真相と隠蔽の闇
死にに行ったようなものだった。
無国籍の傭兵だった父は、その仕事を「割のいい仕事だ」と言っていた。
地球連邦政府軍から支給された艦船に護衛部隊として乗艦し、金星宙域の安全確認をする。それだけの「いい仕事」のはずだった。
「この仕事は報酬がデカい。
もっとマシな暮らしをさせてやれるぞ、待ってろよ。」
そう言って、嬉しそうに笑った父の顔が忘れられない。
「あの日」、父は多くの傭兵仲間達と出陣した。
そして帰ってこなかった。
父の「仕事」がマッシモを護る「盾」だったのだと知ったのは、その日の夜。
TVニュースの速報を見た時だった。
「地球連邦政府軍・金星宙域支部基地の宇宙護衛艦『ビーナス』!
敵国から飛来する星間ミサイルの攻撃から攻撃から、見事マッシモを護り抜いたのです!!!」
まだ幼かったフラットは、興奮気味に原稿を読むニュースキャスターをただ愕然と眺めていた。
「ビーナス・フォースの英雄」 。
後にそう名付けられた存在しない艦隊の「殉職者」達を、金星宙域中の人々が讃えその死を悼んで感謝する。
支払う気のない報酬に騙され、破棄寸前の艦船に乗ってミサイルの的にされた国籍のない傭兵達。彼らは誰からも顧みられないまま、闇の彼方に葬り去られた。
「こんな事があっていいのか!?こんな事が・・・!!!」
憤怒に歪んだ兄の顔を、フラットは今でも夢に見る。
5歳年上のフラットの兄は、外で遊び回る活発な弟とは対照的に、読書が趣味で穏やかなとても優しい人だった。
しかし「あの日」を境になにもかもが変ってしまった。
親を失った少年達の生活はどん底を極め、兄は幼いフラットを守りながら生きるために戦った。
糧を得るため犯罪に手を染めねばならず、窃盗やスリ、時には強盗まで行った。
書物ではなく銃を手に取る兄の目は、どんどん険しく荒んでいった。
それがとても辛かった。
そして「あの時」。
フラットは「獲物」を手にして意気揚々と、兄とねぐらにしている裏路地に帰った。
あるお金持ち家に忍び込み、隙を突いて盗んだ逸品。子供の無知な目で見ても、そんじょそこらにあるような並の「獲物」とは思えない。
売ればきっと大金になる。少しでも兄を楽にしてやれる。
そう思うと心が躍った。
持ち帰った「獲物」を兄に見せると、一目見るなり驚いた。博学な彼には「獲物」価値がすぐにわかったようだった。
しかし、次の瞬間。
兄は得意気に笑うフラットを、力いっぱい突き飛ばした!
路地裏の陰には不法投棄で積み上げられたガラクタの山があちこちにある。
その一つに突っ込み埋まったフラットの耳に、飛び込んできた鋭い銃声!
兄が倒れた。胸を撃ち抜かれて。
咄嗟に突き飛ばしてくれなければ、フラットも撃たれていただろう。
見た事のない黒スーツの男達が駆け付けてきて、苦痛に呻く兄を囲む。
彼らが「地球連邦軍特殊公安局」と呼ばれる組織の者達だと知ったのは、ずっと後の話である。
「こ、こいつだ。コイツに間違いない!!!」
1人だけ普通の背広姿の男がいた。
そいつが兄を指さし叫ぶ。男達の1人が銃を構え、何の躊躇いもなく引き金を引いた。
ドン!
まだ息があった兄の頭が、フラットの目の前で粉砕した。
「もうここには用は無い。
早くこのエリアから出ないと 爆破 の時間が・・・!!!」
去り際、男達が残した言葉に恐怖を感じ、フラットはその場から逃げ出した。
そのほんの数分後。
フラットが兄と暮らした裏路地で、大爆発が起きた。
後に「マッシモ動乱」と名が付くこの事件。
貧民街は壊滅し、死者・行方不明者は公式発表では1万人強。都市民として見なされない無戸籍者を数に入れると被害者はその3倍を越えるという。
大規模な爆発はコロニー本体にダメージを与えた。この地域は防護壁で封鎖された後マッシモ・コロニーから切り離され、太陽引力圏に廃棄されて燃え尽きた
あまりにも甚大な悲惨極まる事件だった。
各TV局のニュースのキャスターは「希に見る凶悪犯罪」だと報道した。
「地球連邦政府の転覆を謀るテロリストが、軍治安部隊と交戦後、潜伏先地域の住民を巻き込み 自爆 した。」
TV画面に映し出された「首謀者」の写真は、荒みきった目をした 兄の顔 。
彼は突然命を奪われ、やってもいないテロ行為の犯人として不当に断罪されたのである。
逃げおおせたフラットは、生き残った「金星解放自由同盟」の工作員からいくつかの事実を聞かされた。
兄があの裏路地界隈を拠点としていた「金星解放自由同盟」の一組織に加入していた事。
その組織は「ビーナス・フォース」が偽造だと裏付ける証拠を集めていた事。
そして「ビーナス・フォース」を企てた首謀者は、当時のマッシモコロニー付地球連邦政府補佐官の 秘書 だと突き止めた事・・・。
それを知った時、兄は単身、無謀にもその秘書を襲撃したのだという。
襲撃は失敗に終わり、運悪く顔を見られた兄は指名手配されていた。
警察が兄を「金星開放自由同盟」の一員だと突き止めるのに、そう時間はかからなかった。
あの時の大爆発で、裏路地にいた者は・・・組織とはなんら関わりない者がほとんどだったのに、全員抹殺されてしまった。
兄達が必死で集めた数々の証拠とともに。
すべてを失ったフラットはマッシモを出た。
「大戦」で荒れる世間で生きて行くために、父と同じ傭兵となった。
(いつか、必ず 復讐 する!
