戦争に求めるもの
切り込むナムの横顔を掠めるように銀のワイヤーが煌めきを放つ。
先端の鋭くとがった触手の群れが細切れに飛び散る中を襲いかかってくる昆虫キメラ。ナムはナイフを繰って素早く頭部を叩き切る。
途中、触手に捕まりもがいていたメビウス艦の整備兵達を解放しつつ、植物型キメラの本体を捜す。前に火星の基地を襲ったキメラと同種ならどこかに本体があるはずだ。
「きゃぁ!?」
背後で起こった悲鳴に即座に体が動いた。振り向き様に自分の後ろに付いて走ってきたモカを抱き寄せ、ナイフを水平に振る。
昆虫キメラが嫌な手応えで真っ二つに切り裂かれた。さすがに頭を狙っている余裕がなく、千切れた胴体から土色の体液が飛び散る。
咄嗟にモカがワイヤーソードを放ち、作業用通路天井のスプリンクラーを破壊した。降り注ぐ消火剤が猛毒の体液を洗い流していく。
「ナイス!でもどうした?後ろ取られるなんてモカらしくねーな。」
濡れるのを避けて転がり込んだ交差路で、モカを立たせて息をつく。
モカは申し訳なさそうに俯いた。
「だって・・・ゴキブリ、怖い・・・。」
半泣きである。
ヤバイ。めちゃくちゃ可愛い。もっかいハグしてヨシヨシしてあげたい。
凄惨な修羅場のまっただ中だというのに沸き上がる不謹慎な衝動に、泣きべそかいてるモカの方へと勝手に両手が伸びていく。
そんなモカのピンチを救ったのは、さっき叩き切った昆虫キメラだった。
シャーーーーー!!
断末魔の叫びが耳を打ち、2人はハッと振り向いた。
ナムの攻撃で死にきれなかった昆虫キメラが切り裂かれた胴体でのたうち回る。容赦無く降りかかる消火剤を浴びながら必死でもがいていたが、やがて力尽きて動かなくなった。
自分が手を下したとは言え、その壮絶な最期にナムは顔をしかめて頭の後ろを掻きむしる。
「ちゃんと仕留めてやればよかったな。後味悪ぃ。」
「うん・・・。ちょっと可哀想だね。人間に遺伝子操作されて兵器なんかにされちゃって・・・。」
モカも哀しそうにつぶやいた。
凶暴に這い回る触手を切り裂きながら辿って走り、ようやく発見した本体は、メビウス艦エネルギー制御室手前まで自力で移動し迫っていた。
その姿にナムとモカは息を飲む。基地が襲撃された時、シャワー室戦ったのはで触手を送り込む「枝」だった。2人が植物キメラの本体を目にするのはこれが初めてだ。
まだ若木のようで大きさはナムと同じくらいしかない。しかし不気味な色の幹から生える枝にびっしりと触手を纏わり付かせ、本来なら根に当たる部分をぞわぞわ蠢かして歩き回っている姿はおぞましいの一言に尽きる。
キメラ植物は、駆けつけた2人に気付いたようでゆっくりと「振り返った」。
危機を察して反応した。しかも「敵」を確認する行動を取った。動物並の本能と知性があるという事だ。
その推測を裏付ける絶対的な証拠を、そいつは持っていた。
幹に「目」が付いていた。大きく瞳孔の広い歪な目が、緑色の体液を走らせた血管を浮かせて2人をジロリと睨み付ける。
バケモノだ。もしここにルーキー達が居合わせていたら3人とも泣き叫んで逃げ出していただろう。
しかし、モカはつぶやいた。
「・・・酷い・・・。」
彼女は人の手で異形に誕生させられ兵器にされる生物たちに深い同情の念を抱いていた。
キメラ兵器が開発され大量に生産されるようになったのは、やはり「大戦」の時である。
長く続く戦争で心を病んだ狂科学者達が倫理も良心もかなぐり捨てて生み出した哀れな生物たちの闇製造・闇取引は、大戦終了後も後を絶たない。
ティリッヒで騙され利用されて殺されたASの人達と同じように、彼らもまた戦争の犠牲者なのかも知れない。
何で、戦争なんかするのかな・・・。
こんな凄惨な場面に出くわす度に、またリュイ達傭兵が「仕事」へと向かう背中を見送るたびに、モカは思う。
誰も幸せにならないのに。みんなが不幸になるだけなのに。
戦争をする人はいったい何を求めているんだろう。傷つけ合い殺し合って、それで勝利したとしてもいったい何を得るのだろう。
モカはその答えを知りたいと心から思う。
もしかしたら答えなんか無いのかも知れない、とも思う。
人類史上最悪と言われたリーベンゾル大戦もまた、なぜ起こったのかわかっていない。
戦争を仕掛けたとされる最果ての国の独裁者が何を思い何を求めたかは、大戦後10年経つ今でも謎のままなのである。
「・・・ま、昆虫キメラの場合、オリジナルの姿でも『可哀想』だけどな。」
沈み行く気持ちにナムの陽気な声がストップをかけた。
ナムがナイフを振るって飛びかかってきた昆虫キメラの頭を切断する。今度は綺麗に真っ二つになった。キメラは床に落ち、二度と動かなかった。
「ここが火星の基地だったら、こいつらもっと大変な目に遭ってるところだ。そうだろ?」
モカの脳裏に火星基地のキッチンの光景が浮かんだ。キッチンは副官マックスのヨメ、ベアトリーチェの領域である。
その領域を侵す者は容赦無く制裁される。盗み食いはショットガンで狙撃され冷蔵庫を荒せば機関銃が火を噴いた。
そんな彼女の目の前に昆虫キメラのオリジナルが出現した場合。それがたった1匹であったとしても駆除には火炎放射器が用いられる。
その後ロディが焼けだだれたキッチンをせっせと修理するのだが最近業を煮やしたらしく、とうとうキッチンの壁や床は1,000度の熱にも耐えうる特殊超合金性にグレードアップした。
「ミートパイ15個じゃ、割に合わない重労働ッスよ・・・。」
疲れ果てた顔でパイをかじる義弟の顔が思い出され、モカはクスッと笑ってしまった。
「今俺達ができるのは、とっとと終わらせてやる事だ。次はみんなに愛される生き物に生まれ変われるように祈ってやろうぜ!
