14年目の真実
ビオラは平静を装いつつ、神経を張り詰め警戒していた。
彼女は窓辺に佇むカルメンを見た。激昂しやすく大げさなくらい感情表現が豊かなカルメンの、厳しい目で通りを見下ろす姿が不安を煽る。
フラットはソファの背もたれにもたれて腕を組み、じっと話に聞き入っていた。その表情も厳しい。故郷で起こった同様の悲劇で命を落とした家族に想いを馳せているのかもしれない。
フラットと背中を合わせるようにしてソファに座るトビーはまだ放心したままだ。うつろな目で時折小さく敬愛する友と愛する妻の名をとつぶやくのが痛ましい。
部屋の中央ではサトラーと、メビウス艦艦長・フィランダー・ノーランドが対峙している。
語り追えたサトラーは狂気と哀しみで異様に光る目を再びノーランドへと移した。
「小さくても私の組織は優秀な人が多かったのよ。
そこにいるトビーもそう。直前でちょっとした独断行動があったようだけど、とてもよく働いてくれたわ。貴方を殺すためにね。」
「・・・。」
ノーランドは無言でサトラーを見つめている。
その目がこれまでのように無表情ではなく、何か深い感情が宿っているのをビオラは見取った。
哀しみ?苦しみ?・・・わからない。
「だから、公安局には私の事しか露見してないはずよ。素晴らしい働きをした諜報員さん達のお陰で式典でのテロも未然に防げもしたしね。
組織の者を全員、見逃してちょうだい。今回の事は全て私1人で行った事。私の末路がどうなったとしても、もう二度と悲劇の真相は語らないと約束しましょう。この場で殺すなり法廷に引き出すなり好きにすればいいわ。でも、私は・・・。」
サトラーは笑った。その笑顔は、狂気と蔑みに酷く歪んでいた。
「貴方を恨むわ、ノーランド! 貴方と、貴方の父親を、命尽きる最後の瞬間まで!!!」
血を吐くような叫びが部屋中に、また、通信機を通して裏路地に轟いた。
長い沈黙が続いた。
ビオラはサトラーの魂の叫びに気圧され戦いた。これほどまで壮絶な憎しみを抱きながら彼女は今日まで生きてきた。その事実が恐ろしく重い。
「カシラ。それはいけない。」
ソファに座っていたトビーがゆっくりと立ち上がる。
「俺も行こう。もう復讐の機会など来ないだろう。だったら、これ以上生きていたくなどない。」
ノーランドに向き直った彼はサトラーと同じ目をしていた。
式典で見せたトビーの穏やかな笑顔が思い出される。
「奴を殺すのは俺だ。俺に狙撃の腕さえあれば、喜んであの仇の息子を撃ち殺しただろうからね。」
そう言って、カルメンにノーランドを狙撃させようとしたトビー。彼もまた正気ではいられないほどの憎悪を秘め続けてきたのだろう。
ビオラはカルメンを見た。
彼女も振り返りノーランドを見つめている。全ての感情を押し殺し張り詰めた表情にビオラは恐怖さえ覚えた。
息も苦しくなるほどの不穏な空気に、ビオラは救いを求めてオロオロと辺りを見回した。
取り乱す彼女を救ったのは、ずっと押し黙って成り行きを見守っていたフラットだった。
「・・・なにか申し開きはあるか?ノーランド。」
沈黙を破ったフラットの問いかけに、ノーランドが答える。
しかしその返答は、意外なものだった。
「『ティリッヒの悲劇』の真相を、公表する。」
室内と裏路地にいた全員が、目を剥いて驚いた。
「ど、どういう事?」
ビオラがうわずった声で問いただす。ノーランドは静かに、深い哀しみを秘めた目でサトラーを、トビーを、そしてカルメンを見た。
「これは決して釈明ではない事を理解してほしい。虚偽で無い事も無論だ。
・・・父は本当に、無戸籍の方達を救おうとしていたのだ。
地球エリア統括司令部に何度も申請し、聞き入れてもらう為に自ら司令部にも足を運んで嘆願した。処罰を覚悟の上で直接地球連邦軍元帥に訴えようとまでした。
聞き入れられた時、父が歓喜に涙する姿を覚えている。悲劇が起こった時に慟哭する父の姿も・・・。
他の者なのです、ミズ・サトラー。『ティリッヒの悲劇』で貴方の恋人を、そして多くの罪無き人々を騙し死に至らしめたのは、父ではないのです・・・!」
サトラーは目を割れんばかりに見開き、何か言おうと唇を震わせた。しかし声は出なかった。
トビーがぐらりとよろめいた。カルメンが駆け寄り彼を支える。
カルメンがノーランドを睨む。「嘘だ!」その目はそう叫んでいた。
しかし真っ直ぐに見つめ返すノーランドの眼差しが彼女の心を打つ。
真摯な誠実さと深い哀しみ。彼の目には14年間決して癒える事なかったカルメン達と同じ悲哀が込められていた。
「詳しくは話せないが、私と父は今、地球連邦政府軍内部の『闇』と戦っている。
その活動の最中、『ティリッヒの悲劇』の真実を知ったのだ。父は大変な衝撃を受け・・・軍を辞した。
しかし軍に大きな功績を残した父は、退役してなお軍内部に強力な発言力を持つ。その権威は『闇』に加担する輩にとって脅威だ。
おかしな格好をした少年が私に聞いた。『なぜ、一連の事件やテロがこのタイミングで起きたのか』、と。
その答えは、全てが私と私の父を陥れるために行われた策略だったからだ。
父は基地司令だった時からティリッヒ保守党と親交があり、軍事面で様々な援助をしてきた。もし重要な軍事式典である宇宙港開港350周年記念式典を貶めるような不祥事があれば・・・。」
「例えば、首相の暗殺、そして、買収された改革派議員共の、保守派を陥れる偽装工作、か。」
「責任を問われるわね。敵勢力にここぞとばかりに集中砲火されて、失墜しかねない。」
フラットとビオラの言葉にノーランドが沈痛な面持ちで頷いた。
そういう事だったのか・・・。裏路地で盗聴するナム達はそれぞれ自分の隣にいるメンバー同士顔を見合わせた。
タイミングの謎は解けた。公安局はティリッヒの不穏分子である首相の暗殺と買収した改革派議員を駒にした国の乗っ取りを、ノーランド親子排除の手段に使ったのだ。
「でも連邦政府軍内部の『闇』って、何?」
「すっげぇ怖そーな感じだぞ?」
「ま、今はそこんトコは保留にしとこうか。」
不安そうなフェイとコンポンにナムが陽気に声を掛ける。
ノーランドが詳しく話せないという「闇」については確かに気になる。しかしとんでもなく深く暗いであろう事は容易に予想が付く。
詳細を知ったところでとても自分達では手に負えないだろう。
それよりも・・・。
「・・・見えたぜ、今回のミッション・コンプリート!」
えっ!?とメンバー達が一斉にナムを見た。
ナムはニンマリ笑っていた。ふてぶてしく、狡猾に。




