人類史上最速終了のパーティ
「皆様、お待たせいたしました。ただ今より無敵艦隊と誉れ高い、メビウス艦歓迎パーティを開催いたします!」
女性司会者の済んだよく通る声がパーティの開催を告げた。
カルメンは言い寄る男たちをかわしつつ人ごみの中を歩き回りターゲットを探す。
ターゲットD・スタンレー保守派議員は、会場正面の特設ステージ近くで数人の女性達と談笑していた。
よっしゃ、行くぞ!と気合を入れた時だった。
ギラーン!!
スタンレー議員の周りを取り巻く色とりどりのドレスを纏った肉食獣達が、一斉に牙を剥く!
『どこの誰かは知らないけど、あたし達のスタンレー様に近づくんじゃないわよこのアバズレ!!!』
全員口元に微笑みを浮かべたまま嫉妬に憎悪を掛け合わせた凄まじい眼光で睨みを効かせ、全身から怨念オーラを放って威嚇する。
・・・ひぃ。
触れれば即死しそうな毒々しい空気にさすがのカルメンも怖気づいた。
普段ナム達に「その辺の男にはもったいないほどのいい女」を自称し、見目良い男を見つけてはビオラ相手にと火花を散らすカルメンだが、実は男に取り入る行為は不得手だった。
カルメンはなかなかの美女である。おとなしくしてさえいれば、言いよる男に事欠かない。
フラれた数が年の数になってしまったのは、激昂しやすく勝ち気な性格が問題なのだろう。
そもそも今目の前でスタンレー議員に群がってるような、男に媚びを売る類いの女達が大っ嫌いだ。だから自分の美貌を鼻にかけて男に取り入るビオラとは顔を合わせればすぐにケンカになってしまう。
今回だって当初ハニー・トラップは女好きな改革派議員ラミレスに仕掛けるはずだった。
『アタシ、この人に決ぃめた♡』と、ビオラが図々しくスタンレーを選んだのにムカいて叱り飛ばしたら、『じゃぁどっちがこのイケメン議員堕とすか勝負しましょ。』と言われ、引くに引けず。
それでドレスアップしてパーティ会場にいるワケなのだが、正直こんな軽薄な真似をするくらいならライフルや短銃で暴れていたほうがずっといい。
他のターゲットに当たっている弟妹達も心配だ。ナムのバカがまた独断で無茶してなきゃいいんだけど・・・。
「ぼんやり突っ立ってたら何にも堕とせないわよ♡」耳元で聞きなれているが聞けばムカつく声がした。
我に返ったカルメンが振り向く前に、耳障りの良い衣擦れの音がすぐ傍を通り過ぎた。
「あの、スタンレー議員先生、でいらっしゃいますか?」
突然現れた淑女が遠慮がちに声をかける。
男の気を引こうと必死になっていた女たちが急に押し黙った。それくらい淑女の姿は異彩を放っていた。
ストロベリーブロンドの髪はブルネットに染め、鼈甲のかんざしで上品にまとめてあった。
紫の瞳もカラーコンタクトで黒に変え、化粧は鮮やかなローズピンクのルージュのみ。それがかえって白磁のように艶めかしい肌を際立たせている。
白地に足元から咲く紅のシャクヤクの花。金糸を織り込んだ帯はつつましく二重太鼓に結び、装飾品は七宝の帯留めのみ。
なんと、ビオラはジャパニーズスタイル・きもの姿だった。
この華やかなパーティー会場で、老いも若きもギラギラのビカビカに着飾った女達の中にあって、清楚可憐な訪問着姿のビオラはすっきりと美しく感動すら覚える。
ビオラは聖母の微笑を口元に浮かべ、カルメンが怯んだ肉食獣達のガン睨みをものともせずにスタンレー議員に歩み寄った。
「お会いできて光栄ですわ。少しお話させていただけますでしょうか?」
「い、いきなり失礼じゃなくって?あなた、いったいどなた!?」
議員の一番近くにいた、若ぶっているが三十路ははるかに超えてるだろう女が甲高い声で喚く。
ビオラはひるまなかった。それどころか落ち着き払った態度で女の目をじっと見据える。
