大きくなりました2
「おまえ……もしかして、ナナか?」
俺がその子をナナと呼んだ時だった。
彼女が持っていたナイフが床にストンッとキズを付けると同時に、不意に俺の胸元へと小さな体が飛び込んでくる。
特徴的な金髪ポニーテールが揺れて、俺の素肌をふわりと撫でた。
俺を含めてその様子を見ていた2人は、突然の出来事に呆気に取られていた。
「あほぅ……。どあほぅ……。……今まで……どこほっつき歩いて……。」
ナナは肩を震わせながら、俺の胸の中で嗚咽混じりの力ない声を発する。
俺はどうする事も出来ずに、あたふたと店主やクレアに目線で助けを求めた。
2人の表情は冷めたもので、自分でなんとかしなよと冷ややかな目線が返ってくる。
やっぱり、そうだよな……。
ナナは無意識的だろうが俺の皮膚に爪を立てていて、そこからうっすらと血が滲み出ていた。
それだけ、この涙に嘘はないという事。
ナナが急に泣き出した理由に関しては、心当たりが無いわけではない……。
たぶん、この子は……。
「あーもう!こっちは色々と聞きたい事が山ほどあるっていうのに……貴方ねぇ、ねぇさんと何があったわけなの?」
「えっ?ねぇさん!?」
俺のオドオドする態度に嫌気が差したのか、クレアは仕方なくといった具合で口を挟んできた。
「ちょ、ちょっと待て……。ナナがお前のねぇさんって本当の事なのか?」
「質問を質問で返さないでよ!」
どう考えても姉と妹の立場が、逆にしか思えない見た目だからついつい聞き返してしまう……。
まず、クレアの身長が160㎝ぐらいあるのに対し、ナナの身長は140㎝ぐらいと小柄である事。
身長差もそうなのだが、ナナの体格は丸みを帯びている感じで、とてもクレアのように大人の女性って感じさせる体系とは相反する物なのだ。
確かに2年前と比べれば成長はしているのだが、身長が劇的に伸びた訳でもない……。
まるで有名ゲームのMブラザーズみたいな姉妹だと思った……。
クレアが折角作ってくれた突破口なのだから、ちゃんとナナとの関係を答えないとな。
「あ、あぁ……。俺とナナの関係なんだが……。」
俺が説明を始めようと口を開いた瞬間、ナナは埋めていた顔を少し上げてボソッと一言発言する。
「未来の旦那様……。」
そう言い残して、もう一度俺の胸へと埋くまる。
「お、おい!?」
「へ、へぇ~……そうだったんだ……。」
「ちっ、ちがうぞ!そ、それは昔した口約束であってだな!」
ナナの爪は更に力を増して深くまで刺さっていく。かなり痛いぞ……。
今のこの子にその言葉は逆効果だ。
俺は更に追い込まれる形となる。
ん?そういえば……。
昔に同じ様な境遇にあった記憶が蘇ってくる。
アリシアがよくナナをなだめる為に使っていた方法。
俺は思い立ったように、店主に話しかけていた。
「マスター。ミルクはあるか?」
あからさまに俺の胸に埋もれたナナに反応が見られる。
「あるにはあるが……。」
「用意してくれ。」
「まったく……。ここはカフェじゃないんだぞ……貴重な物だから後でちゃんと代金を払えよー。」
店主は自分の頭を撫でながら、仕方なさそうにカウンターの奥へとミルクを取りに行った。
「立ち話もなんだし、そこのテーブルに座っとけ。」
店主の言葉に意外にも、いの一番に動き出したのはナナだった。
ミルクの効果は抜群だな……。
まだまだご機嫌斜めな態度を取っているが、俺から離れてくれるだけでも一歩前進かな。
そして、店主除きその場の3人はテーブルの椅子へと座った。
「ほらよ!」
すぐに店主はコップ一杯のミルクをナナの前へ差し出す。
ナナは俯き加減で涙を拭いつつ、ゆっくりとミルクを口に運んだ。
本当に懐かしい光景だ……。
「なんだ……。昔と変わらないじゃないか。」
「み、ミルクには目がないんだよ……仕方ないじゃん……。」
さっきまで俺の胸で泣いてた奴とは思えない、しっかりとした口調でモジモジしながら受け応えをしている。
確か2年前の魔王討伐前の最後の冒険に出る前に、ナナがどうしても自分も同行したいと言って聞かなかった時があった。
あの時も俺にしがみついて離れなかったっけか。
そして、ナナをなだめる為にアリシアが奥の手で使った方法が、ナナの大好物であるミルクを与える方法である。
今まさに、その時の情景が微笑ましく蘇ってきた。
でも……一時の至福の記憶はすべて悪夢に食いつくされて終わってしまうけど……。
俺は悪夢を少し思い出して額に汗が出るが、表情には出さないように必死にこらえる。
ナナがやっと落ち着いて話が出来そうだったので、クレアが先行して喋りかけた。
「それで、なんでねぇさんはこの店に潜入してたの?」
ナナは俯き加減で心配そうに答える。
「クレアがいつも欠かさず行う定期連絡が来なかった事を心配して待ってたら、魔王軍がファスト村近辺で不穏な動きをしているって情報が流れて……。居ても立ってもいられなくなって飛び出てきたのよ。」
妹を心配する姉ってなんかいいな……。
って俺のせいでクレアが連絡出来ずに、ナナはここまで来たんだよな……。
改めて思うと、なんか申し訳ない気がする。
「ねぇさん、ごめんなさい……。」
「謝らなくてもクレアが無事だったから、それでいいよ。」
ナナは今日一番の笑顔を見せる。
やっぱり笑ってる方が、泣いている時よりもナナらしいと思った。
「それでね、クレアの気配を辿ってきたら、一番気配が濃かったこの場所に辿り着いたのよ。」
「じゃぁ、なんで俺に切りかかってきたんだ?」
「それは上半身裸で怪しい奴がクレアと一緒にいたら敵だって認識するでしょ……。」
そういう事か……。
今更ながらクレアに服を貸していて、上半身に何も着ていない事に気が付く。
こういう上半身を見せる冒険者は居ないわけではないが、大体は筋肉質でがたいがいい……。
思い出したくもないが、ナナの父親のストロガーヌもその一人だったりする。
自分の体を改めてみると、その辺の村人と同じぐらいのペラペラな肉体だな……。
ナナがペラペラな肉体の俺の胸に埋まっていたことに、正直なところ男として恥ずかしさが込み上げてきた。
「それで……なんでトモキ兄ちゃんはクレアと一緒に行動してるの?」
ナナは持っていたコップを机の上に置くと、こちら側にも質問を投げかけてきた。
「私はこの人に助けてもらったのよ。」
「いや……元を正せば俺の不注意が原因で、クレアは敵に捕まってしまったんだ。助けに行くのは当然だろ。」
俺達はナナに彼女がジョーカーに捕まってしまい、助け出すまでの経緯を一部始終話しをする。
話を聞いて妙に納得しているナナは、頷きながら俺に言葉をかけた。
「おぉ~。流石!トモキ兄ちゃんって感じだね!やっぱり『勇者様』はやる事の格が違うよね♪」
「あっ……。」
俺は開いた口が塞がらなくなった。
ナナが俺の過去の言ってはいけない単語を口走った気がする……。
と言うよりも、まだ俺の事を勇者だと思っている事にも驚かされた。
「勇者って……どういう事よ?」
流石に言い逃れもできない状況で、俺にクレアが疑問を突き立ててきた。