怒りと暴走のシルクハット
機械兵にライフルの銃口を向けるカルメンを、トルーマンの声が嘲笑う。
『そんな物、無駄なのはわかってるでしょう?
対人ライフルなんて、彼らにとってはおもちゃみたいな物です。
でも戦う気なら止めませんよ。
彼らはここで開発されたテスト機です。実戦データの収集にご協力いただきましょうか!』
「やっぱりここで兵器の開発してたのね!」
電磁ムチを構えビオラが叫ぶ。
コークス&イーブカンパニーは鉱山経営の裏で銃器やIT兵器の開発を行い、テロリストや反社会組織に販売していたのだ。
試作品とはいえ機械兵は非常にマズい。通常1体倒すのに一個小隊総出で挑む相手である。
接近戦など言語道断、勝てる可能性は皆無に近い。
状況はまさに絶望的。カルメン達は為す術もなく、迫り来る敵を睨む事しかできなかった。
『ははは・・・!いい表情するじゃないですか!
さぁ、せいぜいあがきなさい! 楽しませてもらいますよ!!!』
安定感ある二足歩行。鋼の戦士が一歩足を踏み出すごとに、コンクリートの床が重々しい音を立てる。
徐々に間合いを詰めてくる敵に、カルメン達はジリジリと格納庫の奥へと追い詰められた。
・・・ただ、1人を除いては。
「何してる!下がれリグナム!!!」
「アンタ正気!?下がりなさい!!!」
姉貴分達の声を聞き流し、ナムは機械兵の前に立ちはだかった。
「これ、な~んだっ♪♪♪ 」
右手に持ってぶら下げる物を、高く掲げてひけらかす。
たったそれだけで、機械兵達の動きが止まる。彼らのAI頭脳にもそれが何かわかったようだ。
『・・・ヤンチャな脳筋坊やだと思ってましたが、少しは小頭が働くようですね。』
拡声器から聞こえるトルーマンの声が苛立った。
ナムが見せびらかしたのは、フラットが持っていた アタッシュケース 。
MPクリスタル がぎっしり詰まったジュラルミン製のケースである。
「そんな事言っていいのかな?アンタ、これがなきゃヤバいんだろ?
『ネーロ』は身内でもヘマした奴にゃ容赦無い。
アイドル狂のおバカ官僚なんかに出し抜かれちゃって、大事な商品、奪われた~、なんて、組織の連中に知られちまったら・・・。マフィアはおっかないね~。」
『なるほど、自分の立場がわかっていない辺りがまだ子供ですね。
商品は君達全員を始末した後、ゆっくりと回収すればいいだけの事です。違いますか?』
トルーマンの声がどす黒い凄みを帯びてきた。
しかしナムは怯まない。
それどころか、ニンマリ笑った。
ふてぶてしく、狡猾に。
「MPクリスタルは 熱 に弱い。」
ナムがつぶやく一言に、カルメン・ビオラとフラットは、悪寒を覚えて戦慄した。
「よせ、リグナム!」
「何すんの、止めて!」
姉貴分達の制止を背中で聞いて、ナムは大きく振りかぶる!
ブン!!!
力いっぱいぶん投げられたアタッシュケースが、格納庫の高い天井を飛行する。
カルメン、ビオラ、フラット、トルーマン。機械兵達すら天井見上げ、ケースの行方を見守った。
そんな彼らの驚愕をよそに、ナムは帽子を素早く脱いだ。
裏路地地下の下水道で、銃で撃たれて穴が開いたひしゃげた羽根付きシルクハット。
悪趣味極まるピンクの帽子が、アタッシュケースに投げつけられる!
ドッカーーーーーン!!!
機械兵達が蹲る。
カルメン・ビオラが爆音に負けない悲鳴を上げて、倒れ込むようにして床に伏せた。
熱を帯びた爆風が格納庫内に吹き荒れた。
突然起きた爆発に思考が停まる。フラットはただ呆然と、得意絶頂で胸を張るナムの背中を見つめていた。
「帽子型フリスビー爆弾『ナゲルンダーHATボム』!
俺の舎弟が作ったオモチャだ。スゲえだろ、アイツ天才なんだぜ!
・・・ネーミングセンスはともかく。」
アタッシュケースは火の粉を散らし、木っ端微塵に吹っ飛んだ。
格納庫とは別棟の、狭く薄暗い警備員室。
備え付けデスクの上には旧式だがやや大きめの監視モニターが置かれている。
モニターには、格納庫内部の様子が映し出されている。
機械兵達のカメラ・アイが捕らえた映像である。機械仕掛けの精巧な目は、今起った爆発を余すところなく伝えてきた。
(なんて事だ・・・!)