黒スーツの男達に兄を射殺させたあの男。
ヤツが兄が討ちそこなった父の敵に違いない!
あの男だけは、例え刺し違えてでも絶対この手で 殺してやる !!!)
悲しい誓いを支えにして地獄のような戦場を駆け抜け、「大戦」を戦い生き抜いた。
「大戦」が終わり、復讐の機会を求めてマッシモへ帰還。日銭を稼ぐ仕事をしていた彼に目をつけたのが、トルーマンだった。
かつて補佐官付秘書だった男は正式な補佐官に出世していた。
ネビル・サンダースの秘書だと名乗る男の誘いを、断る理由は一つも無かった。
「マフィアと癒着、違法薬物の密輸出関与、テロ行為元凶となりうる不祥事。
全部バレたんだからね。 ネビル・サンダースの『土星強制収容所』行きは間違いないよ。
あそこでヤツを待ってんのは、死んだほうがマシってほどの過酷な強制労働の日々だけ。
リグナムの言うとおりだ。復讐なんて意味は無い。
アンタが手を汚す必要なんて、これっぽっちもありゃしないよ。」
佇むフラットに、カルメンが声を掛ける。
地球連邦政府直轄特級犯罪者収容所「プロメテウス」。
土星の輪にある小惑星に築かれた難攻不落の強制収容所は、「極悪人の墓場」とも呼び称される。そこに送られ服役するのは重罪を犯した者ばかり。
刑期を終えて出獄できる可能性はゼロに近い、地獄のような 監獄 である。
悪名高い大マフィア・ネーロと癒着し、違法薬物売買に手を染めた挙げ句、300万人の都市民をテロの危機と脅威にさらした。
そこまで腐った官僚が行き付く場所は、もはやそこしかないだろう。
「・・・。」
フラットは無言でサンダースを眺めた。
白目を剥きてビクビク痙攣、口から泡吹き失禁している。
無様な事この上なかった。
「あれ?あの野郎がいない!」
格納庫内の重い空気はナムの声で破られた。
「えっ!?」
しんみりしていたカルメン・ビオラも慌てて辺りを見回した。
トルーマンがいなくなっている。顔が凹むほど殴られてぶっ倒れていたはずなのに。
ナムは握りしめた棍棒を見下ろし、頭の後ろを掻きむしった。
「そういやアイツ、サイボーグ手術受けてるっぽかったな。
顔も作りモンだったのかな~。殴ったくらいじゃダメージ小さかったかも。
顔面成形出来ないくらいの蹴りでも入れときゃよかったぜ!」
「そんなのどうでもいいわよ!まずいわカルメン!一匹逃げてる!!」
血相変えてビオラが叫ぶ。
それを嘲笑う男の声が、格納庫内に響き渡った。
『ひどいですね。
裏路地の酒場じゃあんなに優しかったのに、今は一匹呼ばわりですか?』
格納庫の天井に取り付けられた古風な造りのスピーカー。
逃げた男の声がした時、カルメン・ビオラとフラットがナムを庇って身構えた。
「俺、実力なら姐さん達よりあるつもりなんだけどな~。」
「おだまりガキンチョ!!!」
『やれやれ、威勢のいい事だ。君達にはすっかり騙された。
特にそこの「ガキンチョ」にはね。その見た目でいっぱしの戦闘員とは恐れ入る。』
「ま、俺って強いからね♪」
ドヤ顔になるナムをカルメンが振り向き叱り飛ばす。
「図に乗るなおバカ!
おい、ネーロのチンピラ!こいつは戦闘員じゃない、まだ見習いの『諜報員』だ。」
『そこで彼に倒されて転がる役立たず共は、一応戦闘訓練を受けているんですが?』
「それでも『諜報員』で、しかもただの見習いなのよ。
許して上げてくれない?まだほんの子供なの♡」
ビオラも同様に訴える。トルーマンが再び嘲笑した。
『こだわりますね。まぁ、どっちでもいい事です。
私が「ネーロ」なのをご存じでしたら、今後の展開はお察し頂けるでしょう?』
窮地を察したカルメン・ビオラが言葉を飲み込み黙り込んだ。
マフィアの結束は固い。
特にネーロ・ファミリーは血縁を重視し、非常に強固な組織力を誇る。
害なす者は決して許さず、必ず「報復」する事で知られている。
厄介な相手である。
拡声器の向こうでトルーマンが冷酷無比にまた笑う。
『正直、君たちの実力は相当なものだ。
「報復」は必要だが私一人では荷が重い。お相手は「彼ら」に頼みましょう。』
ドォン!!!
「!!?」
格納庫の出入口、鋼鉄製の巨大な扉がいきなり歪んで吹っ飛んだ!
入ってきた人型は3体。暗闇にそびえるその巨体は、昼間の酒場で相まみえた「義腕の巨人」を思わせる。
しかし彼らは義腕だけではない。全身がメタリックにギラついていた。
重機械人型ロボット兵士。
マシンガンやランチャー、電磁ソード等を装備した、2m超えの 機械兵 である。




