復讐の銃声
中央都市マッシモ郊外には、森が広がっている。
衛星都市コロニーの多くは都市郊外に人工的な森林が造られている。酸素供給を目的に造られた森はほとんど手つかずで、こんな夜中に訪れる者はまずいない。
フラットは森の入口付近で車を止め、小さなアタッシュケースを一つ携え歩き出す。
ショルダーフォルスターは少し迷ったがやはり利き手使用で装着した。鋼鉄の処女に深手を負わされた腕でも、人を一人撃つくらいは出来るだろう。
(そうだ、たった一人。
奴 さえ射殺出来さえすれば全て終わる。
銃が手元に戻ってきたのは有り難い。あのナムとか言う奴には、一先ず感謝しておこう・・・。)
フラットの口元が少し歪む。不器用な彼の 微笑 だった。
(なかなか面白い奴だったな。
まだほんの子供だというのに「諜報傭兵部隊」の回し者とは恐れ入る。
裏路地ゴミ捨て場での去り際は見事だったな。あの時は銃をフォルスターに納めただけだったが、もし攻撃されていたらひとたまりもなかっただろう・・・。)
森の中の暗い道を歩くフラットの足が、ふと止まった。
(俺はあの動きを知っている。いや、見た事がある?)
既視感である。
奇妙な感覚に囚われたフラットは、しばしその場に立ち尽くした。
(いつかどこかであの少年と、出会った事が、あるのか・・・???)
首を小さく横に振る。
ショッキングピンクのド派手な姿が脳裏を過ぎり、口元が再び不器用に歪む。
(思い違いだろう。あんな派手で悪趣味な格好する奴は一度会ったら忘れるわけがない。
それにしても、スパイとかいう連中は目立たず地味に活動していると思っていたんだがな。
もし・・・この先も生きていられたなら、また会ってみたいもんだ・・・。)
行く手に真っ黒で大きな建屋の影が浮かび上がってきた。
「コークス&イーブカンパニー採掘鉱石格納庫」。
古風な鉄格子の通用門に掲げられた看板にはそう書かれてあった。
門の前に立つと、すぐさまスーツ姿の男達に囲まれた。
敷地内最奥の一番大きな格納庫へ連れて行かれた。広く薄暗い格納庫には鉱物を詰めたコンテナが整然と並び積み上げられている。
その中央付近の開けた空間。
見知った男が笑顔で佇み、フラットを待ち構えていた。
「お待ちしていましたよ。遅いので心配してました。 」
トルーマンが親しげに笑う。
両手を広げて迎える彼にフラットは、自分の主をあえてナムと同じように呼んでみせた。
「文句はそこの 極悪面 に言って貰おう。
例の金庫を開けるのには別のパスワードが必要だ。それを入手するのに時間が掛かった。」
「やはり暗証番号だけじゃなかったんですね? まったく、この後に及んで往生際の悪い。」
トルーマンがジロリと背後を睨む。
椅子に縛られたサンダースが、極悪面で引きつらせている。
特に怪我はしてないようだが、銃を構えるマフィアに取り囲まれて、顔色が酷く悪かった。
「パスワード、よく調べられましたね。一応教えといていただきましょうか。」
「・・・キューティーボンバーの右側の娘の、飼っている猫の名前、だ。」
トルーマンはこめかみを押さえて項垂れた。
「・・・聞いた私が愚かでした。
組織から命じられたとはいえ、こんなバカの監視に5年間も費やすとは・・・。」
「・・・そこは、同情してやろう。」
フラットもうんざりした面持ちで頷いた。
「さて。」
気を取り直したトルーマンが爽やかに微笑した。
「アタッシュケースを渡していただきましょう。手間をかけた礼もしたい事ですし。」
「おい、こいつの中身は・・・。」
「知ってますよ。 MPクリスタル です。」
笑顔まま、サラリとトルーマンが中身を告げた。
MPクリスタル とは、メタンフェタミン、覚醒剤の原料となる物質を多く含んだ鉱石の総称である。
近年、金星や小惑星帯の一部鉱山で偶然発見された鉱物で、もちろん採掘は厳重に禁止。
売買などもっての他だが、裏社会では広く流通し反社会組織の資金源になっている。
「金星産の滅多に手に入らない上物です。
それだけの量でもちょっとした小惑星が買えるだけの値打ちがある。
しかし貴方には必要無い物です。そうでしょう?」
トルーマンが指を鳴らすとチンピラが一人横から近づき、手を差し出した。
(・・・渡していいものだろうか?)
フラットはアタッシュケースを渡すのを躊躇った。
その様子にトルーマンが苦笑する。
彼は顎をしゃくって背後のサンダースを指し示した。
「気にする事はありません。全部このバカが悪いんですから。
元々我々が手にするはずだった『商品』なんですよ。それを採掘員を買収して横取りしやがったんです。大方、私たちのやり取りを見聞きして自分でも出来ると安易に考えたんでしょうね。
売却相手が『ラプラス』だとも知らずに。」
「『ラプラス』だと?」
「えぇ。『金星解放自由同盟』です。ご存じでしょ?