モニターに見入るトルーマンは愕然となった。
(いったい、なぜこうなった?!
あのバカ官僚を無戸籍者に始末させれば、万事うまくいくはずだったのに!
無戸籍者を官僚殺しで警察に付き出し、
回収したMPクリスタルを売りさばいてまとまった金を作り、
それを組織に上納してこの失態の穴埋めして、
バカ官僚の後釜に収まる奴も金を掴ませ飼い慣らして・・・。
たった一発、無戸籍者が銃の引き金を引いて、バカ官僚を撃ち殺す。
それだけで、なにもかもが今までどおりだったのに・・・!!?)
戸籍のない者は、正当な裁判が受けられない。
もしフラットが警察に捕まれば、何も証言出来ないまま土星強制収容所に送り込まれていただろう。
彼の「復讐」が「ビーナス・フォース」と「マッシモ動乱」に関係するなら、なおの事。
真相露見を恐れる軍や政府は無戸籍者による官僚殺しを徹底的に隠蔽する。
すべてはトルーマンの、そしてネーロ・ファミリーの思惑通りである。
それを見事防いで見せた、ショッキングピンクの悪趣味な少年。
茫然自失のトルーマンが見守るモニター画面の中、彼はふと足下に目線を落とした。
キラキラ光る小さな欠片が転がっている。
MPクリスタルである。
透き通った六角柱に結晶化するためそう名付けられた鉱石は、意外な事に発火性があり熱に弱い。
シルクハットの爆発でアタッシュケースの中身はほとんど燃え尽きた。しかし燃え残った欠片があったようだ。
僅かに残ったその欠片を、ナムが忌々しげに踏み砕く。
トルーマンの理性が吹っ飛んだ。
モニター横のマイクを掴むと、獣のように咆哮した!
『こ、の、クソガキがあぁぁーーーーーっっっ!!!』
拡声器がビリビリ震え、機械兵達が一斉に右腕に溶接装備したマシンガンをナムへと向けた!
「やっっっかましいわ!ゲス野郎!!!」
カウンターで、ナムも咆えた!
「てめぇはもう詰んでんだよ!
薬売り飛ばすゲス野郎が、今更ゴチャゴチャ喚いてんじゃねぇ!!!
そんなに土星強制収容所へ行くのがイヤなら、俺がこの手でぶっ殺してやんよ!
四の五の抜かさずここへ出てこい!3流ヤクザのパシリ野郎!!!」
ナムは棍棒を大きく振り上げ、身構える。
しかし、目の前にいるのはトルーマンじゃない。戦争が生み出す殺人兵器・機械兵である。
しかも相手は3体もいる。万に一つの勝機も無い。
助けを求めて狼狽えるカルメン・ビオラの傍らで、フラットはゆっくり立ち上った。
戦う覚悟ができた。力になれるとは思えないが、せめて一緒に死んでやれる。
さすがに萎える足を踏みしめ、ナムの方へと歩き出す。
その時だった。
再び何かが 爆発 したのは!?
ボン!!!
機械兵3体の内、一番出口に近い個体が火を噴いた。
頸部がはじけて頭部が傾き、むき出しのコードが無惨に千切れて火花を散らす。
一騎当千の殺人兵器、機械兵が負傷した。目の当たりにしてなお、信じがたい。
(攻撃を受けた?!いったいどこから!? )
フラットは狼狽え、周囲を見回す。
機械兵が破壊し大きく開いた格納庫入口。襲撃者はそこにいた。
その男を一目見るなり、ビオラの顔が輝いた。
「・・・ 局長 !!!」
( 局長 ???)
愕然となるフラットの肩を、カルメンの手がしっかり掴む。
彼女の顔には穏やかな微笑が浮かんでいた。
「もう心配ないよ。アタシ達は助かる!」
「・・・。」
言葉が出ない。
男が1人現れただけで、この絶望的な状況が覆るとは思えない。
しかし、カルメン・ビオラは「局長」の勝利を確信し、心の底から安堵している。
女達が歓喜し笑うその一方。
ついさっきまで激昂し、いきり立ってたナムはというと・・・。
「・・・マジっすか・・・。」
露骨にがっくり肩を落とすと、頭を抱えて項垂れた。




