救出へ
―――その場所は最終決戦の最中―――
―――禍々しい戦火に包まれて―――
―――俺はアリシアの手を掴もうとする事が出来なかった―――
―――彼女はゆっくりと崖から落ちていき―――
―――業火の中へと吸い込まれていく―――
―――
……
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
一気に夢から現実へと引き戻され、俺は悲鳴を上げながら起床する。
お酒の力を借りて完全に記憶を消さないと、このような悪夢が毎日襲い掛かって来ていた。
久しぶりに見る夢。
もう……見たくない夢。
くしゃくしゃになった脳内を整えるべく、息が上がっていた自分におちつけと念を唱える。
次第に呼吸は穏やかな波長へと変わり深呼吸へと変わっていった。
物事を落ち着いて考えられるようになって、自分を客観視するように掌を見つめる。
全身に大量の汗をかいて、衣類がぐっしょりと濡れていた。
「お?やっと起きたか……」
少し離れた場所から、声が聞こえてくる。
声がする方へ目を向けると、酒場の店主が椅子に腰をかけて本を読んでいた。
こちらには興味が無さそうに、ページをめくりながら語り出す。
「店の前で血まみれで倒れてたから、他の村人に迷惑がかかると思ってな……面倒だったが店の中まで運んでやったぞ。一応、生きてるみたいだったから応急処置だけはしておいてやった。ちゃんと感謝しろよ」
店主の話を聞き、胸に意識を集中させると痛みが生じる。
「痛ッ……そうか、俺はあの時に刺されて……」
「よくそんな怪我して、生きてたもんだな」
胸を刺されたぐらいで死ぬような体なら、過去に幾度と殺されたりしている。
肉体を細切れにされても、触手に脳細胞をぐちゃぐちゃにされたりしても、死ぬ事が許されなかった俺の体は、胸を貫かれたぐらいでは一般人の擦り傷程度みたいなものだ。
だけど、ちゃんと痛みは激痛として生じているので、慣れるはずもなく恐怖だけは尋常じゃない程に溜まっている……。
思い出しただけでもゾッとしてしまう。
それ以上に悪夢の事の方が、激痛よりも辛い事なんだが……。
その事が頭によぎった時、唐突に彼女の存在を思い出した。
「マスタ-!あの子!クレアは、いないのか!?」
「クレア?……あぁ、もしかしてあのフードを被った金貨くれたお客様の名前か?」
店主は名前を知らないのだから、当然の反応か。
「お前が外で倒れていた横に彼女が背負ってた剣とローブだけが落ちてたから、もしかすると魔物に連れ去られたのかもしれないな」
段々と朦朧としていた記憶の断片が蘇ってくる。
俺を庇ってジョーカーの言いなりとなり、そのままどこかへ連れて行かれたのか。
何か彼女が持っている情報を引き出そうとしていたはず……。
情報を引き出すまでは、すぐには殺される事もないだろうが……。
拷問などされている可能性がある。
俺の不覚のせいで連れ去られた事は明白。
また、俺のせいで……。
いや、助からないと決まった訳じゃない……。
だから、助けにいかないと。
「マスター……」
俺は神妙な面持ちで、店主に声をかけた。
「ここらへんで魔物が一番多く存在して活性化している場所って何処にあるかわかるか?」
店主は本を閉じて、落ち着いた表情を歪めながらゆっくりと喋りだした。
「お前、まさか助けに行こうとか言うんじゃないだろうな?」
「あぁ」
俺は力強く頷いた。
店主は俺の返答に対して深いため息をつき、手を左右にゆっくり2度仰ぐ。
「やめとけやめとけ……いくら元冒険者とはいえど、外で敵に倒されてぶっ倒れてた奴に勝機があるとは思えん。それに……その重傷では、どっちにしろ死にに行くようなもんだろ」
店主は意外にも俺を心配してくれているらしい。
「お前は俺の大切なお客様だ。確かにウザいと思った事は多々あるが、死ねとまでは思ってはいない。だから、易々と死なせるわけにはいかないよ……」
確かに俺が刺された経緯を見ていない店主に心配させている事は間違いではない。
でも……俺はまだ実力の半分も出していない結果の話であり、戦いを避けて彼女に戦闘を任せようと油断した結果の不覚である。
しかし……店主の口から俺の安否を労う声が聴けるとは、なんだか背中がむず痒い気がするな。
「じゃぁ、俺が実力があるって証拠を見せてやるよ」
俺は手を前に出して、魔法を唱える準備をする。
