本当のミッション・コンプリート
バックヤードに帰ったモカがカルメンの状況を説明すると、メンバー達は目を剥く勢いで驚いた。
「育ての親がテロリスト、か。ハードな家庭事情だなそりゃ。」ナムがバリバリと頭の後ろを掻きむしった。
「無茶ッスよ!身内がいるとはいえ、一人で武装した集団について行くだなんて!」
「引き留めたかったんだけど、聞いてくれなくて・・・。」
ロディがオロオロと無駄に焦り、モカが哀しげに俯いた。ルーキー達も不安げに顔を見合わせる。ネオリッツホテルの豪華な室内は、動揺と心配で空気が一気に重くなった。
「大丈夫だよ!」
「え?」
陽気な声に驚いてモカが顔を上げる。ナムがメンバー達を見回して笑っていた。
「モカの話じゃ、ビオラ姐さんがくっついてったんだろ?だったら何にも心配する必要まったくなし!
あの2人ケンカばっかりしてるようでも一緒にいれば息の合ったところ見せるし、欠点カバーし合って共闘できる。どっちも簡単にくたばるタマじゃないんだ、当分ほっといても問題ねーよ!」
「・・・」
あまりに楽観的な言葉にしばし呆然となったモカが、ふと気が付いて周りを見回す。
「そっか、そうよね。」
「2人とも強いもんな~。」
「一緒にすると喧しいけどな。」
ルーキー達が安心したように笑顔になった。
「ナムさんはも~、緊張感の無さ過ぎッスよ~。」
ロディも脱力して苦笑する。
室内の空気が一気に変った。モカは今このコンプリートが見えないミッションを指揮するのは誰かを思い出していた。
「さて、これ以上ややこしくなる前にそろそろ情報整理といきましょか。」
ナムは陽気に語り始めた。
「最初のMCは2A。ティリッヒ政府内状の諜報だった。それがそこにいる愉快なおっさん達のお陰で5Aになった。
っつか、最初からそんくらいの案件だったんだ。」
「え?どーゆー事ッスか?」ロディがごんぶと眉毛をつり上げた。
「多分、つか、ほぼ確実に禿げネズミが言ってた『エベルナでの事件収拾に追われて公安局は動けない』っつーのは、嘘。実際ここに公安局の奴ら来てんだもんな。
公安局が改革派議員と結託して政権乗っ取りを謀る。保守派の連中を俺達みたいな諜報員を使って反社会組織を煽ったって偽装して、目障りな者はまとめて一掃。」
ナムは部屋の隅の捕虜達に声を掛ける。
「あんたらさぁ、『傭兵チームは別口でいない、ティリッヒに来てるのは俺ら諜報チームだけだ。とっ捕まえるの楽勝!』とか、エメルヒが言ったの真に受けたんだろ?」
フェイが悲鳴に近い声を上げた。
「じゃ、俺達がテロ工作謀ったって濡れ衣着せられるの、エメルヒは知ってたって事!?何だよそれ!酷すぎる!!」
「信っじらんない!今度あったらぶん殴ってやるわ!!」
「何でお前、そんなに凶暴になっちゃったの?」 拳を握りしめて立ち上がったシンディを今度はロディが取り押さえる。
「でもさ、その計画ももうダメじゃん。俺ら気付いちゃったし。」コンポンが口をとがらせた。「どーすんのさ、これから。」
「普通はこのまま撤収。でも話はそんなに簡単じゃない。」
ナムは捕虜達の前にしゃみこんだ。
「だからMCが5Aになった。このミッションの本当のコンプリートはそこにある。・・・なぁ。アンタ。」
一番手前にいる公安局員の顔をのぞき込む。両頬にびっしりと書き込まれた放送禁止用語が哀れだ。
「なんで、このタイミング?」
この一言に、公安局員達と、モカが目を見張った。
ナムに睨まれてる公安局の男は「肉」の字が雑な感じに塗りつぶされてる額にじっとりと汗を浮かべて押し黙った。
「あんたら、本っ当に往生際悪りぃな。この期に及んでな~にまだ隠してんだよ?」
「ど、どういう事ッスか?」
「タイミングって、何?」
ロディとフェイが同時に聞いてきた。
