害虫駆除でふぉーりん・らぶ♡
不沈艦メビウスの艦橋周辺はどえらい事になっていた。
カルメン達がノーランドの先導でメビウス艦内に突入し艦橋にたどり着いた時には、床といい壁といい足の踏み場もない有様。その光景は筆舌に尽くしがたい。
サトラーがキメラを仕込んだ女子トイレはもう昆虫キメラの巣窟状態で、驚異的なスピードで孵化と脱皮を繰り返す黒光りの軍勢が「エサ」を求めて牙を剥く。
乗組員が最小限の当直を残して宇宙港式典後のパーティに出向いていたのが不幸中の幸いだ。
エマージェンシーコールが鳴り響く艦内で輪をかけて喧しいのが2人の女。カルメンとビオラの絶叫は非常事態を告げる電子音の大音量を遙かに超えて耳をつんざき、同行してきた男2人を悩ませるついでに見事に敵を威嚇した。
お陰で昆虫キメラはわしゃわしゃと触覚を振り回しながら取り囲むだけで一向に攻め寄ってこない。もしかしたら呆れてるのかも知れない。
「まったくとんでもない重労働だ。30万エンじゃ割に合わん。」
フラットが艦橋にあるもので即席にバリケード造り、半狂乱になった女達をその中に押し込んだ。
「明日にでも国を出る。次はもっと平和な街へ行くとしよう。このご時世でそんな呑気な街があれば、だがな。」
「なら、地球に行くといい。」管制席のマイクで艦内の乗組員達に現状を伝え終えたノーランドが、電磁銃を片手にフラットの横に並ぶ。
「母なる母星が太陽系中で一番安全だ。」
「冗談はよせ。俺はASだ。無戸籍者が地球へ降りる許可申請は審査が厳しい。保証人も要る。行こうと思うだけ無駄だ。」
「私が保証人になろう。」
「・・・なに?」 ライフルを構えたフラットが驚いてノーランドを見た。
「許可申請もなんとかしよう。君だけじゃない。ミズ・サトラーの組織者達全員だ。
私の母が地球に農場兼牧場を営んでいる。彼らにはそこで働いてもらう。
人口よりも羊が多い国で一日中農作業に勤しむ重労働だ。厳しいだろうが土星の強制収容所よりはマシだろう。」
・・・えっ?
ビオラと抱き合いサイレンみたいに喚きたてていたカルメンがピタリと黙る。
「君は信用にたる男のようだ。彼らの公正と今後の生活のために力を貸してくれないか?」
ノーランドの言葉にフラットが目を丸くした。
地球は人類の故郷である。太陽系中の人々が生涯に一度でいいから帰郷したいと願い焦がれる母なる大地には、増えすぎた人口を養う力はもはや無い。資源や環境保護のため地球連邦政府によって厳しく入星を規制され、降り立つだけでも厳重な審査を伴う申請と、確固たる社会的地位を持つ保証人が要る。
フラットのような素性の知れない無戸籍者は決して行く事が出来ない、遙かなる「聖域」なのだ。
「それって、トビーおじさんも・・・?」カルメンはオズオズと聞いた。
夢のような話だ。これが本当なら、トビーがどんなに喜ぶか。
ノーランドが振り返り、カルメンを見た。そして・・・微笑んだ。
「もちろんだ。こんなことが贖罪になるとは思っていないが、できる限りの事はしよう。」
ズ キ ュ ー ン !!!
表情が乏しかった不沈艦エリート艦長の笑顔は、心臓を鷲掴み全身に電流を走らせた!
え!マジ!? アタシ、もしかして・・・!!!? カルメンは初な少女のように狼狽した。
誰しもが恍惚となる、切なく甘酸っぱいシアワセなキモチ。それは巨大なお台所の害虫軍団を目の前にしてあまりにも場違いな感情だった。
突然ピアスの通信機からとんでもない一言が炸裂した。
『男に振られた回数年の数ーーーーーー!!!!』
「何だとゴルァァアーーーーーーーーー!!!!」
乙女終了。カルメンは通信機の向こうにいる小生意気な舎弟にカウンターで怒鳴り返した。
「よっしゃ通じた!
