悪趣味嗜好の戦士、乱闘!
硝煙の匂いが鼻を突く。
誰が押し黙り、まったく動こうとしなかった。
サンダースが口から泡吹き白目を剥いて、ゆっくりと仰け反り椅子ごと倒れた。それすら誰も気に止めない。
その場にいる全員が、銃を構えるフラットでさえ、ただ呆然と固まっていた。
憎き男を殺めるために、傷ついた右手で握った愛銃。
その銃口には、色とりどり お花 がキレイに咲き乱れていた・・・。
「細工しといたんだ。悪いとは思ったんだけどね♪」
突然、何者かの声がした。
全員一斉に一方向、格納庫の高い天井を振り仰ぐ。
天井には大きな照明を取付けた鉄製の梁が張り巡らされている。
その中の一本、フラット達を見下ろす位置の、ひときわ太い梁の上。
派手な出で立ちの少年が、棍棒一振り肩に担いで陽気な笑みを投げ掛けていた。
「 お前は !!?」
フラットとトルーマンが同時に叫び、マフィア達が銃を抜く。
少年=ナム は 臆する事なく彼らを眺め、 シルクハットのつばに手を掛け一礼した。
「どーも。いい夜だね♪
・・・復讐、ね。そんなこったろうと思った。
でもさぁ、フラットのオッサン。
わざわざ手ぇ汚して殺すこと、もうないぜ?」
悪趣味なジャケットのポケットに手を入れ、何やら機器を取り出した。
フラット達によく見えるように、顔の前で軽く振る。
「これね、俺の舎弟が発明した超・高性能ボイスレコーダー。
さっきのやり取り一部始終、全部録音させてもらったぜ!」
「なに!?」
トルーマンが顔色を変えた。
それを小気味よく見下ろすナムは、機器側面にある赤いボタンを軽く押す。
「はい、送信完了っと♪
後はウチのバックヤードがデータ確認して、然るべきところに通報してくれる。
これでもう、その極悪面オヤジはナントカボンバーちゃんの握手会なんかにゃ行けねぇよ!
悪名名高いネーロ・ファミリーと結託してたんだ。土星の強制収容所送りは確実だね♪
あそこ、死ぬほどキツイらしいぜ。それで良しとしときなよ。」
「・・・。」
白い歯見せて笑うナムを、フラットは呆然と見上げていた。
愛銃が傷ついた手から滑り落ちる。
変わり果てた姿の銃はコンクリートの床の上に重たい音を立て転がった。
「さってと。ずらかろうぜ、フラットのオッサン。
マッシモの警察、昼間の騒ぎで神経質になってるからさ。騒いでっとすぐ駆けて来ちまう。
・・・おっとその前に!」
ヒュン!
ナムの棍棒が空を切り、切っ先がトルーマンに突きつけられる。
「そこの眼鏡!てめぇは一発殴らせろ!
酒場で俺の舎弟を盾にしやがった礼だ!」
「・・・これは・・・驚いたな・・・。」
トルーマンが掠れた声で感嘆した。
「君は・・・諜報員か?何をドコまで知っている?」
「ほぼ全部ってトコかな。」
ナムは肩をすくめて見せた。
「そこで無様にひっくり返ってる連邦政府地方自治補佐官が、事も有ろうか大マフィア・ネーロ・ファミリーと結託。
ネーロに『契約金』を支払い、組織力で『金星解放自由同盟』の活動を抑止してもらう。
一方で、ネーロ・ファミリーの傀儡会社『コークス&イーブカンパニー』が金星の裏鉱山でMPクリスタルを採掘してんの目こぼしして密輸入を黙認、見返りとして『口止め料』をもらう。
最初は良かったかもしれないね、Win・Winで。
でも、マフィアがフェアな取引なんかしねーよな。
金で関係深めて逃げられなくしといてから徐々に締め上げ食い尽す。・・・そんなトコだろ?
『契約金』だの『口止め料』だの、いちいち金のやり取り突っ込んでんのも手口の一つ。説明できない金の流れが周りにバレりゃ、破滅するのは官僚の方だ。
アンタら、そんな感じでサンダースを脅し徐々に『契約金』をつり上げてった。
ついでに『金星解放自由同盟』のテロ組織相手にMPクリスタルを売りさばき、テロ組織はそれを転売して資金源にする。
これで奴らの活動にも上から目線で口出しできるってワケだ。容易く手綱が引けただろーね。」
ナムの口上を聞いてる内にトルーマンの顔がみるみる青くなっていく。
狼狽を隠せないその表情には「こんなガキが?!」という驚愕があった。
「ま、今はそんなんどーでもいいや。とにかく一発殴らせろ!
酒場襲ってきた連中、『ラプラス』だろ?!てめぇ狙った奴らの狙撃、俺の舎弟で凌ぎやがって!
ふざけんじゃねぇぞ!大根役者の三下野郎!!!」
青ざめていたトルーマンの顔に一気に血の気が戻ってきた。
「 撃て !!!」
鋭い叫びに手下のマフィアが一斉に銃口を上に向けた!
ボシュ!ボシュ!ボシュ!
電磁銃の光弾が、梁の鉄骨着弾箇所を赤く染め上げ熔解する。
「止めろ!」
自らも銃を抜き構えるトルーマンに、慌ててフラットが飛びかかる。
しかしアッサリ振り払われた。
思いがけない怪力にもんどり打って地面に倒れ、身体をしたたか打ち付けた。
「へー、パワーあるじゃん。サイボーグ手術受けてんのか。」
突然、頭上で声がした。
倒れたフラットが見上げたそこに、不敵に笑うナムがいた。
「いつの間に!?」
「さっきだけど?」
ナムが地を蹴り走りだす!
一番手前にいたマフィアが棍棒の先をみぞおちに喰らう。彼は血反吐を吐いてぶっ倒れた。
その隣にいた奴は驚く間もなく足を払われ、横なぎに振られた鋭い一打に声も出せずに撃沈する。
真上からの踵に打たれ崩れる男の横で、顔側面に蹴りが入った男が真横に吹っ飛んでいく。
動きが速くて狙えない。銃はまったく役に立たず、次々なぎ倒されていく。
この光景を見るフラットは酷く狼狽え、不穏な感覚に戦慄した。
(俺はこの光景を見た事がある!
いや、待て!あの少年と会ったのは今日初めてだ、それだけは間違いない!
しかし、この感じは一体何だ?!身体の底からざわつくような・・・。
・・・恐怖?! まさか俺は、怯えているのか・・・!?)
ふと視界の端に気配を感じた。
首を巡らせて見ると、トルーマンがジリジリと後ずさっているのが見えた。
格納庫の大きな出入口は閉じられ施錠されている。その横にある通用口を目指し逃走を図っているようだ。
パッと踵を返して走り出す。
しかし、上質の革靴を履いた足はむなしく、宙を無意味に空回った。
「逃がすわけ、ないっしょ?♪」
トルーマンのジャケットの襟。その襟首を後ろから、ガッチリ掴んだナムが笑う。
ふてぶてしく、狡猾に!
至極陽気で楽しげな、残忍極まる笑みだった。
バ キ ッッッ !!!
裏路地の酒場で女2人が過激に取り合い火花を散らした、トルーマンの美貌が醜く歪む。
力一杯振り下ろされた棍棒の一打が奏でた音に再び森から鳥達が飛び出し、夜空に向かって羽ばたいていった。