行くぞ!!シャワー室の時と同じだ、フォローよろしく!!」
ナムがナイフを構え身を低くして、「前」へ向かって走り出す。
「・・・はい!」
モカもワイヤーソードを構え、大きく振った。
触手を切り裂くワイヤーが放つ銀光の中を駆け抜けるナムの背中は大きく見えた。
正面から迫り来る「敵」に、キメラ植物が俊敏に反応した。先端のとがった大量の触手が切り込むナムに襲いかかる。
前から来る触手は全てアサシン・ナイフの餌食となり、側面から迫り来る触手はモカのワイヤーソードが切り刻む。
キメラ植物の異形の目が恐怖の感情を浮かべたのを見て、ナムはいたたまれない思いになった。
ホントにさ、この次はもっと可愛い生き物に生まれ変われよな。そしたら、俺がペットにして可愛がってやるからさ。サイズ的には小さめでよろしくね。クマとか象とかは無理だから。
若干自分都合を盛り込んだ祈りを込めて、右手にはめた芋虫のバングルを外す。
モカが目を見張った。・・・え、また通信機に爆弾しこんだの!?
ご名答だった。「モカ、伏せろ!!」ナムは叫んだ。
ナイフを逆手に持ち直してバングルを柄に掛け、投げナイフの要領でキメラ植物目がけて投げつけた!
ギリギリまで近づき投げ込んだナイフはキメラ植物の目に命中、ズブリとバングルごと沈み込む。
相手に苦しませはしなかった。間髪入れず爆弾が破裂する。
バァン!!! 耳をつんざく爆音を鳴らし哀れなキメラは緑色の体液を散らして飛び散った。
音に驚いたキメラ昆虫がワラワラと四散した。中には羽音を鳴らして飛び上がったヤツもいる。
・・・そういえば、ゴキブリって飛ぶんだった。サム姐さん大丈夫かな?
頭を抱えて伏せながら、ナムはちょっとだけ置き去りにした姉貴分を心配した。
コンテナの上で棍棒をブンブン振り回し、昆虫キメラを追っ払いながら泣きべそかいてたサマンサは手を止めて目を剥いた。
防護服と防煙マスクで完全装備した人間が、背中に背負ったガスタンクから引いたノズルを片手に薄黄色の煙を巻きながら、のしのしと通路を歩いてきたのだ。
煙はどうやら殺虫剤のようで、昆虫キメラが次々とひっくり返り動かなくなっていく。その威力は絶大だった。
「助けに来たよ~。コレで公安局にチクった件、許してね♪
吸い込んだら人も死ぬからサムちゃんは降りてこないでちょ。空気より重いからそこにいたら大丈夫だよ~。」
「な!ちょ、あなた、アイザック!!?」
「艦橋の方ももう片付いたよ~。俺が行く前に8割方倒しちゃってたけどね。
トリガーハッピーなお姐ちゃんがノーランドさんの手前、張り切ってたからね~。ゴキブリさんもカワイソーに・・・。
でもあれ男堕とすのにゃ逆効果じゃないのかな?一般的にはゴキブリさん怖がる女の子の方が可愛いからねぇ。フラれた回数、また増えちゃうかもねぇ。」
「ねぇ、そんな事よりさっさとリグナム呼んできて!!アンタなんかじゃどーにもならないわ!!棍棒、爆発しちゃう!!!」
「え~?せっかく助けに来たのに~。」
キメラ昆虫をあらかた始末したアイザックがタンク側面のスイッチを切り、サマンサの方へ振り向き掛けた時だった。
バァン!!!
サマンサは先端に万国旗を生やした棍棒を握りしめ、立ったままで気絶した。
白目を剥いて固まる彼女に金銀煌めく紙吹雪が優しく降り注ぐ。
その光景は意外にも美しく、それがまた滑稽でもあった。
「おバカさんだな~。打撃メインの武器に命に関わる爆発物仕込むわけないでしょ~に。このショックで俺の裏切り忘れてくれればラッキー♡なんだけどね。
・・・でもこの場合、後でアイアン・メイデンに報復されるのはナムっちかな?それとも制作者のロディちゃんかな? クワバラクワバラ。」
そう言って、アイザックは再び害虫駆除作業に取りかかった。
今日のBGMは「カタストロフィP」の新曲、「アナタに愛の上手投げ」。ユニットでセンターを勤めるリリアンちゃんのソロが多い、ファンが泣いて喜ぶ迷曲である。




