行きつけの酒場
クレアが後で話を店内でするよと言われて、俺は促されるまま店内へと扉をくぐった。
まだ若干目潰しされた目が痛いが、軽いスキンシップだと言われ押し通される。
その事もありモヤっとした気分があったが、一瞬で不快感が消え去る事となった。
酒場の中へと足を踏み入れると周囲を見渡して唖然とさせられながら言葉が漏れる。
「こ、ここはどこだ……」
それもそのはず、俺が知っている店内の雰囲気とは、まったく違った別の光景だったからである。
俺はクレアに促されるままカウンター席まで案内されて、浮いた気持ちと共に一旦椅子に腰を下ろした。
そのまま流れる様にしてクレアに話しかけようとしたが、彼女はそそくさとカウンターの奥へと移動している。
仕方がないのでカウンター越しの店主へと先に話しをする事にした。
「マスター、これはどういう事なんだ?」
「どうとは?」
カウンター越しの店主はいつも通りのクールを装った表情を見せながら、グラスを磨きながら質問に回答を重ねている。
「どうって!俺以外の客がいるじゃないか!」
「商いをやっているんだ、これが普通の事だろ?」
思ったより大きな声が出てしまい、他の席に座っている客が不振そうにこちらをチラ見している。
それに対して店主は落ち着いて返答を返し、他のお客に対して目線だけで謝罪をしていた。
少し声のトーンを落としながら、俺は店主の言葉に回答をする。
「そりゃ、普通な事だとは重々承知しているよ!俺が聞きたいのは、今まで俺しか客が居なかった店がどうしてこんなにも繁盛してるんだって事だ!」
俺の言葉を聞いた店主は2~3秒考えた後に喋りだす。
「それで、ご注文は?」
「いつものを頼む……って違う!」
俺は店主の言葉に思わず普通の常連客としての流れでエールを注文してしまい、ノリで店主に突っ込みを入れてしまった。
店主はそのノリ突っ込みを待っていたと言わんばかりに、鼻で笑いつつ次の行動へと移す。
「クレアちゃん、エールお願い」
「はーい」
カウンターの奥から他のお客を接客していたクレアが返事を返す。
「俺の質問は無視かよ!」
「そう焦るな。理由はすぐにわかるよ」
どういう意味だ?仕方がないので真相がわからないが、店主の言う事を信じて今は待つ事にしよう。
店主の作るエールが劇的に変わったとかそういう意味合いなのだろうか?
しばらくすると、クレアはいつもと何の変わりのないエールを運んできた。
商品の見た目はそのままだけど、味が進化したのか?
そんな事を考えながら少し期待をしつつお酒を待った。
「はい……エールお待たせ。前みたいに飲み過ぎないようにね」
クレアはそう言うと俺の後方の脇からカウンターテーブルへとエールを静かに置いた。
ぷにゅっ……。
ん?なんだこの背中の違和感。この感触は……。
それにこのいい香りは、以前にも体験した事のある香りだ。確かクレアと初めて会った時の香り。
なんだかこの感覚をもう一度味わいたいと、俺の脳内が激しく電撃を流すように訴えかけてきている。
どうすれば、もう一度この感触を味わえる?どうすればいい。
その時、他のお客からエールのおかわりの注文がなされる。
俺は自分の目の前のエールの入ったグラスを握りしめると、おかわりをしたお客の動向を目で追った。
「お待たせしました。おかわりのエールになります」
ぷにゅっ……。
俺と同じようにクレアはそのお客の脇からテーブルにエールを置いている。
それと同時にお客の顔色が少し赤く朗らかな顔になった事も見逃さなかった。
まさか!店主よ!これが真相だと言うのか!俺はそう思いながら店主へと目線で訴えかける。
「ようやくわかったようだな」
店主はクールな表情と合わせて自慢げな顔をして呟き、グラス磨きを更に念入りにおこなっていた。
そりゃ2週間たらずココへ来ていなくても、急に客も増えるわけだ。
だって、あのクレアの容姿で娼館のメイド服を着て接客されたら、男なら誰だってこの店に来たくなるもんだろうよ。
しかも本人は気づいていないのだろうが、テーブルに物を置くときに必ずと言っていい程、あの豊満な胸がどこかしろ自分の体に当たるのだ。
女性特有のいい香りまで上乗せして、興奮は相乗効果により急上昇する。
銅貨3枚でお酒が飲めて、しかも女の子に少しだが奉仕してもらえるのだ……ただの天国じゃないか!
でも、よくよく考えるとクレアは何故あの衣装を着て酒場で働いているんだ?
あの時は着る物が無く仕方なく恥じらいながら着ていたはずなのに。
くそっ!今は考えるよりクレアの豊満な胸しか頭に思い浮かばない!
それならばあの感触をもう一度味わいたい!そう思うといてもたってもいられなくなり、俺は持っていたグラスを一気に口へと傾ける。
自分の喉にエールが通る音が妙に店内を響き渡り、どこかのテレビCMかと思わせるように爽快に飲み干した後、そのままグラスを音を立ててテーブルへと置いて一言。
「おかわりだ!」
「卑しい奴め……もう少しゆっくり味わって飲めよ!」
そういうと店主はそれを予想していたらしく、自分が入れたエールをカウンター越しに俺へ差し出してくる。
「おい!俺はクレアに持ってきてもらいたくて頼んだんだが?」
「それだったらもっと味わって飲め!クレアちゃんも今は接客中だ!」
いつもの事だが、また口喧嘩が始まってしまった。
まだそこまで泥酔していないのに、喧嘩が始まるのも珍しい話だな。
「じゃぁ!これも一気に飲み干して!」
「あっ!ちょっと待って!」
店主が俺を止めようとする前に、先にクレアが俺の一気飲みを阻止してきた。
彼女に言われた事の効果は絶大で、俺はグラスを口へ傾ける前に制止してしまう。
「後で相談したい事があるのよ。ここで働いてる事とか、このメイド服の事とか。だから、あまり飲み過ぎないようにしてほしいの」
それは俺に悪夢を見ろと言っているような物じゃないか。
ここ最近見ていないと言えば本当の話だが、それは自分が2週間寝ていただけであって、またいつ襲ってくるか不安で不安で仕方がない。
俺は少し不安そうな顔をしてクレアの顔を見たが、彼女もまた不安そうな顔を浮かべていた。
しばらく2人で見つめあっていたが、俺は根負けしてしまう。
「わかったよ。意識が保てる程度に飲むわ」
「うん。なんかごめんね」
俺はクレアの謝罪を軽く流しながら、持っているグラスを少し傾けて味わう様に口へ含んだ。
今日は最悪ずっと起きていればいい話だし、もしかしたら悪夢もみない可能性も否定できない訳じゃない。
もう了承してしまった事だ。後の事はその場の成り行きに任せよう。
ん?そういえば……。口の中でエールを転がすように飲んでいると思わず小声で言葉を呟いた。
「美味いじゃん」
「ん?何か言ったか?」
「いや、何でもない」
店主は不思議そうな顔をしながら首をかしげて、しばらくすると自分の仕事に戻る。
そんなこんなの出来事があり、夜も更けて店は今日の営業を終了したのであった。




