アイアン・メイデンは女の子♡
運河沿いのハイウェイを疾走するバイクの後ろから、モカが風の轟音に逆らい声を張り上げる。
「位置判明!仕込んだ場所はメビウス前方艦橋手前の女子トイレと、後方、エネルギー制御室と同じ階の作業員通路!」
「見取り図は?」
「今アイザックさんが当たってくれてる!入手にかかる時間は、5分!」
「さっすが!天才だねぇ♪」
「ねぇナム君、どこ行くの!?こっちの道じゃ宇宙港には行けないよ!?」
「・・・まともな道行いってたら時間喰うばっかだよ!」
何かを察したモカが慌てて伸びあがり、前方を確認する。
二つの太陽が沈みつつある紅の空に、宇宙港の巨大な施設が群集するエリアが映えて輝いている。
しかしハイウェイはこの先500mほどで大きく右にカーブする。この先は水の都ティリッヒのが誇る大きな運河に沿って道路が続き、宇宙港とは全く違うエリアへと続いている。
モカはナムの肩越しにスピードメーターを見た。時速は160km、しかもぐんぐん上がっている!
「ナム君、まさか!?無茶だよやめて!!」
「セキュリティパス持ってないんだぜ?どうせ強行突破するんだ、派手に行こうぜ!!捕まってろ!!!」
「きゃぁ!!?」
モカが悲鳴を上げてしがみついた瞬間、バイクがガードレールをぶち破り爆音轟かせて宙を舞った。
あ、背中に柔らかいのが当たってる・・・。
そんな不埒なことに気を取られさえしなかったら、もっと華麗に着地できたはずだった。
バイクは運河の向こう岸、外壁を超えて一番手前の建屋屋上に激突して炎上した。
宇宙港中で警報が鳴り渡る。職員が初期消火に走り回るスキに建屋に侵入、そのタイミングでモカのモバイル携帯に送信されてきたメビウス艦と宇宙港軍事エリアの見取り図を頼りに軍事ドックを目指す。
一般人も入れるエリア内の移動はバイクの特攻&爆発炎上に職員たちが気を取られているから容易かったが、メビウスが停泊している軍事ドックのある軍基地エリアはそういうわけにはいかない。1歩侵入するなり警備兵に取り囲まれた。
「修羅場は任せろって言ったでしょ? 忘れちゃった?」
事情説明と強行突破、どっちが手っ取り早いか迷っていると、ゾクリ、と悪寒を催す声がした。
一番手前の兵士が横合いから飛んできたブーツの靴底に顔面を強打されて吹っ飛び、隣にいた兵士は目を剥く間もなくみぞおちに強烈な肘鉄をくらって悶絶する。
崩れ落ちる兵士の手から銃を奪うと、嘗めるように横なぎに発砲、利き手、しかも肩を打ち抜かれた兵士達は全員その場にうずくまった。
「そ、その美人、まさか、アイアン・メイデン・・・!?」
そう口走ってしまった年配の兵士はついでに回し蹴りをくらって白目をむいた。
「前半部分に免じてそのくらいで許してあげる。口には気を付けてね♡」
「サム姐さん、どうしてここに?」
「ずっといたわよ?式典が終わっても帰らなかっただけ。連邦政府軍基地内部なんて滅多に侵入できないわ。ついでにいろいろお土産見繕ってたの。
あら、モカも来たのね。後でコーヒー淹れてくれる?ここのコーヒー、泥水みたいに不味いのよ。」
・・・軍基地に勝手に居座って機密諜報しまくった挙句、コーヒーただ飲みしてお寛ぎですか、お姐様!?
「傍若無人だな、アイアン・メイデン・・・。」
「何か言った?」
「イイエ、メッソウモゴザイマセン(棒読み)。状況はどんだけ把握してる?」
「全部よ。アンタ、後でパーカーのフードの中見ときなさい。修業が足りないわね。」
「盗聴器!?うっわ、やられた!!」
「メビウス艦内部にキメラ獣。火星のバイオテクノロジー研究所の横流しですってね、楽しませてもらえそうだわ。コンバット・ベアー級の強い奴ならならいいんだけど♪
行くわよ!今回の指揮官殿♪!」
「・・・マジ怖ぇ、アイアン・メイデン・・・。」
サマンサに引きずられるようにして連行されるナムの後ろを、モカが苦笑交じりについていく。
彼らの目の前に、メビウスが停泊する軍事ドックへの通路が長く遠く続いている。
そのはるか彼方から悲鳴が聞こえた。
修羅場はもう始まっているようだ。
立ちはだかる警備兵たちはサマンサが自ら進んで蹴散らしていく。中にはただの作業員もいたようだがもはや気にしてなどいられない。
セキュリティが警報音をまき散らす中、死屍累々の惨状を残しながらメビウス艦が眠る軍事ドックにたどり着いたナム達は、その静寂さに驚いた。
「ここのセキュリティが、死んでる?」
「警備兵も一人もいないよ。どういう事?」
「公安局が動いたんだわ。首相のキメラテロに乗じて不祥事を起こしたノーランドを陥れる気なのね。」
戸惑うナムとモカの横で、サマンサが唇をかみしめた。あのアイドルヲタク!また情報を公安局に売ったのね!?
「そんじゃ、サクッとキメラ倒しちゃわないとな!モカ、侵入可能なところは!?」
「一番近いのは、左舷エンジン噴射口!エネルギー制御室付近まですぐだよ!」
「よし、艦橋付近は艦長さんたちに任せよう。行くぞ!
俺とモカでフォローする。中に入ったら頼んだぜ、サム姐さん!」
「任せなさい。私を誰だと思ってるの?」
「アイアン・メイデ・・・」
「殺すわよ?」
ナム達はエンジン噴射口から侵入した。
しかし、エネルギー制御室付近までたどり着く前に、想像もしてなかったアクシデントに見舞われた。
「・・・いやあああああああああああぁぁぁぁ!!!!?」
メビウス艦内に乙女の絶叫が轟く。
それが「アイアン・メイデン」の口から発せられただなんて、誰も信じてくれないだろう。
現れたキメラ獣は、フットボールほどの大きさに作られた昆虫系。
床や壁を俊敏に動き回るそれは、ご家庭でよく見かける黒光りする「あいつ」にそっくりだった。




