2億エンする「ナレノハテ」
卓上でPCが着信を知らせるコールを鳴らした。
エベルナ特殊諜報傭兵部隊統括司令・エメルヒは、ともすればにやけてくる顔を引き締めおもむろに回線を開く。
画面に眠たそうな目をした地味なオッサンが現れた。上半身の胸から上しか見えないが、軍服を着ているのがわかる。
「これはこれは、地球連邦政府軍・特殊公安局部隊地球エリア支部基地司令殿!お目にかかれて光栄です!」
わざわざ正式名称を言い上げて大げさな営業用スマイルを振りまくエメルヒに、画面のオッサンが眉を潜める。エメルヒの側で直立不動の姿勢を取る、副官シャーロットも。
「・・・言い値をいいたまえ。」
「・・・なんのこってす?」
「とぼけるのは止めたまえ!」
満面のドヤ顔のくせに白々しくすっとぼけるエメルヒに、オッサンがキレた。
「ティリッヒで当局が展開していた作戦は失敗に終わった!その作戦に支障をきたした原因は、貴様が飼ってる諜報員達にあるのだぞ!?」
「おや、責任を追及されますか?」
「・・・」
余裕の態度を崩さないエメルヒに、オッサンは口をつぐんだ。モニター画面越しでも必死で感情を押し殺す我慢が伝わってくる。
エメルヒはわざとらしくため息をついて首を振った。
「そうですなぁ。我々の所為ですなぁ。
いぇね、私もあいつらがここまでやるとは思ってなかったワケなんですよ。
なんたってあいつらはまだ子供と言っていい年ですし? まさか天下の連邦政府軍公安局部隊がコテンパンにやられちまうなんて、想像もしてなかったんですわ。
しかもそのミッションに『例の娘』がいる半人前のチームをよこしたのに、捕まえるどころかミッションの全容を暴かれて返り討ちとは・・・。
いやはや、子供の成長はめざましいモンですなぁ。嬉しいような、寂しいような・・・。」
「いい加減にしたまえ!!」 オッサンがまたキレた。「だいたい、こっちはあのガキ共のどれが『例の娘』なのかも知らされてないんだぞ!!」
「そりゃぁ、ミッションどおりに全員とっ捕まえて吐かせてりゃすぐにわかった事でしょ? そっちも諜報員なんだから、それくらい自力でおやりなさいや。」
「・・・」
オッサンがまた黙った。目が血走ってきている。
必死なのである。ティリッヒでのミッション失敗は、軍の危険因子・ノーランド親子排除どころか重要な宇宙軍事港を失う事に繋がりかねない事態を招く大失態だ。
しかもそれがまだ半人前の、ジュニアハイスクールに通ってそうな子供を含む未成年ばかりの諜報チームが原因だと軍の上層部に知られでもしたら・・・。
「あの娘はどっちに差し上げるか悩んでる所なんですわ。
判断を間違えると『大戦』の再来になるのはおわかりでしょ?だからいっそ今回のミッションにかこつけて保護していただければ、こちらとしましても助かったんですがねぇ。
まさか、負けちまうとはねぇ。しかも、ミッションの内容、洗いざらい暴かれて。
あ、もちろん守秘義務は守りますよ?お客様は神様ってヤツですからねぇ。
でも子供が多いチームですからねぇ。黙らせておくってなぁ、なかなか難しくってねぇ・・・。」
「・・・100枚出そう。」
オッサンが言った。マネーカードの枚数だ。1枚が100万エン。1億である。
しかしエメルヒは聞こえてないかのようにスルーした。
「そうそう、ウチのガキ共が動画送ってきましてね。ついでにコレも買っていただけます?」
そう言って卓上のコンソールを叩く。動画は即座に画面向こうのオッサンに届けられた。
彼のすぐ横に別のPCが立ち上がっているらしい。オッサンは心持ち顔を横に向けて何かを確認していたが、ピクッと目尻が引きつるなり、みるみるこめかみに血管が浮いてきた。
「・・・わかった。300枚だ。」
「えぇ!そんなにいただけるんで!?」エメルヒが大げさな演技で驚いてみせた。
信用できる銀行の口座に振り込まれるマネーカードの枚数をシャーロットに確認させ、間違いなく支払われたタイミングでエメルヒは満面の笑みをオッサンに向け、商談成立&会話をとっとと終わらせる締めの言葉を投げかけた。
「有り難うございま~す。またのご利用、お待ちしておりま~す!!♪」
いきなり画面がブラックアウトした。
三度目にキレた相手が通信を叩き切ったようだ。
エメルヒが画面のまえに突っ伏した。
副官・シャーロットは仏頂面のまま佇んでいた。ブラックアウトしたPC画面の前にうずくまり小刻みに肩まで震わせる上官をなど少しも心配していない。
今、彼女が思いを馳せるのはモカの事、そして、リュイの事だ。
地球連邦軍にモカの所在が知られてしまった。
エメルヒは連邦政府軍公安局の要求に屈し、「ゴルジェイの娘」がエベルナ傭兵部隊にいると認めた。しかもリュイに告げずにモカをチームのメンバーごと売ったのだ。
今回はどうやら切り抜けられた。しかし公安局は決して諦めないだろう。
どうする気だ、リュイ・・・。シャーロットの心は沈んでいった。
「・・・ぎゃーっはははははは!!!!!」
突然エメルヒが狂ったように座椅子の背に仰け反り笑い出した!
ひとしきり爆笑した彼は目に涙を浮かべてコンソールを叩き、シャーロットを側へと呼び寄せた。
「見てみろ、ほれ、シャーロットよぃ!
モヒカンにカッパ禿げに落ち武者風、ここまでやるたぁエゲツねぇ!
放送禁止用語書きまくったのはフェイだってよ!とんだお坊ちゃまもいたもんだぜ!いったいどこで覚えてくるんだか!?
おまけに化粧してやがる!こんなバケモン、カブキチョーでも見た事無いぜ、ぎゃはははははは!!!」
・・・ルーキー達に拷問、ではなく悪戯された公安局員のなれの果て動画だった。
「こ、こいつが2億の値が付く動画たぁ恐れ入ったぜ! 選りすぐりのエリート集めた公安部隊員のこんなザマ、世間様に公表されたらお終ぇよ!
やってくれるじゃねぇか、あのガキ共!聞いて驚けシャーロット!ティリッヒで指揮取りやがったのは、カルメンじゃ無ぇ、あの金髪の小僧だってよぉ!!
使えるようになりやがったじゃねぇか、あの野郎! 俺の目にゃやっぱ狂いは無かったぜ!
いいか、よく聞けシャーロットよぃ!アレはな、あのリグナムのヤツぁ、今にものスゲェ「駒」になるぞ!
ひょっとすると、あのパーフェクト・リュイも超えやがるような、とんでもねぇ「兵隊」になりやがるぞ!!!
楽しみだなぁ、おい、楽しみだなぁ!!!」
体を揺すってゲラゲラ笑うエメルヒを、シャーロットは黙って見下ろしていた。彼女がエメルヒの言動で感情を動かす事はほとんどない。
ただ無言で黙認する。そうやって彼女はこの悪質な上官を支えてきたのだ。
しかし・・・。
「そうそう、結果を連絡しとかねぇとな。大枚入ったんだ、リグナムのヤツ、喜ぶぞぉ!」
・・・え?
シャーロットの「鉄巨人」と称される所以の仏頂面は、目を丸くした表情で固まった。
自分のプライベート・モバイル取りだし電話し始めた上機嫌のエメルヒは気が付かなかったのだが。