この辺りを騒がせている 武装テロ集団 ですよ。」
またしてもサラリと言ってのける。
違法薬物の密売もテロ集団との取引きも、当たり前に行われる日常の事のようだった。
地球と近距離で地下資源が豊富な金星は、地球連邦の影響力が非常に強い。
それ故金星宙域では連邦政府の干渉が厳しく、それを良しとしない一部集団と長年に渡り反目し合っている。
武力行使を厭わないテロ集団も存在し、「金星解放自由同盟」もその一つ。
複数のテロ組織からなる武装集団で、地球連邦から金星宙域の完全独立を目指している。中でもひときわ凶暴な組織として名をはせているのが「ラプラス」だった。
「そんな奴らを相手に取引きしようとした挙げ句、交渉に失敗してこの様です。」
トルーマンが忌々しげに吐息を付いた。
「連中が連邦政府官僚なんかとフェアに取引するわけ、ないでしょう?
取引きをネタに脅されて、大枚ふっかけられたうえテロのきっかけを与えるなど!
呆れてものも言えませんよ!」
「翌朝には大規模なテロが起るそうだが・・・?」
「そんなのは連邦政府と軍の仕事です。政府官僚の失態は自分達で責任取ってもらいましょう。」
にこやかな笑顔とは裏腹に、トルーマンの口調は辛辣だった。
サンダースが必死に訴える。
「し、仕方ないじゃないか!
お前達が『契約金』をつり上げるから、資金繰りに困ってやむを得ず・・・!」
「腐っても政府官僚のくせに何言ってるんですか、情けない!
300万人を越すマッシモ都市民の命が、マネーカード2,30枚以下なのだとでも?
それっぽっちの金で連中のテロ活動を抑制してみせるこっちの苦労もおわかり頂きたいものだ!」
しょぼくれた官僚を一喝して黙らせ、トルーマンがフラットに向き直る。
「 さて、フラット。
我々は貴方に深くご同情申し上げているんですよ。」
「・・・同情?」
「えぇ、そうです。」
トルーマンは微笑んだ。
より大げさに、凶暴に。
「貴方、あのバカ殺したいんでしょ?
殺しなさい。貴女の気の済むやり方で!」
ひぃ!とサンダースが悲鳴を上げた。
無言で佇むフラットに、トルーマンが歩み寄る。
「もうご存じだと思いますが、我々も真っ当な身分ではない。
いわゆる裏社会で悪事を働く類いの人間ですがね、このアイドル狂の能なしバカが出世の為にしでかした『行為』には、反吐が出そうになりますよ!」
「わ、私のせいじゃない!
仕方なかったんだ!私は上からの命令に従っただけで・・・!!!」
サンダースの脂汗がぎらつく額を汚らわしげに一瞥し、トルーマンは両手を広げて見せた。
「さぁフラット。遠慮はいりません。
そのアタッシュケースの中身が保管されていた金庫には、貴方の本懐を遂げる為の『証拠』も一緒に入っていたはずだ。」
フラットはアタッシュケースの持ち手を握りしめた。
「俺にこいつを取りに行かせたのも、その為か・・・。」
「えぇ、そうです。貴方の事は全て調べさせて頂いてます。」
トルーマンの目が冷たく残忍にギラギラ光る。
「貴方は大変立派な方だ。
ご家族の 仇 であるこの男に5年も仕えながら、確実な『証拠』を掴むまで殺意を押し殺して耐え忍んできたのですから。
その『証拠』を見つけたのでしょう?だったら何を躊躇うのです?
ネビル・サンダースを 殺す 。
貴方はそのためだけにここへ来た。それが叶えばもう、ご自身がどうなろうと一向に構わない。
それほどお覚悟をお持ちのはずだ。
・・・違いますか?」
フラットの目の奥で不穏な影が揺らめた。
それを見取ったトルーマンは、さらに饒舌に言い募る。
「もう何も我慢する必要は無いんですよ、フラット。
貴方はこの時をひたすら待ち続けたはずだ。
ご安心ください、死体の処理は我々が行います。心配する事など一つも無いんです。」
「・・・やめろ、止めてくれ!!!」
サンダースの悲痛な叫び。
しかしフラットはよろめくように歩き出した。
椅子に縛られ身動き取れない、サンダースの方へ。
周りにいたマフィア達が左右に動き、引き返せない道を造る。
「貴方のご家族はこのゲスの私欲に殺されたんだ。
こんな奴に同情の余地など、これっぽっちもありません。」
「た、助けてくれ、金ならいくらでも・・・!」
フォルスターから銃を抜く。
腕の傷が激しく痛む。それでも銃を真っ直ぐ構え、引き金にゆっくり指を掛ける。
「これは貴方だけの『復讐』じゃない。
あの日、あの時、戸籍がないというだけで虫ケラのように殺された人々の無念を晴らす『制裁』なのです!」
「だ、誰か、助けて!誰かぁぁ!!!」
「あの日」「あの時」の光景が鮮やかに脳裏に蘇る。
胸中に沸く激しい憎しみ。この5年間何度となく、味わい続けてきた憎悪。
地獄のような日々だった。それもようやく今、終わる。
引き金を、たった一回だけ。
この引き金を、引きさえすれば!!!
「そうだ、貴方の苦しみは今、終わる!
・・・殺せ、フラット! 殺 す ん だ !!!」
「ぎゃあぁぁぁいやだぁーーーーー!!!」
バ ァ ン !!!
夜のしじまに響き渡った、一発の銃声。
格納庫外の真っ暗な森から鳥達が、一斉に羽ばたき飛んでいった。