「お、おい……まさか!俺を倒して実証するとか言いだすんじゃないだろうな!」
「まさか……。でもそれがお望みなら実行してもいいけど?」
俺はちょっとした冗談のつもりで言ったつもりが、店主は酷く怯えていた。
すぐに冗談とわかる事だろうから、誤解を解かぬまま魔法詠唱を唱えて始めよう。
『地上に存在するすべての生命の灯の中に存在する聖霊よ……今ここに力を震わす事を願う……』
俺は回復系魔法発動条件をスムーズに読み上げる。
初期起動が成功して、俺の周囲が光りだした。
回復系魔法は熟練度を溜めておらず、他の属性魔法の様に省略する事が出来ない。
かつての仲間をヒーラー役として任せっぱなしだった事が省略出来ない原因だが、前線に立つ者にはあまり必要がない魔法なので仕方がない。
店主は俺が魔法を使える事を予測していなかったらしく、開いた口が塞がっていない。
今から使う魔法は一般の人なら一生のうちに1度もお目にかかれないぐらいの上級魔法の更に上の魔法だ。
別に上級魔法でもよかったのだが、これぐらいの事をすれば確実に信じてもらえるだろう。
この異世界上で神級魔法を使えるのは俺ぐらいなもんだからな。
店主よ……目に焼き付ける様に見ときやがれ。
『……我の前へ顕現せよ……ウィル・オ・ウィスプ!!』
目も空けられない程の眩い光が、昼間の明かりを侵食しつくす。
「うわぁぁ!!眩しい!!!」
椅子に座っていた店主が、あまりの凄まじさに床に転び落ちる。
太陽を直接見るぐらいの発光だ、直視は出来ないだろうな。
実は……俺も例外ではなく……すごく眩しい……。
「おい!ウィル!ちょっと明かりを落とせ!」
俺は姿を現したウィル・オ・ウィスプを『ウィル』と呼んで命令する。
「あれれ?トモキ殿。魔力が鈍っているのではありませんか?」
周囲の光が治まっていくと同時に、綺麗な高音域の声が俺の名前を呼んだ。
この異世界ではウィルみたいな聖霊の力を借りて魔法を発動させる仕組みとなっている。
他にも火の聖霊『サラマンダー』水の聖霊『ウィンディーネ』雷の聖霊『ヴォルト』など様々な種類が存在しており、その聖霊達に自分の魔力を献上する事によって、その聖霊特有の属性魔力を一時的に授かる事が出来る。
そして、一時的に取り込んだ属性魔力を自分なりのアレンジを加えて放出させる事により、各属性の魔法を発現させられる様になる。
それがこの世界での一般的な魔法の使用方法だ。
しかし、俺は根本的にこの世界の理に反する魔法の使い方をしている。
本来の仕様ならば人と聖霊との間に、間接的に接触するパイプラインが繋がっている。
その線を辿り意思疎通させる事によって、人は魔法という奇跡を発現させるものなのだ。
だが……俺は最初っから聖霊を所有している状態にある。
だから、他の人にあるパイプラインがない状態で、直接聖霊と交渉して魔法を発現させる事ができるのだ。
厳密にいえば……所有していた状態で異世界へと召喚されたわけだが……。
何故、所有状態で召喚された?と聞かれると、そうなるように俺が設定したと言い切ろう。
直接聖霊を所有しているから魔力が必要ないのではと思う人も多いと思うが、まったく魔力を使わないわけではない。
むしろ所有してる分、威力も増大だが魔力もそれだけ分余計に等価交換しなければならない……。
ちゃんと血のにじむ努力をして、魔力量や器を増幅させた結果、強力な魔法を発現できるようになったのだ。
そして、聖霊を所有している特権として、聖霊を具現化させる事が出来る。
莫大な魔力を必要としているが、俺の魔力量ならば3回ぐらいは簡単に召喚することが可能なのであろう。
ゆえに神級魔法……もとい召喚魔法は、俺だけに許された固有魔法だと言う事だ。
「鈍っている訳じゃない……召喚にブランクがあるんだから、コントロールが不安定なんだよ……」
「似たようなものでは?」
直視は出来ないが先ほどより眩しくなくなったウィルが、俺の回答に鋭い突っ込みを入れてくる。
見える様になったとは言えど、ただの光の玉が浮遊してるだけの何ら面白みのない光の聖霊である。
店主は喋る俺の魔法を見て、ただただ怯えて震えていた。
「う、うるさいな!余計なお世話だ!」
「して……トモキ殿。久しぶりにこちらの世界へ来ましたが、何用でございましょうか?」
「あ、あぁ……そうだったな。早速だが俺の胸の傷を完治させてくれ。」