「・・・おかしいの。最初のMC、2Aの時から。」
答えたのは、モカだ。
「ティリッヒが地球連邦を脱退するかもって話は『大戦』中からあった。でもそんなのとっくの昔に公安局が何か手を打ってるはずだよ。ここの宇宙港は重要な軍事拠点なんだから。
なのに何で『今』、わざわざ他の諜報部隊に依頼してまで調べるのかが不思議だった。」
「それ、全部あたし達に濡れ衣着せてティリッヒ乗っ取ろうとしてる連邦政府の陰謀だったんでしょ?」
シンディが首を傾げる。
「うん。それは私もビックリした。でもこれ、宇宙港350周年記念式典が開催される、このタイミングでする事? 式典は連邦政府軍の栄誉ある功績を讃えるためのものなのに、どうして軍の公安局がそれを台無しにするような事するの?」
「そうか!首相暗殺も反連邦政府デモでのテロ工作も、『今』やる意味が何かあるって事だね!」
「首相暗殺については、もう一個疑問点がある。」
フェイの言葉に公安局員の愉快な顔をガン睨みしていたナムが振り返る。
「何で彼女を殺す?保守派の首相が暗殺されれば疑われるのは改革派だろ?」
「首相を殺害する特別な理由が、あるって事?」
「吐けよ!この野郎!!」
コンポンがバリカンを握りしめて捕虜達に突進した。
「吐かないと今度は下の毛刈っちゃうぞ!!」
「・・・それはいたたまれないから止めとけ、コンちゃん。」ナムはコンポンをヘッドロックで止めた。
捕虜達は歯噛みし目を泳がせ、その態度に真実の隠蔽を匂わせながらも口を割ろうとしない。
「だめだ、こりゃ。」ナムはコンポンの頭をロックしたまま立ち上がった。
「わかんねぇトコロは一先ず保留。さし当たって明日開催される改革派の大規模デモ、こいつをなんとかしよう。俺達を捨て駒にしようとしてくれちゃったツケは、派手に返そうぜ♪」
「で、でもどうやって?」
カルメンに「撤収しろ」と言われているモカが慌てて聞くと、ナムはニッと笑った。
ふてぶてしく、狡猾に。
「大丈夫だよ。強力な助っ人も見つかったし、ここはいっちょ、派手に行こうぜ!
万が一修羅場になっても、傭兵女帝・アイアン・メイデンがいるしさ、何とかなるって!」
ドサ!
突然妙な物音がして、メンバー達は驚いて振り返った。
ソファに座り面白そうに傍観していた強力な助っ人・フラットが、床の絨毯に転がり落ちて目を剥き固まっている。
「・・・アイアン・メイデン?」
「あ。い、いやその・・・。」
ナムが「しまった!」という顔になった。
「居るんだな?!ティリッヒに着てるんだな!??」
「まぁ、着てるつーか、着ちゃったっつーか・・・。」
バツが悪そーなナムと恐怖に引きつるフラットの顔を不思議そうに交互に眺めるフェイとシンディがロディを見上げる。
「あのおじさん、どしたの?」
「様子が何だか変よ?」
「あの人な、前のミッションでアイアン・メイデ・・・、いや、サム姐さんに片腕切り落とされそーになったんだよ・・・。」
そう説明するロディの顔も青い。まざまざとマッシモ裏通り下水道での修羅場が目に浮かぶ。あの時はターゲットを罠にはめるの演出だったとはいえ、アサシン・ナイフで襲いかかるサマンサは凄まじいほど恐ろしかった。
「帰る。明日にでも、いや、今すぐティリッヒを出る!契約は無かった事にしてくれ!!」
「いやいやいやちょい待ち、待って待ってくれ!大丈夫だから!逆鱗に触れさえしなきゃ殺されたりしないから!!」
「でも俺、この間何にもしてないのに内蔵破裂しそうな目に遭わされたぞ?」
「!? 放せ、この仕事は断固断る!!!」
「コンちゃーん!そりゃお前が5日も風呂に入らなかったからだ!!っつか、今それ関係ないだろ?!」
必死の形相で部屋の出口へ向かうフラットに追いすがるナム。
二人の攻防はフラットが根負けするまで結構長く続いた。




