ある傭兵の追憶② 忘れられた遺跡
ある日、タイチが夫人と子供達を集め、深刻な顔つきで説明した。
「ここから一番近くにある街が武装集団に襲撃されたらしい。
この小惑星は自治政府が地球連邦に加盟しているが、反連邦政府組織の拠点が幾つかある。それを考えたら街を襲った連中がリーベンゾル勢力ではなく地球連邦政府軍の可能性もあるんだ。
もしそうだとしたら、私達も攻撃されるかも知れない。ここにいる者のほとんどが無戸籍者だ。ゲリラやテロリストでなく民間人だと言っても簡単には信じてもらえないだろう・・・。
他の街に住む知人達にみんなを安全な場所へ避難させてもらえるように頼んでみよう。しばらくは帰れないけど、みんな気をしっかり持って待っていてくれ。」
そう言って、タイチは養護院をマロリー夫人に託して後にした。
街を襲った武将集団が、荒野に立つ養護院を標的にしたのはそれから3日後の事だった。
自分以外の者を襲う奴らを「消そう」と思ったのは、生まれて初めてだった。
怯えて泣き叫ぶ年少の子供、それを必死で宥める少女達、震える手で武器を取る少年達を背中に庇い、か細い両手を広げて武装兵達の前に立ちはだかるマロリー夫人。
彼らに銃口が向けられた時、気が付けば子供達を守ろうとするマロリー夫人と武装兵達の間に割り込んでいた。
そして・・・。
「そいつらは地球連邦政府軍でも、リーベンゾル軍でもなかった。」
電子ヒーターの明かりを眺めながら、リュイは語る。
「押し入ってくるなり食料と、女を要求した。戦時中の混乱に乗じて略奪し回っていたケチなゴロツキ傭兵達の群れだ。」
しんと静まり返る砂漠で聞くリュイの声は低く穏やかで、耳障りよく心地いい。
ナムは傷つき疲れてささくれ立った気持ちが凪ぐような思いに少し驚き戸惑いつつ、リュイの話に聞き入っていた。
「あらかた片付けたが、1匹取り逃がした。そいつが逃げた先に仲間がいれば十中八九報復に来る。
・・・俺は後を追った。」
遠くで何かが鳴いた。キメラ獣の遠吠えだろう。
酷く悲しく聞こえた。
残党を追ってたどり着いた場所に驚いた。
破壊されて廃墟になった街。
建造物は崩れ残骸のみが点在し、辛うじて佇む崩れかけの外壁には無数の銃痕が刻まれている。
自動車だったと思われる塊がひび割れた路上に幾つもうち捨てられ、あちこちに干からびて黒ずんだかつての住民達が横たわっていた。
大戦中ではよく見られる光景だ。しかし、ここは何かが違っていた。
しばらく歩き回り、街全体の造りが古めかしい事に気が付いた。10年や20年どころの古さじゃない。
ここは「遺跡」なのだ。建造物の様式や素材の質から考えると宇宙開拓有史初期の街並みと推測できた。
500年前の戦災から時を止めたままの廃墟は神秘的な雰囲気さえ醸し出して静まり返り、人の気配はまるでなかった。
ある1カ所以外は。
夕刻の斜陽の中にそびえる寺院のような巨大な建造物。上層の朽ちた窓から、微かに明かりが漏れていた。
躊躇う事なくそっちへ足を向けた。相手の人数も戦力もわからず奇襲するなど「無謀」の一言に尽きるが、一向に構わなかった。
差し違えてでも相手を倒す。その上で命を落とすのなら、それはむしろ有り難い。
自死が許されないのなら、養護院の者達のために戦って死ぬ。
これなら、タイチも文句はないだろう・・・。
侵入するとすぐに見つかり武装兵達の手荒い迎撃を受けた。
弾丸の嵐を駆け抜けて武装兵達をなぎ倒し、なんとか部隊の幹部達が潜む建屋最奥の広間まで辿り着く。
「なんだ、てめぇは!?」
広間にいた幹部兵達がいきり立つ。
機関銃の銃口を突きつけられたが、そんな物よりも幹部兵達が取り囲んでいた物が目を引いた。
一目で時限式の爆弾だとわかった。デジタル式のタイマーがすでにリミットまであと1時間ほどの時を刻んでいた。
なぜここを爆破する?こんな何もない廃墟一つ消したところでいったい何になるんだ!?
頭をよぎる疑問が相手にトリガーを引かせる隙を与えてしまった。
「死ね!!」
機関銃が火を噴いた!
爆音と、弾丸が壁を刻む轟音が響き、飛び散る塵が視界を遮る。咄嗟に目を庇って顔を背けたが、すぐに異常に気がついた。
撃たれて、ない?!驚くと同時に、自分の前に誰かが歩み寄ってきた気配を感じた。
「怪我は無いか、リュイ。なんて無茶な事を・・・。」
ここにいてはいけない人の、声がした。
安堵と哀しみが入り交じった目で微笑むタイチが銃を握る腕を降ろす。
静かに佇む彼の肩越しに、折り重なって倒れる武装兵達の姿が見えた。
「また罪を重ねたな・・・。」
タイチは悲しそうにつぶやき、たった今人を殺めた銃を放り捨てる。銃はひび割れたコンクリートの床に重たい音を立てて落ち、どこかに転がっていった。
「だがお前のためなら仕方がない。・・・無事で良かった。心配したんだぞ?」
そう言って、しっかりと抱きしめてくれた。強ばる身体から力が抜ける。しかし頭は目の前で起った惨劇に混乱したままだった。
それでも促されるまま広間の出口へ歩き出す。守るように肩を抱いてくれる手が、とても温かかった。
おぞましい声が聞こえたのは、その時だった。
「・・・てめぇ、プロだな?」
タイチが立ち止まり、振り返る。
武装兵が1人、起き上がっていた。
「仕損じたか。すまなかったな。
即死させるつもりだったが現役を退いてもう随分立つ。腕が鈍っていたようだ。」
「そうかい、やっぱりな。
ツイてねぇぜ。こんな辺鄙なところにご同業者がいやがったとは・・・。
ここを街ごと吹っ飛ばせば大枚が手に入ったってぇのによ・・・。つくづく俺達ゃ幸運ってぇヤツに、見放され、てるぜ・・・。」
タイチを睨む目から光が消えつつある。もう死にかけていた。
「吹っ飛ばす?街ごと?お前達、何が目的だ?
その時限式の爆弾は起動しているな。こんな誰からも見向きもされない遺跡を爆破して何になると言うんだ?」
答えはない。武装兵はガクッと床に仰向けに倒れた。
「道連れだ!!死にやがれクソッタレ!!!」
高く上がった両手に握られていたのは、手榴弾。安全ピンは抜かれていた!
爆発音が轟き、もの凄い衝撃に吹き飛ばされた。




