断罪を誓う銃声
サトラーがよろめくのを慌ててビオラが支えた。
14年前の悲劇以来、彼女はずっと復讐の為に生きてきた。最愛の人を奪った者達を恨み、その憎みを支えに今日まで人生を歩んできたのだ。
仇だと信じていたものが仇ではなかった。彼女の失意と絶望は計り知れない。
「・・・そんな・・・じゃぁ、誰があの人を殺したの・・・?誰が私のレナードを・・・?」
「それは・・・まだわからない。」
ノーランドが痛ましそうにサトラーを見つめ、答える。
「しかし全ての責めは当時ティリッヒ宇宙港基地司令だった父・ジョセフ・ノーランドにある。
そして、この私にも、だ。
真実を知った以上、黙っているわけにはいかない。ティリッヒの悲劇の真相は必ず世間に公表し、我々は裁きを受けましょう。
しかし、ミズ・サトラー。どうかご理解いただきたい。大戦中に行われた非人道的な行いは、ティリッヒだけではないのです。
オコーネル、イスタデール、ナシャ、イピゲネイア・・・そして、マッシモ。多くの国や自治区で社会的弱者が犠牲になっている。
それを指揮し実行に移した者達こそが、連邦政府軍内部の『闇』なのです。
名誉や功績などというくだらない物のために人命が軽んじられる様な事を二度と起こさせない為にも、彼らは法による裁きを受け贖罪しなければならない!
我々は必ず彼らを断罪します。その時まで待っていただきたいのです。」
ノーランドが1歩後ろに下がり、威儀を正す。
「決して許されるものではない。しかし今ここで謝意を述べる事を許していただきたい。
先の大戦において我が軍は大きな過ちを犯した。守るべき民間人を戸籍の有無で差別し、多くの人々を死に至らしめた。
この非道極まりない行いは、リーベンゾル帝国の侵略・虐殺と同様だ。私は地球連邦政府軍軍人として慙愧の念に堪えない!
申し訳ありません!誠に申し訳ありませんでした!!」
彼はサトラーに、トビーとカルメンに、フラットに、深々と頭を下げた・・・!
真っ直ぐな、激しい悔悛に身を焼くような陳謝の言葉に、裏路地で聞いていたナム達は愕然となった。
「・・・マジッスか・・・!?」ロディがつぶやいた。「連邦政府軍佐官が、頭を下げた・・・!!」
「認めた・・・すごい・・・。すごいよ、これは!!」 フェイの声は少し興奮している。
「何が?コレ、なんかスゲェ事なの???」
コンポンが困り果ててメンバー達に助けを求める。モカが目を丸くして棒立ちになってるシンディの肩を抱いたまま、コンポンに微笑んだ。
「あり得ない事だよ。
連邦政府軍が『ない』と主張する事実を『あった』と認める。これは軍の規律で厳しく罰せられる違反行為なの。
しかも、軍に非があると謝罪までした。こんなの上官にバレたら軍法会議で重罪になっちゃうよ。
連邦政府軍の軍人が誰もやらなかった事を艦長さんはやったの。とても、とっても凄い事なんだよ!!」
「スゲぇな、この人。ガッツリ漢だぜ!」
ナムも興奮を隠せない。
「杓子定規のお堅い人かと思ってたのにな、さすが不沈艦メビウスの艦長!
こんなの冗談とか悪ふざけで言える事じゃない・・・。」
『ふざけるな!!貴様、何を言っているのか分っているのか!!?』
「・・・へ?」
突然割って入っただみ声にナム達は驚き固まった。
通信機の向こうで何か起こったようだ。
綺麗すぎるほど直角に腰を折ったノーランドの見事な礼を呆然と眺めるカルメン達がハッと我に返った。
部屋の隅で拘束され床に座らされていた公安局の捕虜達が、激しくもがきながらノーランドを睨み付けている。
一緒に縛られている共和国議事堂の料理人が「ひえぇ!?」と叫んで後ずさった。こってりとメイクされ、顔中に落書きされ、頭を好き勝手に刈り上げられた姿でも、猛り狂って身をよじるその形相は凄まじい。
「ノーランド!貴様、それでも連邦政府軍佐官か!?」
「貴様の今の発言は14年前の『悲劇』はリーベンゾル軍襲撃によるものだと公表した軍への造反だぞ!!」
「反連邦政府を唱えるテロリスト共に頭を下げるなど、言語同断だ!恥を知れ!!」
口々に喚く公安局員達に、カルメンの柳眉が上がった。
この人でなし共!! 一気に頂点まで達した怒りのままにシャツの前ボタンを引きちぎり、下着が垣間見える胸元に隠し持っていた護身用の銃を抜いた!