俺は包帯で巻かれていた胸の傷跡をあらわにした。
うわっ!自分で見ただけでもゾッとするような傷口だよ……。
ウィルは浮遊感を出しながら八の字に飛び回り即答した。
「仰せのままに……」
ウィルの発光が一時的に強くなる。
そのまま俺の傷口まで近づいて、カメラのフラッシュのような閃光が輝く。
俺も店主も一瞬だけ瞳を開けることが困難となり、次に瞼を開いた時には目の中に残像だけを残しウィルは姿を消していた。
俺は自分の体が痛くない事を確認すると店主に話しかける。
「これで証拠になるだろ?」
傷口は完治して、傷跡さえ跡形もなく消えている。
店主は次々と起こる現象に、忙しそうに表情を変えていた。
「ほ、本当に殺されるかと思ったぞ……」
「すまん……あそこまで驚かれるとは思ってなくてな」
俺は倒れてる店主に向かって、手を差し伸ばした。
少しだけ後味が悪い気もするが、店主ならわかってくれるだろう。
「流石の俺でも恩を仇で返すような真似ができるほど落ちぶれた奴じゃないぞ……」
店主は冗談を冗談だと思えないような引きつった顔をしていた。
さっきの現象を見せられれば、無理もない反応か……。
店主は俺の手を取り立ち上がって、埃を払う動作をしながら疑問を投げかけてくる。
「それで……さっきの光の玉は何だったんだ?ただの回復魔法とは違う様だったが……」
「あぁ、あれは、聖霊だ。」
「……」
3秒ほど沈黙が訪れる。
店主の思考が動き出した。
「お、おいおい……さっきの冗談で冗談は終わりにしてくれないか?」
聖霊召喚自体が冗談に聞こえるぐらい、ありえない事だったようで、本当に冗談に聞こえているらしい。
「冗談ではないんだが……」
「それが仮に冗談じゃなくとしても、この世界の魔法の基礎となる聖霊を意図も簡単に召喚されたとなっては、どう説明されても信じられないぞ……。稀に奇跡的に近い事象が起こった時のみだけ出現する聖霊なのだから、ほとんどの者が見たこともない聖霊を今この場所で信じろと言うのもおかしな話じゃないか?」
ごもっともな意見をありがとう。
ウィルに傷を治してもらう前に、先に聖霊本体だと名乗ってもらっていればよかったと後悔した。
2回目の召喚をすればいいのだが、俺の魔力量が高いと言っても、今から戦闘に行くのに無駄遣いは禁物である。
店主は渋々といった表情をみせて喋り出した。
「でも……傷口が完全に治ってるいるのも事実。実力があるって事は認めるが、一度破れた相手に勝算はあるのか?」
「勝算なんて考えていない……。だけど……勝てる自信はある」
俺は熱い眼差しで店主を見つめた。
彼は半分諦めた感じのやれやれといった顔をして、仕方なさそうに折れてくれた。
「わかったよ。仮に俺が情報を提供しなくても、手当たり次第に探しに行くんだろ?そんな効率の悪いことしても日が暮れるだけだしな……。仕方ないから教えてやるよ……。この村の南西にある、ショショ洞窟からよく魔物が出入りしているって村の人達が言ってたぜ」
あの洞窟か……。
確かその洞窟は俺がこの世界に来て間もない頃に、メインストーリーのフラグを立てるために必要だったキーアイテムを入手しに行った場所だ。
洞窟内は単純なつくりの割に、入り組んだ地形になっていて隠れ家にするには持ってこいな場所なのであろう。
「わかった。教えてくれてありがとな!早速今から向かう事にする」
俺はクレアが装備していたツーハンドソードを手に持った。
「これをもっていけ」
店主は机の下から丈夫な革とツルで作られている布を、こちらに見せて放り投げてきた。
「何だこれ?」
「その大きい剣の鞘代わりになるだろ。ちょっとツルを調整すれば背中に背負える様になるはずだ。両手が使えれば何かと不便だろ?」
これは有難い。
刃先が見えてる状態で、この長い剣を持っていると不恰好に見えてしまう。
仮でも鞘さえあれば剣を持たずにすみ、動きも良くなるし戦闘効率もアップするからな。
俺は早速、ツルの調整を始める。
店主は鼻の上を掻いて喋り出した。
「正直なところ、あの子の安否は気になる。俺の作ったエールを旨いと言ってくれたのだから、また落ち着いた時にでも飲みにきて欲しいからな」
その言葉を聞いた俺は、ツルをキュッとしめて気合を入れる。
「必ず助け出してやるよ」
「あぁ……気を付けていってこい」
俺は剣をそのまま背中の仮鞘に収めると、ショショ洞窟へ行くために店のドアを開けた。