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ミッションコード:0Z《ゼロゼット》  作者: くろえ
追憶の夜 約束の朝
145/403

高度3,000mの凶行

輸送機が巡航高度に達し水平飛行に入るなり、ナムは袋だたきにされた。

屈強な男達に殴り回され、立っていられず蹲っても蹴り入れられる。その執拗さはナムが「商品」を逃がした怒りもあるのだろうが、別の理由もうかがえた。

男達の目は、凶暴に笑っている。明らかに楽しんでいた。

「その辺にしとけ。死んじまうぞ!」

中年の男が声を掛けると、男達は手を止めた。

腹に入った強烈な蹴りに嘔吐きながら、ナムは目線を周囲に走らせる。

自分を取り巻く敵の数は、さんざん殴り回してくれた連中3人と高みの見物かましてくれてる奴らが5人。全員小銃やサブマシンガンを携帯している。

さっき暴行を止めたヤツが一番格上なのだろう。どっしりと椅子に座ってふんぞり返っていて、他の奴らとは貫禄が違う。

幾つかある窓は当たり前だが開閉不可能。カーゴドアも当然ガッチリ閉じている。

気圧の変化で耳が痛い。重力の少ない小惑星をテラ・フォーミングして大気を定着させたゲルゼーの大気層は薄く、航空機は地表から3,000Kmほどの高度を飛ぶのだが、もうかなり上空を飛んでいるようだ。

男の1人がナムの髪を掴んでグイッと顔を持ち上げた。

「この期に及んでまだ逃げ出す算段してやがる。明らかに訓練積んでるヤツですね。」

「そりゃあそうだろうな。お前ら、店襲った連中の面子、聞いたか?」

中年の男が立ち上がり、ナムの方へ歩み寄る。

「いえ、まだ・・・。」

「義腕の巨人、だ。」

「!!?」

男達に衝撃が走った。

「アイアン・メイデンもいたそうだ。そんな奴らに乗込まれちゃぁ、あのカジノもお終ぇだ。

金になる商売だったが仕方ねぇ。あそこでくたばった連中にゃ悪ぃが、俺達はこのままトンズラするぞ!

・・・いい『商品』も手に入ったしな。二つ名の知られた名うての傭兵達が鍛えた上玉だ。若いだけが取り柄の素人10人売るよりも、こいつ1匹で相当の金になる!」

中年の男がかがみ込んでナムの顔をのぞき込む。ゾッとするような笑みだった。


ナムは目の前の中年男を睨んだ。

勝機あり得ず脱出も不可能。さんざん痛めつけられてもう身体も動かない。状況は最悪、しかも絶望的に悪い。萎える気力を振り絞っての精一杯の強がりだ。

「さすがだな、いい根性してやがるぜ。喜べ、高値で売ってやる!」

中年男は立ち上がり、男達に指示を出す。

髪を掴んだ男がナムが着ている襟詰めシャツの襟を掴んで引き裂き、首を露出させた。

両腕をしっかり掴まれる。身動きがまったく取れなくなった。

薄ら笑いながら見物していた男達の1人がゆっくりと歩み寄りながら、ジャケットのポケットから何かを取り出した。

無針注射器と、注射液アンプル。男はトロリとした白濁の液体が入ったアンプルを、注射器にセットした。

体中から冷たい汗が噴き出し総毛立つ。ナムは死にものぐるいでもがいた。

「・・・い、いやだ・・・!嫌だやめろ!!」

拒絶を叫ぶなり腹にサバイバルブーツのつま先がたたき込まれ、そのまま頭を乱暴に打ち付けられた。

「高濃度の上物だ。たった1回でもう止められなくなるくらいの快楽が味わえる。何もかも忘れて素直ないい子に生まれ変われるぜ。嬉しいだろ?」

強い依存性のある薬物で自我を奪い、決して逆らわない従順さを植え付ける。物のように使い捨てる用途で取引きする人間(商品)を扱う人身売買の組織ではよく使われる手段だ。

男達の下卑た嘲笑が遠くに聞こえる。頭を強打した激痛で視界がかすむ。それでもナムは必死で身をよじり、無我夢中で抵抗した。

(嫌だ!薬は嫌だ!!父さんみたいにだけは、なりたくない!!!)

脳裏に浮かんできた父親の顔が、余計に恐怖と嫌悪をあおる。

禁断症状を起こし狂ったように暴れる獣じみた姿と、中毒末期で身も心もボロボロの廃人になった惨めな姿。幼い頃の思い出したくもない記憶が蘇る。

(誰か!誰か、助けてくれ!!・・・誰か!!!)

救いを求める声は言葉ならず、悪党共を楽しませるだけの絶叫になった。

ナムの首筋に、冷たい無針注射器の注入口が押し当てられた。


輸送機のコクピットでは、パイロットが陽気な音楽を大音量で聴きながら早めの夕食を取っていた。

コクピットのフロントガラスから地表の様子がよく見える。眼下の砂漠は切り立った崖や巨岩群が点在し、寒々とした夕闇が地平線から迫ってきている。

でっかいハンバーガーにかぶりつき、目線を落として計器類を確認した。異常は、ない。

続いて現在の位置を確認して顔をしかめる。

この辺りは厄介な地域だ。さっさと抜けてしまわなければ。パイロットは輸送機の速度を上げようとした。

「・・・ん!?」

フロントガラスに目を戻したパイロットは固まった。

輸送機に迫るほど高くそびえる巨岩の上に、男が1人、佇んでいる。

こっちを見ている様子までうかがえた。ダークブラウンのフィールドジャケットを羽織った出で立ちといい、手ぶらである事といい、登山者ではあり得ない。

信じられない光景だった。この地域は一般人が立入りできるような場所じゃない。足を踏み入れるなど狂気の沙汰、そんな危険な場所なのだ。

「な、何だアイツは・・・!?」

パイロットは呆然と、輸送機の航行で距離を詰めつつある男の姿を凝視した。

彼は一つ、見落としていた。

岩場に佇む男は、手ぶらなどではなかった。

その男が片手にぶら下げていたモノを高く掲げた時、パイロットのささやかな夕食は、終了した。


バァン!!!


