スパイのお仕事
ナム達は 諜報員 。いわゆる「スパイ」である。
彼らのような高額な報酬金で依頼を受け、諜報・工作活動を行う組織は、太陽系内に幾つも存在する。
単独で依頼を受ける者、隊長を中心に軍隊並みの組織を築く者、有力者に雇われ飼われる者。
形態は様々で、その需要は尽きる事がない。
「人類史上未曾有」と言われた「大戦」が終結して10年。
今なお荒む太陽系内の治安を背景に、彼らは裏社会を暗躍し続けている。
「都市民を人質に脅されている。内密に、脅迫者を排除して欲しい。」
そう言って、金星宙域植民コロニー・マッシモ地方自治補佐官サンダースは、救いを求めてマネーカード50枚(5千万エン)を支払った。
事態収拾に向けた工作と、それを成し遂げる為の諜報活動。
それが今回ナム達諜報員達に下された、上官からの「指令」だった。
「な~にが『脅されてる』だ、被害者面しやがって。
てめぇが何かしら悪ぃ事しでかした結果、こんな事になったんだろーに。」
ナムは3つ目のサンドイッチをほおばった。
「詳しい事、な~んも話さねんだけどもよ。
なんか、相当ヤバいっぽいンだわ。とにかく急いでンだってよ、面倒くせぇ。
悪ぃがお前ら、サクッと明日までに片付けよろしく。任せたぜ♪!」
影で「禿ネズミ」とあだ名される、組織の最高権力者。
エベルナ特殊諜報傭兵部隊 統括指令・エメルヒ はそう言ったきり、指令を伝える通信を問答無用でぶち切った。
ミッション完遂するための詳しい情報がまったく無い上、時間も無い。
そのお陰で、情報収集と工作を同時に行わなければならなかった。
ハッカーであるアイザックが各方面から情報を盗み、バックヤード担当のモカが情報を精査する。
平行してナムとロディがサンダース本人と接触し、他の仲間に派手に襲わせ揺さぶリを掛ける。
詳しい事情を言い渋る依頼者から情報を引出し、あわよくばその依頼者をエサにして 脅迫者 をおびき寄せる。
かなり乱暴な作戦だったが、仕方がないしやむを得ない。
とにかく時間がない。車が爆発・炎上したり、裏通りの街が一部倒壊したのは、無茶振りミッション遂行上でのちょっとした「遊び心」である。
その「遊び心」で得られた情報は、2つ。
PCのメールから得た「明日の朝起こりうる派手なテロ行為」と、ニセ暗殺者に追い詰められたサンダースが口走った「どっちの者だ?!」という台詞。
彼には少なくとも、2つの「敵」がいるのだ。カルメンの酒場を襲った連中もそのどちらかの「敵」だろう。
必要情報が集まれば、バックヤードのモカが分析・整理し上官に指示を仰いでくれる。
次の「司令」が下るまで、諜報員達はこのまま待機。
ヨハンナちゃんの靴のサイズがわからない以上、待機時間は思いの外長くなりそうだった。
サンドイッチを頬張るナムは、さっき別れた無戸籍のボディーガードに思いを馳せた。
(あのフラットってオッサンは、サム姐さんを知っていた。
酒場でテオさんの正体も見抜いたし、義腕の巨人も見知っていた。
まず間違いないだろうな。あの人は 元・「傭兵」 だ。)
戦う事で金を得る雇われ兵士である。先の「大戦」時は太陽系中にこんな稼業の連中がたくさんいたという。
凄惨極める戦場で功績を治め、名を挙げた者も多く存在した。
裏路地酒場で乱闘したテオもマックスも凄腕の傭兵だし、鋼鉄の処女に至っては、その名を耳にしただけで一個小隊が逃げだすという。
フラットもまた、身のこなしからしてかなりの猛者だと推測できる。
きっとどこかの「戦場」で、彼らと相まみえた事があるのだろう。
ナムはノートPCと向き合うモカの背中に、遠慮がちに声を掛けた。
「モカ、ゴメン。
手が空いたらでいいから、発信器Dの追跡よろしく!」
返事をする余裕がなくても、モはが片手で「OK」のジェスチャーを返してくれた。
4つ目のサンドイッチに手を伸ばすナムに、ロディが苦情を申し立てた。
「もー、全部喰わないでくださいよ、俺、まだ一つも喰ってないんッスから!