しばらく静かに女を見つめていた彼女はたった一言、言い放った。
「お下がりなさい。」
その一言には穏やかな、しかし有無を言わさない気迫があった。いきり立っていた女は途端に狼狽え、タジタジと後ずさった。
明らかに品格の差である。テコでも退かない覚悟でスタンレーを取り巻いていた女達がすごすごとビオラに道を空けていく。
「・・・お嬢さん、こちらこそよろしいですか?」
「まぁ、光栄ですわ。先生・・・(ポッ♡)」
パーティーが始まったばかりだというのに、アッサリ陥落したスタンレーとビオラは手に手を取って会場を後にした。
歯噛みし、拳を振るわせ、ハンカチを引き絞り、ハンドバックに八つ当たる元・肉食獣達と一緒に取り残されたカルメンは、去って行く「女王様とその獲物」の後ろ姿を呆然と見送った。
「さぁ皆様、主役のご登場です!拍手でお迎え下さい!!」
司会者が声を張り上げ会場を煽った。
うっさいわ!この年増女!!!カルメンが八つ当たり全開でステージを振り仰ぎガン飛ばす。
会場正面の特設舞台に軍服の男達が上がった。
にこやかに手を振る彼らの中で、1人の男がつかつかと歩み出て中央のマイクへと向かう。
ステージ脇の演説台から満面の笑顔で歩み出た司会者をマルっと無視した彼は、中央のマイクをいきなり手に取った。
「ティリッヒ共和国今年度国民調査における総人口126万4832人の国民の皆様、お初にお目に掛かります。
私は地球連邦政府軍宇宙艦隊特殊防衛艦・「メビウス」艦長、フィランダー・ノーランド。
このような盛大な歓迎をいただき大変光栄ではありますが、リーベンゾル帝国復興とそれに伴う反社会勢力の台頭がめざましい。我々連邦政府軍はこの太陽系の平和を死守する為にも一時も気を抜かず任務に励まねばならないのです。
そういうわけですので失礼させていただきます。ご静聴、有り難うございました。」
誰も静聴などしていなかったが、彼がマイクを手放し踵を返した時には会場中が凍ったように静まり返った。
栄えある無敵艦隊の艦長たる男は、同じくステージ上で笑顔のまま固まってる副官達に「撤収する。」と告げ、振り向きもせず去って行く。
血相を変えて上官の後を追う副官達の慌てぶりが滑稽だったが、誰1人笑わないどころか気にとめない。
パーティ会場にいる人々は、全員が口をあんぐり開けて呆然と立ち尽くすばかりだった。
ただ1人、カルメンを除いては。
・・・ノーランド。あの男が・・・!
カルメンは彫像のように突っ立ったまま動こうとしないパーティ客の間をすり抜けて会場を出た。
従業員通用口に入り込みホテルの地下駐車場へ駆けつけると、ノーランドと名乗った無敵艦隊の艦長がホテル側の制止を振り切り部下が用意した車に乗り込む所だった。
車が走り出し目の前を通って去って行く。カルメンは後部座席に座った男の横顔を心に刻み込んだ。
間違いない。さっきあたしとぶつかった男だ。
あいつが「ノーランド」だったなんて・・・!
「違うよ、カーリィ。アイツじゃない。」
後ろから声を掛けられカルメンは咄嗟に飛び退き胸の谷間に隠し持っていた小銃を抜き構えた。
薄暗い駐車場の柱の陰から男が現れた。
くたびれたコートを着た浮浪者のような中年の男は、目に涙を浮かべて歩み寄ってくる。
「俺だよカーリィ。わかるかい?・・・大きくなった、綺麗になったなぁ!」
カルメンの銃を持つ腕がゆっくりと下がっていく。彼女はこの浮浪者を知っていた。
「・・・あいつじゃ、ない?」
「そうだ。」懐かしそうにカルメンを見つめていた浮浪者の顔が厳しく引き締まった。
「あいつじゃない。俺達の『仇』は、あいつの父親・ジョセフ・ノーランドだ。」
カルメンの手から小銃が滑り落ちた。