パン!パン!パァン!!
盗聴機越しに銃声を聞いたナム達が飛び上がって縮こまった。
「・・・うっわぁ、撃っちゃったよ、おい!」
「公安局員達、死亡ッスかね・・・?」
ナムとロディが引きつったお互いの顔を見合わせてつぶやいた。
硝煙の匂いが鼻をついた。
カルメンは呆然と自分の両手を見つめた。手にしたはずの銃が、ない。
その代わり大きな手がしっかりと、痛いほどの力で彼女の利き手を握りしめている。
ぎくしゃくとした動きで顔を上げると、目の前でノーランドが自分を庇うように立ちはだかっていた。
彼はカルメンから奪った銃を真っ直ぐ構え銃口を公安局員達に向けたまま、叫んだ!
「軍内部に巣くう外道共に尾を振る駄犬が何をほざく!
私が軍人として恥だというなら貴様らは人として恥を知れ!
あの『悲劇』が敵軍の襲撃だと?! 違う! あれは、我が軍の民間人虐殺だ!!」
感情表現が乏しかったノーランドの顔が激情に歪む。
烈火のような激しい憤怒は、足下の床に銃弾を撃ち込まれて固まる公安局員達の恐怖を煽り黙らせた。
「14年前、国民避難対象外となった無戸籍者を救う為、基地司令だった父に直接嘆願した人物がいた! 己の身を顧みずただひたむきに社会的弱者救済に尽力する姿に私は感銘を覚えた!深い慈愛と不屈の闘志!彼は素晴らしい人物だった!
民を守る使命ある軍人ならば彼のようにありたいと思う私を我がメビウス艦の乗員達は信じ、太陽系和平のため戦っている!
『ティリッヒの悲劇』は無戸籍と言うだけの罪なき多くの民間人と共にその人物を惨殺し、あの日身命を投げ打つ決意で死地へと赴いた乗員達の覚悟を踏みにじったうえに偽りの栄誉で汚したのだ!!
帰って飼い主共に伝えるがいい!!
私は貴様らを断じて許さん!! 首を洗って待っていろ、とな!!!」
ノーランドは銃を下ろし、セーフティをかけた。
ビオラに支えられていたサトラーが崩れるように跪いた。
がっくりと床に手を突き、毛足の長い絨毯を握りしめる彼女の頬を涙が伝う。
「・・・レナード・・・レナード・・・レナード・・・・・・。」
むせび泣きながら小さく恋人の名を呼ぶ声が、静まり帰った室内に、そして盗聴機を通してネオリッツホテルの裏路地に哀しく響く。
サトラーに寄り添うビオラが近づく人の気配を感じて見上げると、トビーが側に佇んでいた。
彼はこみ上げる涙を堪え無理に微笑むと、サトラーの傍らに跪いて小さな背中を優しくさする。
何度も何度も、小さな子供を宥めるように。サトラーの泣き声が一層激しくなった。
不意にフラットが窓辺に歩み寄り背を向けた。しばらくの間通りを眺めて佇んでいたが、やがて窓の桟に手を突いて顔を伏せる。
その肩は小刻みに震え、くぐもった嗚咽が聞こえてきた。彼らしい、不器用な泣き方だった。
カルメンは呆けたようにその様子を見つめていたが、掴まれていた右手が解放される感覚につかの間自分を取り戻した。
「・・・すまない。強く握りしぎたようだ。」
ノーランドが詫びた。右の手首にはくっきりと彼の手の跡が付いていた。
見上げるとノーランドのヘーゼルの瞳と目が合った。激しい怒りに燃えていたさっきまでの彼とは別人のような穏やかな眼差しに、カルメンは父の暖かい笑顔を思い出す。
・・・父さん・・・!
カルメンはノーランドの腕にすがって、泣いた。




