。
「モカ!無事か!?」
ナムはピンバッジに呼びかけた。返ってきた恋人の声にようやく荒んだ気分が収まった。
『心配掛けてゴメン。私は大丈夫、フェイ君とコン君も怪我はないよ。
でもシンディとマルギーちゃんがまだエメルヒと一緒なの、どうしよう!』
「あぁ、そいつぁ心配ねぇよ。モカちゃん。」
側で聞いていたエメルヒが意味ありげな笑みを浮かべて割り込んでくる。
「お嬢ちゃん2人はここにいる。怪我一つしてねぇから安心しな。」
『・・・!ど、どうして・・・?!』
「なんで俺まで居るのかって?助けに来てやってんだよ、リグナム達をな。
ツイてねぇぜ。ガチテロに遭っちまうたぁなぁ。こちとらモカちゃん保護したらすぐにでもトンズラするつもりだったってぇのに!」
やはりエメルヒは、モカを狙ってやって来たのだ。それをヌケヌケと口にする性根が不快極まりない。
A・Jが銃のグリップを、シンディが拳を握りしめてエメルヒを睨みつける。
スレヴィとマルギーも同じように怒りを覚えたが、表情に戸惑いの色を隠せない。
もちろん、ロディも憤った。
しかし、怒りを口にすることは出来ない。この男は腐りきっていても、部隊の最高権力者だ。
ロディは奥歯を噛みしめ俯いた。
エメルヒが嘲笑う。にやけたいやらしい笑みだった。
「こうなったらついでだ。教えといてやるよ。
ギド・ワルズがこのビルに集まって来てんのは盗まれた極秘ファイルの所為だろうな。あのディスク・プレートにゃ、連中が欲しい情報が入ってる。
ちっ!基地に帰ったらクソ会社と密通しやがった裏切りモン洗い出してタコ殴りにしてやるぜ!」
「まさか、連邦政府軍もファイルを狙って・・・?」
「そういうこったな。」
ポツリとつぶやくナムの疑問に、エメルヒはまったく悪びれない。
A・Jとシンディの怒りのオーラがさらに濃くなった。
「これは俺の推測だが、S&M社のスパイがファイルを売ろうとした相手は連邦政府なんだろうよ。
金勘定に手間取ってる内にギド・ワルズ知られちまったんだろう。テロ起こされて奪われそうになったもんだから、慌てて阻止しに来やがった。」
「ファイルの為に連邦政府軍が強行突破に踏み切ったって事ッスか?!街が戦場になってるんッスよ!?」
「推測だって言ってんだろぉ?そんなに深く考えんなや、ロディよぃ。
何にせよ、状況から考えてもディスク・プレートはまだここにあるはずだ。売り飛ばされる前に取り戻せりゃ何も言う事ぁねぇよ!」
「・・・ちょ、この人・・・!?」
マルギーが絶句した。どこまでも自分の都合しか考えないエメルヒの本性に、言葉を失い立ち尽くす。
「いったい何やねん、その極秘ファイルっつーのは?!」
「そりゃ言えねぇよ。極秘っつったら極秘だぁな。」
唾を飛ばして詰め寄るスレヴィをかわし、エメルヒは佇むナムに歩み寄る。
「さぁ、さっさと片ぁつけようぜ、小隊長!
時間がねぇ、指示出せや。フォローならいくらでもしてやる、3億の腕前、見せてくれ!」
正面から顔をのぞき込み、ニヤリと不敵に笑って見せた。
「な、ナムさん・・・。」
ロディは恐る恐る声を掛ける。
理不尽な要求を黙って受け入れる人じゃない。例え相手が誰だろうと、納得いかない限りは全力で刃向かうのがナムである。
しかも恋人・モカに危機が迫っている。エメルヒはミッションが終わればモカの引き渡しを命じるだろう。拒否する事は許されない。
ナムの今の心情を思うとそれ以上言葉がつなげない。ロディは隣で佇む兄貴分を仰ぎ見た。
そして、絶句した。
ごんぶと眉毛がつり上がり、小さな目が丸くなる。
エメルヒも同じ表情になった。
目を大きく見開いてしげしげとナムの顔を凝視する。
ナムは、笑っていた。
ふてぶてしく、狡猾に。
ガシッと肩に腕を回されたエメルヒが、初めて困惑した顔を見せた。
「・・・OK!サクッと片付けちゃいましょーか♪!」
「・・・へ???」
「フォローしてくれるんでしょ?いやぁ、心強いなぁ♪
ウチの局長ほどじゃないって?いやいやいや、アイツなんか目じゃないって!まだまだ現役でイケるッスよ、さっすが統括司令殿!頼りになるわ~!」
「いや、まぁ、フォローは、する、けどな・・・?」
「そんじゃ、多少思い切ったことやっちゃっても大丈夫だよねっ♪」
「・・・え?」
「ねっっっ!!♪」
「・・・お・・・おぅ・・・。」
小隊長の異常なテンションを仲間達は唖然と見守った。
ロディだけが顔色を青く変え、ゴクリ、と生唾飲み込んだ。
『ロディ君・・・大丈夫?』
通信機で逐一聞いていたモカがささやいた。声色に今のロディと同じ心情がありありと表れている。
ナムが言う「多少」は、言葉通りじゃあり得ない。
2人はそれをいやと言うほど知り尽くしている部隊のバックヤード要員だった。
「いや・・・多分・・・ヤバイッス・・・。」
ロディは泣きそうな声で通信機につぶやいた。