ロディがコールしても悲鳴しか聞こえねぇって心配してたぞ。でも大丈夫そうだな!」
ナムはモカのキャスケットに話しかけながら側で心配そうにしているモカにサムズアップした。
モカが安心したように微笑んだ。うん、可愛い。早く彼女になってくれないかな。
「ロディが仕入れた情報だ。携帯時は卵の状態で手のひらサイズ、孵化したら速攻で脱皮繰り返して成虫になるヤツで、卵1個に100~200匹入ってんだってさ。
そのゴキブリ、人喰うらしいぞ気を付けろ!あと仕留めるんなら頭狙えよ、体液すぐ蒸発するうえ猛毒だ!」
『なんだって!? ったく、厄介な・・・! リグナムお前、今どこだ!?』
「作業員通路! 俺とモカは艦後部に仕込まれたヤツに当たるから、そっちよろしく!!」
『バカ言え!アンタ達じゃ無理だ、アタシらがこっち片づけて助けに行くまでどっか隠れてろ!モカが発狂寸前じゃないか、もの凄い悲鳴が聞こえるぞ!!』
「いや、コレ、モカの悲鳴じゃなくってね・・・。まぁいいや、とにかくグッドラック!!」
ナムは通信を切った。
「・・・ゴメン、モカ。」
「うぅん、いいよ。きっとホントの事言ったって信じてくれないと思うよ?」
謝るナムにモカが苦笑した。
ロディが作った通信機は性能がいい。外野の声もマルっと筒抜けである。
「ムリムリムリ私もう無理アレ嫌い見るのも嫌何とかして早くどーにかしてもう嫌とにかく嫌助けて誰かあぁぁぁ!!!」
そこいら中這い回る黒光りのキメラ。彼ら(?)を見るなり発狂したサマンサがナムにしがみつく、というよりよじ登る勢いで抱きつき、ただひたすら泣き叫んでいる。
泣く子も黙る恐怖の傭兵女帝・アイアン・メイデンが、まさかここまで取り乱すとは。その醜態を目の当たりにしているナムですら信じられない。
この光景が見えてないカルメンがモカと間違えるのも無理もなかった。
「せめて耳元で喚くのやめてくれませんかね?」
「いーーーやーーーー!!!」
「・・・」
仕方ない。この人はもう戦闘不能だと割り切ろう。ナムはサマンサを担いでひらりと飛んだ。
作業用通路の片隅に積まれていた小型コンテナの上に彼女を下ろすと、自分は急いでモカの元へ戻る。置き去りにされたサマンサがこの世の終わりでも来たかのよーな悲鳴を上げた。
「待って待って待って!!何コレどういう事!!?」
「姐さんはそこで待っててくれ。俺とモカでキメラ倒してくるからさ。」
「冗談でしょ!?」 サマンサはオロオロと辺りを見回す。
モカがワイヤーソードで威嚇攻撃しているからあまり近寄っては来ないものの、敵は昆虫。床どころか壁も天井も縦横無尽に這い回る。
高いところに避難したところでほとんど意味は無い!
「いやー!!ムリムリ無理だってばー!!!」
「ほら、コレ貸すから。」
そう言ってナムが投げ渡したのは、武器の棍棒。受取ったサマンサは目を丸くする。
「それなら長さあるからゴキブリ追っ払うのに最適だろ?その代わり、コレ借りるぜ。」
アイアン・メイデン愛用の、刃渡りの長いアサシン・ナイフ。研ぎ澄まされた銀の刃がナムの手の中で躍った。
ロディの情報では、メビウス後部に仕込んだキメラは今そこいらを這い回ってる奴らとは違うもの。過去の経験からして棍棒よりもこっちの方が役に立つ。
「ねぇこの棒、なんか時計の秒針みたいな音するんだけど!?」
「あ、そーか、ソレ指紋認証した者が手放したら時限式の自爆装置が作動するって制作者が言ってたな。
ま、爆発する前に帰ってくるから。たぶん。艦橋の方が片づいたらカルメン姐さん達がこっち来るって話だし、姐さんガンバ!!」
「ちょっとーーーー!!!」
忘れていたじゃすまされない物騒な事を思い出すついでに、ナムは別の事を思い出した。
そういえばコンポンの棍棒奪った黒ジャケットの男はどこへ行った? 改革派のオルバーン議員との密会後、姿が確認できてない。
高圧的な態度や物腰からして、ヤツがティリッヒで暗躍してきた公安局の部隊長っぽいんだが・・・。
「ナム君!!」
突然モカが何かを指さし叫んだ!
作業用通路の奥から、ぞわぞわと這い寄ってくる気色の悪い色した・・・触手!?
「・・・考え込んでるヒマ、なさそーだな。」
ナムはナイフを構えて笑って見せた。
ふてぶてしく、狡猾に。
「よっしゃ!そんじゃ、MC:5A!
ティリッヒでの最後の修羅場、いってみよーか!!」
ミッション途中から任命された新米指揮官の「指令」が芋虫の通信機を通してメンバー達へと伝達される。
戦闘開始である。




