危険にポジティブシンキング!
水の都・ティリッヒ。
地球・火星の中間の軌道を巡るこの人工惑星型コロニーは、かつて中央ヨーロッパに国から移住した人々が独立を果たして築いた共和国である。
主な産業は観光業。美しく広大な人口湖が領土の半分を占め、500年掛けて育くまれた豊かな自然に癒やしを求めて太陽系中から人々が訪れる。高級別荘地もあり、一部富裕層の人々の間ではこの国に別荘を持つのが一つのステータスとなっている。
一方で、地球連邦加盟国であるこの国は軍事大国としても知られている。
独自の軍隊とは別に大規模な宇宙艦隊が寄港できる巨大な軍事宇宙港を保有する。先のリーベンゾル大戦では艦隊補給港として役割を担い大いに活用された。
大戦が終わった今でも日々大小様々な艦隊が寄港する、連邦政府軍の重要な軍事拠点の一つだ。
そのティリッヒで今週、華々しく軍事祝賀式典が開かれる。
宇宙港開港350年を記念した一大イベントで、中でもこの式典を祝う為に寄港するその「戦艦」を一目見ようと、太陽系中から多くの人々がティリッヒに押し寄せ大騒ぎだった。
地球連邦軍宇宙艦隊特殊防衛艦・メビウス。
リーベンゾル大戦でめざましい活躍を見せた、無敵の不沈艦である。
ティリッヒの共和国議事堂を臨む公園のベンチに並んで座る2人の前を、午後のジョギングを楽しむ市民が軽やかに駆け抜けていく。
ロディは6個目のハンバーガーにかじりつきながら、横目で兄貴分をチラ見した。
何やら熱心に携帯モバイルを操作して画面に見入っている。考えるより先ず体が動くような人がおとなしく何かを読みふけっている様子は珍しくもあり、ぶっちゃけ不気味だった。
「・・・あの~、ナムさん?」
ロディは勇気を振り絞って声を掛ける。
「ちょっと、いいッスか?」
「んー?なに?」
「えっとッスね・・・この間の事、なんッスけどね?
・・・カレーの日の。
・・・お答えって、まだ、なんッスよね?」
「まだ。あれからモカに会えてないんだよな~。」
「そ、そッスか・・・。」
これ以上は、正直聞くのが怖かった。しかも、MC:2Aは始動している。諜報ターゲットの出現を待ってる時に聞くような事じゃない。
事前調査では、間も無くこの健康優良なランナー達に混じって汗を流すのを日課としている諜報ターゲットが現れる筈だ。
ミッションに集中しないといけないのだが、ここ最近のナムの様子を見ていると何だか不吉な予感がしてならない。
ロディは兄貴分思いであると同時に、姉貴分思いでもあった。
モカさんのためにも、ここは一つ俺がちゃんと聞いとかないと。そう思いつつ、どう切り出していいかわからず躊躇っていると・・・。
「ずっと局長室でこき使われてんだってさ、カワイソーに。
あの冷血暴君、マジで頭イカれてるぜ!
あんなのに付きまとわれてちゃ何にも楽しめないっつの!
これからは俺がしっかり守ってあげなきゃなんないよな。
休みの日に映画とかテーマパークとか楽しいとこ連れてってあげて、一緒にランチとかスィーツとか食べに行って、バイクでツーリングして・・・。
あ、ヘルメット買ってあげなきゃなー。それより先ず指輪か?
モカに似合うヤツ選んであげないとなー。」
悪い予感がする。と、いうよりコレはもうかなりヤバイ。
ロディは横からそ~っと、ナムが眺めるモバイルの画面を覗いてみた。
『♡♪♡恋愛マスター究極指南♡♪♡
彼女大絶賛!愛され彼氏のデートマナー大公開♡』
画面に躍るなんともチャラいサイト名にロディは震え上がった。
「ナムさん、あのッスね。
スッゲぇ言いにくいんッスけど・・・。
フ ラ れ る
っつー、可能性もあるって、わかってます???」
ピタ。
モバイル画面をスワイプしていたナムの指が止まった。心なしか急に顔色が悪くなった気もする。
(よかった、まるっきり頭にないわけじゃないんッスね。)
その様子にロディは少し安堵した。
ところが・・・。
「・・・まぁ、最初は『お友達』から始めるっつー手もあるし。」
「え?」
「ほら、いろいろしんどい目に遭ってきた娘じゃん?
ゆっくり考えてもらってさぁ。」
「・・・ナムさん?」
「相手のペースに合わせてあげるのも大事だよな。うん!」
「ナムさん?ちょっと!」
「気長に待つさ!
『ゴメンなさい』って感じ以外のお返事もらえるまで!」
「ひぃぃぃ!」
『NO』の返事は聞く耳持たない。そう宣言したよーなものである。ロディは激しくうろたえた!
(だめだこの人、思考がヤバイ感じにポジティブすぎる!
このままじゃモカさんがアブない、どーしよう、どーしたらいい!!?)
「あ、ターゲット来たぞ。」
脳内でテンパるロディをよそに、ナムがモバイル画面から顔を上げた。
数名のSPに囲まれて爽やかな笑顔を振りまきながら走ってくる、渋みの効いた中年男性。ティリッヒの改革政党重鎮議員、ラミレスだ。
「さてと。仕事するか!」
モバイルをジャケットのポケットに放り込んだナムが立ち上がる。
その口元はいつものようにふてぶてしく笑みほころんでいた。




