キュルッピンは修羅場の合図
見つめてあ~いら~ぶゆっ♡
きゅんきゅんま~いだ~ぁり~ん♪♪♪
「ひぃ?!」
外した発信器をコンクリートの床に投げ捨て、ゲシゲシ踏みにじっていたナムは、ロディと一緒に飛び上がった。
突然聞こえた、女の子達の可愛い歌声。度肝を抜く音量だった。耳の奥がキーンと痛む。
「な、何事!?」
慌てて周囲を見回すと、ノートPCと向き合うモカが身を縮めて固まっていた。
どうやらアイドル狂のハッカーから送られたデータのロックが解けたらしい。
PC画面には「Right!(正解!)」の文字が、躍っていた。
「モカ・・・大丈夫?」
モカがコクコク何度もうなずく。驚きの余り言葉を無くしているようだ。
「ロック解除と同時にアイドルの曲が流れるようにプログラミングされていたンっすね。
まったくもー。アイザックさんがやりそーな事ッスよ・・・。」
ロディが呆れて苦笑した。
硬直しているモカに駆け寄り、PCの画面を横からのぞく。
やっと開いた圧縮フォルダの中身は情報ファイルが全部で4つ。その内1つを早速開く。
画面いっぱいに表示されたデータに、ロディが感嘆の声を上げた。
「うわ、さすが!マッシモ中央銀行の『裏』サーバーからデータ盗んでる!
ナムさん、サンダースの口座にスゲぇ大金が振り込まれてるッスよ!
振込元は企業ッスね。
コークス&イーブカンパニー。マッシモの金星地下鉱物採掘会社ッス。」
データは金融企業が必ず一つは隠し持っている(?)『裏』サーバーに記録された、公には決して出来ないマネーカードのやり取りだった。
サンダースに関する物は、月1回から、多くて3回。1回の額はかなり大きく、1枚100万エンのマネーカードが10枚前後。
振込はつい最近まであったようだ。おそらく何かの賄賂だろう。
連邦政府官僚が企業から献金を受け取る行為は厳重に禁じられている。どうりてサンダースが事を公にしたがらないワケだった。
ロディが次のファイルを開く。今度はコークス&イーブカンパニーについての資料だった。
金星に小さな鉱山を持つ中小企業で、資産はざっと1億強。、業績は中の上と言った所。
社員は20名程度で男性が多く、数少ない女性は全員若く20代前半。なんとみんな社長の愛人なのだという。
「最後の情報、いらなくないッスか?・・・ってあれ?
この資料見る限りじゃ、会社が持ってる金星の鉱山、3年前から何も採掘してないッスよ。」
これはおかしい。
鉱山を持つくせに鉱物を採掘しない会社が、毎月1,000万エン以上のマネーカードをサンダースに振り込めるはずがない。
「何かのダミー会社なんだろうな。それもすっげぇ悪党とみたね。」
ナムは諜報機器を全部外したピンクのジャケットをはおり直した。
「あー・・・。ナムさん、ビンゴッス。」
次のファイルを開いたロディがPC画面から顔を上げる。
そのファイルの内容は、コークス&イーブカンパニーの取引先一覧。
ありふれた企業の社名が並ぶデータに、裏社会ではかなり知られた会社の名前が混じっていた。
「傀儡会社の名前があるッス。こいつら 『ネーロ』 ッスわ。」
「・・・はい、来ました 大悪党 !
太陽系一の大マフィア と手ぇ組むとは、やるねぇあの強面オヤジ!」
ナムはにやりと笑った。
ネーロ・ファミリーは、地球・欧州の一国を拠点として暗躍する大マフィア。
武器の密輸、人身売買、海賊行為から反社会組織のテロ支援。犯罪と名の付く事件の裏には必ず関わっていると噂される 大犯罪組織 である。
その勢力は太陽系中に及び、あちこちの国や植民コロニーに傀儡の会社を立上げ運営、それを隠れ蓑にして悪事を働く。
裏社会において 国境なき帝国 を築く、とんでもない巨悪だった。
「あ、モカさん、十字架の通信データ、抽出できたんッスね。」
ロディが再びPC画面をのぞき込む。
「ビンゴ!あの銀縁眼鏡の通信相手だった奴の居場所、わかったッスよ!
中央都市郊外の コークス&イーブカンパニー敷地内 ッス。」
「ってことはあのトルーマンってヤツ、ネーロのマフィアか。
・・・フラットのおっさんは?」
「間違いなく、この場所目指して移動してるッスね。」
キーを叩いてPC画面を切り替える。
表示されたのはマッシモの地図。その地図上を移動する小さな光の点がある。
「移動速度が速いッス、車を使用してるンッスね。」
ロディは画面を切り替え、最後のファイルを開いた。
まともに仕事をしていないコークス&イーブカンパニーが、業務と関係ないトコロで売りさばいていた商品の一覧。
その内容をひと目見て、ロディが目を剥き驚いた!
「違法薬物の取引記録?! コークス&イーブ、覚醒剤 密輸してんッスか!!?」
「・・・ロディ君!!!」
悲鳴に近い声が上がった。
モカがロディの腕に手を掛け、 キャスケットから除く大きな瞳で必死に何かを訴えている。
ロディは自分の迂闊さを悟った。
慌てて画面に表示されているファイルを見ると、羅列されたデータの端にこんな一文が記されていた。
『くれぐれも、ナムっちには見せちゃだめだよん♪ BY アイザック』
(・・・しまった!!!)
ロディは部屋の中央、簡易テーブルに振り向いた。
ナムがいない。
彼が座っていたはずの椅子は倒れ、床に散らかった機器類が乱暴に蹴散らされてて入口扉は半開き。
ついでにテーブルのバスケットはサンドイッチが一個も無くなり空っぽだった。
ロディの顔から血の気が引いた。
すぐに追いかけ建屋の外へ出てみたものの、ナムの姿はどこにもない。
「ナムさん!ダメッスよ、相手はネーロ・ファミリーッスよ!?
危険ッス!帰ってきてください、ナムさーん!!!」
・・・返事は帰って来なかった。
一方、地下に残ったモカは食い入るように、PC画面を見つめていた。
コークス&イーブカンパニーが密輸していた物は、他にもいろいろあったのだ。
大量の銃器と弾薬類。携帯可能な小機関砲から爆弾に加工できる中性子燃料まで、覚醒剤に負けず劣らす危険極まる品ばかり。
しかも、取引先が最悪だった。
その組織の名は「ラプラス」。
金星宙域で暴れ回っている 過激な武装テロ集団 の名称である。
モカはキャスケットの脇からインカムマイクを引っ張り出した。
「Call」
少女の澄んだよく通る声が、マイクを通して呼びかける。
「ミッションコード:2C から 4C
・・・いえ、 5C へ、チェンジします。」
ミッションの難易度が上がった。
MCを決めるのは部隊の長たる「局長」なのだが、状況を読み変更するのはバックヤードを取り仕切るモカの判断に任される。
「公共機関からの依頼で国際テロ組織が関わる かなりハード な諜報活動」である。
もう穏便には終わらない。この MC の変更は、戦闘開始を意味している。
「・・・あと、すみません。ナム君、暴走 です!」
何故か申し訳なさそうに詫びながら、モカの通信は終了した。
「ナムさん!マジっすか?!ちょっと、ナムさーーーんっっっ!!!」
外から聞こえるロディの声が、派手な修羅場を予感させる。
モカは小さく、ため息ついた。