もの凄い衝撃が輸送機を大きく揺すった!

貨物室にいた男達が一斉に足を掬われ転倒し、床や壁に強く身体を打ち付ける。ナムは両腕の自由を取り戻し、転がるようにして壁際へ逃れた。

震える手で首筋を確かめる。・・・大丈夫だ、打たれて、ない!

こみ上げる安堵感を振り払い、ともすれば崩れ落ちそうになる足を踏みしめる。

逃げないと!・・・でも、どこへ!?

起死回生の機会を求めて必死に周囲を見回した。

「ちっ!往生際の悪ぃガキだ!」

「ほっとけ、どうせ逃げられやしねぇ!それより何だ今の揺れは!?」

男達は今の衝撃に騒然となっている。


ガァン!!!


突然、出入口の引き戸が大きく歪んで吹っ飛び、反対側のカーゴドアに激突した!

貨物室は気圧がもの凄い勢いで下がり、空気が渦巻き荒れ狂う。

鋼鉄製の重い引き戸を蹴り破って現れた、ここにいるはずのない男。そいつが貨物室の真ん中に何かを放り投げた。

ドサリ、と床に落ちたのは、さっきまでコクピットで輸送機を操縦していたはずのパイロット。とてつもなく恐ろしいモノでも見たかのような壮絶な形相だった。

「・・・な・・・!!?」

男達が絶句する。

そいつはランチャー装着の改造ライフルを肩に担いでズカズカと貨物室内に踏入った。

呆気にとられる男達の前を素通りし、壁際にいるナムの目の前に立つ。

「・・・・・・局・・・長・・・?」

ナムは掠れる声でつぶやいた。

何で、ここに!?

そう言おうとして口を開いたのに、こみ上げてくる安心感が喉を塞いで熱く焼いた。

今ここにリュイがいるのが信じられない。ナムはあらん限りに目を見開き、自分の上官を凝視した。

リュイは無言でナムを見つめている。その目はいつもとまったく違う。

普段のリュイの無慈悲なまでに厳しい目。時には殺意さえうかがえる冷酷な眼差しが、今は真逆の感情を映す。

労りと優しさ、そして、安堵。

無事で、良かった。その目はそう語っていた。

言葉の代わりにあふれ出てきた涙が止まらない。息をする度ヒッ、ヒッ、と引きつけでも起こしたような声が漏れた。

気力で踏みしめていた足から力が抜けた。大きくよろめく傷だらけの身体はしっかりと抱き留められる。

ナムは小さな子供のように泣き出した。


フロントガラスが大破したコクピットから、風の轟音を突き破って甲高い警報音が鳴り響く。

急激な降下を知らせる輸送機の悲鳴。墜落の恐怖が男達の意識を覚醒させた。

「てめぇ!よくも!!」

中年の男が咆えた。一斉に銃が引き抜かれ、銃口が壁際の2人を狙う。

リュイが目だけ動かし男達を、見る。

その目からはもう、慈愛の光は消えていた。

左の腕でナムの頭を胸に押しつけ強く抱き、右の腕で改造ライフルの銃口を男達に突きつける。

男達にはトリガーを引く一瞬の間すら与えなかった。


ドン!!!


ナムはビクッと身体を震わせた。

痛いほどの力で頭を抱きしめるリュイの腕は、しっかりと耳を塞いでいる。

フィールドジャケットの胸に強く顔を押しつけられて何も見えない。

それでも何が起きているのかは、考えなくてもすぐわかる。


ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!!


リュイがトリガーを引く度に体を通して衝撃が伝わってくる。

ナムは心臓が凍る思いを味わった。

涙はもう引っ込んだ。足がガクガク震えて止まず、全身から冷たい汗がにじみ出る。

人が、殺されている。手を伸ばせば届くほどの、すぐ側で!!

ナムは恐怖に耐えかね固く目を閉じ、リュイのジャケットにしがみついた。


「・・・よく見ておけ、リグナム。」


リュイの声が聞こえた。

ハッと我に返った途端、シャツの襟首を掴まれてリュイの胸から引っぺがされた。

驚いて見上げるとすぐそこに、自分を見つめるリュイの顔があった。


「人を殺した後、こんな(ツラ)するヤツはもう、人間なんかじゃねぇんだよ・・・!」


自嘲を込めた言葉をつぶやくリュイの顔は、穏やかに笑っていた・・・。


次の瞬間、宙に浮く感覚を味わった。

「・・・・・・え・・・?」

傷ついた身体に重くのし掛かっていた重力が一切なくなった。

何が起ったかさっぱり分らない。ナムはただ呆然と、大きく開いた輸送機のカーゴドアから自分を見下ろすリュイが、もの凄い勢いで遠ざかっていくのを見つめていた。

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