同じ魔法
店内は突然の爆発の影響を受けて、燃え盛る業火で埋め尽くされた。
俺は何とかしなければと必死に考えを巡らせていた。
頭痛で予知した事は身構えるきっかけとはなったが、咄嗟に判断する事には誰しもが数秒間の時間は有するであろう。
その間に炎は瞬く間に店内を覆いつくす。
1テンポ遅れた頃に、俺はようやく魔法詠唱を始めた。
『〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇』
その言葉を言い放った瞬間に、俺以外のすべての色が反転し、すべての物が停止状態となる。
そういえば何度か時間停止の魔法を使った事があるが、いまだに唱えている単語が自分の頭では理解できない。
日本語以外の何かの言葉と言われれば、英語でもフランス語でもどの国の言葉にも当てはまらない言葉だ。
異世界語なのか?でもベースは日本語を使ってこの世界を構築している為、言葉はすべて日本語だからその説も薄い気がする。
今は考えても仕方がない事か……。
一旦俺は思った疑問を頭の奥に片付けて、静止している時の中で店内の状況を落ち着いて見渡した。
クレアが店主を庇っている形で炎が蔓延している中、必死にもがいている様子が見て取れる。
「もう少し早く時を止められていたら……」
俺は少し苦しそうにしている2人に申し訳なさそうに呟いた。
だけど咄嗟の判断とは言えど時間を止めた事は、少し遅れたものの最善の選択だったはずだ。
この状況をゆっくりとより鮮明により詳しく検証する事も可能である。
まずは2人を救出する方法を考えよう。
爆発が起こった瞬間にクレアは一度俺と合わせた後、店主の方へ瞬時に移動していた。
炎の威力は最初から驚異的な威力だった為、店主から助けるのは合理的と言える。
でなければ昔冒険者だったとは言え、引退した店主にはこの業火を耐え抜く事は荷が重すぎるであろう。
恐らく魔力が威力を上げているので、この炎の威力は桁外れの物となっている。
「だとすると、普通の初級魔法では歯が立たないか」
時を止めている間は重複して魔法を使用する事が出来ない。
なので、時を動かした後の行動が重要視されてくる。
「安易に水属性の上級魔法を使用しても消火出来ない可能性があるな。それだったら氷属性の上級魔法を使用して瞬間冷凍してしまった方が確実に消化できるか」
凍らせた後は直ぐに解凍作業をして、すぐに回復系魔法を使えば大丈夫だろう。
もう少し時を止める判断が早ければ他の方法もあっただろうな。
俺は少し後悔の念を抱きながら、次に考えるべく事を考え始める。
「2人を助け出す算段は付いたから、次は実行犯の確認だ。時を止めてるんだから実行犯は必ず外にいるはず」
俺はそう呟くと外の気配を探る事にした。
時は止まっているが魔力の流れは微弱ながら感知する事ができる。
その魔力の先に店を火に包んだ実行犯が必ずいるはずだ!
出入口は爆発の影響で扉が壊れており、俺はそこから火を避けるようにして外へ出た。
魔力の流れを追跡すると、左の方角から流れてきていると分かる。
「どんな顔か拝ませてもらうぞ!」
と意気込んで発言をしたのだが。
その先には人も魔物も人っ子一人として誰の存在も確認できなかった。
魔法を発動してからすぐに別の場所に移動したのか?
周囲を見渡すが誰の姿も確認できない。
いくらなんでも俺の時を止める魔法が数秒遅れたとしても、その場を直ぐに移動したとして肉眼で確認できない場所に移動する事は不可能だ。
だったら何故この発動場所に誰もいないのか。
俺は不審に思いながら少し警戒心を強めて、額から汗が頬へと流れ落ちる瞬間。
上空から不穏な空気が流れてきている事に気付く。
俺は咄嗟に体を捻りながらバックステップを取った。
それと同時に自分が元居た場所へ、刃物を振り下ろしている人物がそこに立っていた。
後ろに飛んだ反動でよろめきながら体制を整えると、ショートソードを持っている奴の方を凝視する。
上手く陰に隠れているので、こちらからは顔が確認できなかった。
ん?そういえば……何故この男は時を止めた世界で動けているんだ?
俺の頭に疑問が浮かび緊張感が高まる中、先に奴がこちらに話しかけてくる。
「気配を完全に消していたのに、不意打ちを見事によけられましたね」
「不自然に気配が消えてれば、誰だって気付くだろ」
男の声は聞いた事が無い丁寧な口調だった。恐らく一度も面識がない新手だと思われる。
俺はより一層に警戒心を強めて、彼の事を少し探ってみよう。
「お前が店に火をつけたのか?」
何気ない一言を呟き、彼の回答を待つ。
彼は少し悩んだ様子を見せてから、平然を装い言葉を発した。
「あぁ、私が火をつけましたよ」
やはりこいつが実行犯か!少し怒りが込み上げてきたが、今はまだ冷静を繕って次の質問に移行をする。
「一体、何が目的だ?」
「おやおや?すみませんが極秘任務の為、目的は答えられないのですよ」
口が堅い奴め。そう簡単に教えてもらえないか……勢いだけで言ってくれたら有難かったのだがな。
一拍ぐらい開いた後に、彼はもう一度喋りだした。
「それにしても、まさか私と同じように時を止める魔法を使える人が居るなんて予想外でしたよ」
今なんて言った?同じ魔法を使えるだと?
俺はその言葉を聞いて驚愕した。その隙をつかれて、男はショートソードをノーモーションで突いてくる。
こっちは武器を持ってないんだぞ!と思いながら連続して突き攻撃を紙一重でかわした。
俺が必死に避けている間も、彼は言葉を器用に発していた。
「あのまま全員焼死してくれれば、こちらとしては楽だったんですけどね」
「それが、目的か?」
「極秘ですので答えられません」
半分答えてるじゃないか!と思いつつ俺は必死に彼の攻撃を避け続ける。
このままだと、埒が明かない……ならば!
俺は奴の隙を見計らいつつ、懐に入ろうとタイミングを合わす。
冷静に攻撃パターンを見極めて、奴の行動パターンをしっかりと頭で整理した。
すると3撃目の後の攻撃が手薄になるところがある事に気が付く。
心の中で数を数えて3になった瞬間に俺は前へ一歩踏み出した。
「ここだ!」
「なにっ!」
俺が敵の懐に入ると偶然にも光の加減で、彼の顔を認識する事ができた。
少しだけ予感はしていたが、やはり間違いではない!
コイツはピッチ山で俺とクレアが盗賊との混戦中に、1人だけ下山していた特徴的な顔立ちの男だったのである。




