栄光が奪った恋人
アメリア・スージィ・サトラーは、ティリッヒ建国時から政治に関わった由緒ある家系に生まれた。
両親ともに共和国議員で、一人娘だった彼女は幼少時から政治家になる事を強要され、周囲の過剰な期待に押しつぶされる暗い子供時代を過ごした。
自分の事なのに全部親に決められてしまう。進むべき進路も、学問も、友人や恋人も。政治家になるため必要なもの以外は全て反対され、奪われ、消されてしまう。
そんな日々に悲嘆に暮れる彼女にとって唯一の心の支え。それは気心知れた幼なじみの少年だった。
お互いの家が近かった事もあり、2人は心を通わせ幼い恋心を育んだ。
少年はやがて逞しい青年になり、どんな時でも決して変わる事のなかった純粋な気持ちを打ち明けてくれた。
何があっても共に生きていこうと将来を誓い合った2人。しかし、それは茨の道だった。
青年は、ASだった。周囲の反対は想像を絶していた。
「彼は本当に素晴らしい人だった。『差別や偏見から逃げるより、みんなが幸せになれるよう努力しよう』。そう言って、両親や周りの人達に認めてもらえるように頑張ってくれたの。
私も必死で努力したわ。両親の期待通り政治家になって、このティリッヒを彼や無戸籍の人達が人間らしく生活できるような国にしたくてガムシャラに勤めてきた。
辛い時も苦しい時も彼がいてくれたから乗り越えて来られた。彼は私の生きる支え。私の全てだった。
でも死んでしまったわ。14年前、やっと乗れた避難艦をリーベンゾル軍に襲われて・・・。」
静かに、夢見るように語るサトラー。しかし穏やかな口調とは裏腹に双眸が異様な光を放つ。
その目が見据えるのはフィランダー・ノーランド。不沈艦メビウスの艦長である。
サトラーは自嘲気味に微笑した。
「おそらく私はその時から狂ってしまったのね。
何もかもが憎かった。彼を囮の戦艦に乗せたジョセフ・ノーランドも、彼の命と引き替えに英雄になったその息子も、彼をASと蔑み苦しめたこの国の人間も、彼のような無国籍者を盾や囮にして平気で殺す連邦政府も、全部!!」
「・・・だから、テロリストになったのね。」
憐憫の目をしたビオラが言葉をつなぐ。深い同情のこもった声が次第に激昂していくサトラーを落ち着かせた。
「その通りよ。私はあの悲劇でかけがえのない人を失った者達が集まって結成した、小さな名も無い反連邦政府組織のリーダー。
首相の立場はいい隠れ蓑になったわ。ちょっとお金をばらまいて職権を乱用すれば武器や諜報機器の密輸も宇宙港のセキュリティ解除も簡単だった。
表向きは連邦政府に依存する姿勢をみせながら保守派を内部分裂するように仕向け、裏では傭兵を雇って準備を進めていたの。
連邦加盟国での栄えある軍事式典で、その国の首相が不沈艦メビウス艦長を暗殺。同時に起こる武装兵達の襲撃。とんでもないスキャンダルよ。これだけで連邦政府の信用は失墜するでしょう。ノーランド親子の偽りの功績や築き上げた今の権威もね。
そして報道各社が事件の背景を徹底的に調べ上げるわ。あらゆるマスメディアによって事件の背景が太陽系中に暴露されるでしょう。
連邦政府軍が武勲に仕立てた『ティリッヒの悲劇』の真実。さぞや楽しい騒ぎになっていたでしょうね。」
サトラーは哀しみと狂気を宿した目を部屋の隅に拘束されている捕虜達へ向けた。
「私の暗殺計画があったんですって?そこで愉快な仮装してる連中には尻尾を掴まれてたみたいね。」
捕虜達が居心地悪そうに身じろぎした。
バックヤードの部屋でノーランドと対峙するサトラー話は、非常階段口で待機しているナム達も盗聴機を通して聞いている。
それぞれの通信機を通して聞いてもサトラーの声は痛ましい。涙ぐむシンディの肩をモカが優しく抱き寄せた。
「式典にメビウス艦を呼ぶように働きかけたのは、サトラー首相だったそうッス。」ロディがしんみりとつぶやいた。
「何年も前から熱心に連邦政府や軍に要請していたようッスよ。艦長さん暗殺はその頃からの計画だったんッスね・・・。」
「陰謀に次ぐ、陰謀。こんがらかりすぎだろ、まったく!」
ナムは頭の後ろを掻きむしった。これでどうにか事の全容が見えてきた。
恋人の仇を討とうとするサトラーの不審な動向は公安局の調査対象となり、「ティリッヒの悲劇」の真相が関わると察知した公安局は彼女の暗殺を決行したのだ。
「残る謎は、あと一つ、だな。」
「へ?まだなんかあったっけ?」
ナムの言葉にコンポンが首を傾げた。難しい話が苦手な彼はさっきから話について行けず、困り顔でメンバー達の顔を見回すばかりだ。
「バカだな、タイミングだよ。」フェイが肘でコンポンを小突く。「何で今やるかって話、したろ?」
なぜ「今」、サトラーを暗殺する?
宇宙港開港350周年記念式典は連邦政府軍の軍事祝賀行事だった。不沈艦と誉れ高いメビウス艦をわざわざ誘致するほどの威信をかけた重要式典だったはずだ。
1国の首相が殺されれば当然大混乱が起きる。式典の開催さえ危ぶまれる事態になっていたというのに。
なぜ「今」、連邦政府はティリッヒの乗っ取りを謀る?
モカが以前話したように、ティリッヒの連邦脱退は大戦中からささやかれていた。軍事式典にかぶせて行うような謀ではあり得ない。
どちらも式典に不祥事が起こらないよう万全を期すなら、「今」やる事ではないのだ。
「たぶん、それを話すためにノーランド艦長は面会を望んだんだね・・・。」
シンディの肩を撫でながらモカが静かにつぶやいた。
「大丈夫、かな・・・。」
「フラットのオッサンとビオラ姐さんも同席してもらってる。大丈夫だろ。」
そう言いつつ、ナムも不安な表情が隠しきれない。
通信機から聞こえてくるのはサトラーとビオラの声だけ。一緒にいるはずのカルメンとトビー、フラットの様子が全然わからないのだ。
変な気起こさなきゃいいんだけど・・・。
ナムは頭の後ろを掻きむしった。