って、ナムさん、発信器Dって誰に取っつけたんッスか?」
「フラットのオッサン。な~んかあの人、気になるんだよな。
主が拉致られたってのに、心なしか喜んでたように見えたし。」
「喜んでたんスか?なんで???」
「さぁ・・・?」
曖昧な返事を返し、サンドイッチにかぶりつく。
深い事情がありそうな無戸籍の元・傭兵。
それを用心棒にする政府の腹黒官僚と、彼を狙う武装集団。
何やらきな臭くなってきた。このマネーカード50枚のぶっ込みミッション、まだまだ終わりそうにない。
「こりゃ『傭兵』部隊の出番かな。今回のコード、何?」
レーザーメスを器用に繰って機器配線を焼き切る舎弟に、ナムは聞いた。
「2Cッス。 ミッションコード:2C 。」
ロディはレーザーメスのスイッチを切り、再びスパナを手に取った。
ナム達が請負う仕事には、部隊独自の ミッションコード が付く。
部隊を率いる上官の判断で決まるこのMCは、数字とアルファベットの二桁のみ。
一桁目の数字は危険度・重要度を表し、二桁目のアルファベットは依頼者を表す。
一桁目
1・・・ごく簡単な諜報のみの作業
2・・・少し複雑・もしくは諜報対象が複数ある事案
3・・・軽犯罪組織が関わる事案での諜報活動
4・・・ヤクザ・マフィアなどが関わる多少ハ-ドな諜報活動。
5・・・国際テロ組織・国家の内政でのゴタゴタに関わる諜報活動。
二桁目
A・・・地球連邦政府からの依頼。(ガバメントオーダー)
B・・・独立国家レベルからの依頼。(ガバメントオーダー)
C・・・公共機関。植民コロニーや市町村からの依頼。
D・・・民間企業・組織。
E・・・一般民間人。
例えば「会社内に産業スパイがいる。洗い出して欲しい」であれば、コードは1Dとなり、「スパイの洗い出しと、黒幕の調査」となれば2Dとなる。
今回コードは2C。
「公共機関からの少し複雑な依頼」と言う事だ。
「2C? そりゃないだろ、武装集団出てきてんだぜ。
エメルヒの禿ネズミだってかなりヤバいっつってたじゃん。」
「『局長』の判断は「2」ッス。」
「・・・あ、そ。」
局長 とは、部隊を率いる上官の呼び名である。
ナムは急にふてくされた。
飲み干し空になったオレンジジュースの缶を、苛立ち紛れに投げ捨てる。
空き缶がコンクリートの床に落ちる音に、さっき路上で見た光景を思い出した。
「そういや外にドラッグのカスが落ちてたぞ!
この辺、売人いるんだろ?!」
スパナで細かいネジを締めていたロディが「また始まった」といった表情になった。
「独断と暴走は控えてくださいよ、ナムさん。」
「判ってンよ!
でもしょうが無いだろ!?薬売ってるヤツが近くにいるだけで、マジイラつく!
ミッションに集中できねーし!」
「我慢してくださいよ、もー。
ミッションが終わったら薬の売人狩りでも何でも付き合いますから。
勝手な事したら、まぁた『局長』からこっぴどく制裁さちまうッスよ?
巻き添え食うのはゴメンッス!」
「んだよ、局長局長って!」
「局長の命令は 絶対 ッス。知ってんでしょ!」
「・・・ちっ!」
ナムは舌打ちをして椅子の背もたれにふんぞり返った。
「あの 冷血暴君 、気に入らない事あったらす~ぐぶん殴りやがるからな~!
冗談じゃねぇよ、偉そーに!
いつか絶対ぇ、あのスカした面ぶん殴ってやる!!!」
「ちょ、何言ってんッスかナムさん!聞かれでもしてたら・・・!」
アタフタ慌てるロディがつなぎの胸ポケットに手を入れる。
取り出したのは、スティック状の小さな機器。
ロディ製作の諜報機器探知機・盗聴盗撮機カウンター。
市場に出回る既製の機器から軍御用達の高性能機器まであっという間に暴き出す、諜報員の必需品である。
「げ!3個もある!」
「ぅお! マジか?!」
ナムは慌てて立ち上がり、全身くまなく確かめた。
諜報機器が見つかった。 米粒くらいの小さな機器が、ジャケットの襟や内ポケット、スニーカーの踵に付いていた。
ナムがフラットに取付けた「発信器D」と同じタイプの物である。
間違いなく、仲間の誰かが取付けた物。ミッション開始からの行動は、しっかり監視されていたようだ。
「発信器A・BとFっすね。Fは盗聴機付きのヤツッス。
今の暴言、聞かれたッスよ。俺、知りませんからね!」
「・・・。」
盗聴・盗撮は本来ならば、悪質極まるな犯罪行為。
しかし彼らの場合では、被害者の方を戒め責める。
仮にも諜報員であるならば、諜報機器取付けは未然に防いでみせるべし。
気付けなかったなど愚の骨頂。取付けられた方が未熟でマヌケ。馬鹿にされても仕方がない。
それがナム達 諜報傭兵部隊 の 常識 だった。




