額の傷3
俺は集中して魔力を高めながら詠唱準備に取り掛かる。
『地上に存在するすべての生命の灯の中に存在する聖霊よ……今ここに力を震わす事を願う……』
初期起動は完璧だ。失敗する事が、まずありえない事なのだがな。
そういえば以前に使用した時に、これ以上使わないだろうと啖呵を切ったはずが、結局使用している事を思い出す。
色々巻き込まれてしまった分、これからもお世話になりそうだわ。
そうこう考えている内に、魔力量が増幅し安定した状態になる。
テンプレートを見ているように、俺はそのまま一気に魔力を放出させた。
『……我の前へ顕現せよ……ウィル・オ・ウィスプ!!』
目の前は魔法瓶に閉じ込めたフレイムボールの光を軽く塗り替える光を放ち、以前と変わらぬ輝きを俺達の目の中に届けてくれる。
やっぱ眩しいわ。
クレアもナナも目を手で覆い瞼を細めながら、空中にゆらゆらと漂うウィルを見つめている。
「……お呼びでしょうか、トモキ殿」
あれ?いつもの元気なウィルじゃ無い気がする。
高音域の声は健在だが召喚されてからのノリと声のテンションが落ち込んでるように聞こえた。
理由は後だ!まずはクレアの事を聞いて俺の腕を再生させてもらおう。
順序を間違えるとクレアの事を聞けずに、すぐに消えてしまうからな。
「ウィルに聞きたい事がある」
「して……その内容とは?」
やはりいつものウィルじゃないような喋り方だ。これでは俺の調子も狂ってしまうじゃないか。
「あ、あぁ。以前にクレアの傷を完治させてもらった件なんだが、額の傷だけ残っているみたいなんだ」
ウィルは無言のままゆらりと空中を滑空して、クレアの額を見に行く。
クレアは眩しそうに瞼を閉じた。
しばらく確認するように近くを左右に動くと、答えが出たように俺の方向へ戻ってくる。
「これは……」
ただ俺の目の前に光の玉が漂っているだけで表情などわかるはずもないのに、何故だろうか門左衛門戦でルナが見せた表情と瓜二つの感情を自分に向けている気がする。
俺はその感覚に息をのんだ。
しばらくしてからウィルは慎重に言葉を選びながら語りだす。
「ルナから情報は聞いていて、我々聖霊達も困惑を隠しきれていない事をご理解ください……」
「わかった」
何かただならぬ空気を感じ取ったようで、クレアとナナも固唾を呑んでいた。
「私の魔法でクレア様の額の傷が治らなかった正体は『エラー』によるものです」
「ルナが最後に残した言葉と同じ原因か」
「そうです。あの後こちら側の世界へ帰ってきたルナが凄く怯えている事に驚きました」
こっちの世界でも違和感しか残らない消え方をしたから無理もないか。
俺は更に真剣な顔をしてこの後のウィルによる話に耳を傾けた。
「トモキ殿が我々聖霊を生み出してくれた事は覆りようのない事実です。どのような事が起ろうとも大抵は我々に被害が及ぶ事はありません。しかし、その予想を超えた遥か先の不測の事態に陥りました」
「それがエラーだと」
俺の言葉にウィルは頷くように、浮遊している体を上下に動かした。
「その後にルナが落ち着いて我々に話をしてくれたのは、トモキ殿が目覚める2日前の事です。ルナが重い口を開いて語ってくれました。トモキ殿が構成された設定なら、ルナが持つ絶対効力のある魔力が優勢に働くはずでした。しかし、その魔力が跳ね返された……その正体こそがエラーだと言っていました」
俺は頭の中で整理しながら聞いていたつもりだが、ウィルの話に自分自身もついていけない部分がある。
結局エラーとは何なんだ……確かに俺が作った魔法はこの世界には絶対効力だったはず。
それがどうして?
その答えを導き出すように、ウィルは話を再開した。
「エラーの正体はプログラム上に発生しているバグです」
「バグ?待て待て!ここは俺が完成された世界の中だろ?」
俺の言葉は思いのほか大きく出てしまい、クレアとナナがびっくりしている。
状況を判断して我に返ると、咳払いをしてウィルに落ち着いて問い掛けた。
「じゃぁ、どうしてバグが発生しているんだ?」
「そうですね……我々にも詳細は分かりません。しかしですね……」
ウィルは含みのある言い方をして、次の言葉を紡ぎだした。
「エラーコードの正体は、普通ならこの世界に存在していないオブジェクトが何らかの理由で出会って干渉し、それによって引き起る物だと言う事だけは分かっています」
俺はその言葉を聞いてある事を思い出した。
門左衛門と戦っているときに俺以外の【創造者】がいると言う仮説。
今から思う事も仮説の範囲内になってしまうのだが……もしも、その【創造者】がこの世界と相反する世界の設定を持っていたとするならば、門左衛門にルナがフルムーンドロップを使いキャンセルされた事も、門左衛門にかけた魔法が影響してエラーが発生したと判断が出来るはず……。
それにクレアの額の傷と門左衛門との拒否反応の正体も何となくだが理解が出来る。
自分の中で一通り整理をつけて、頭の中で今後の方針について少し考えてみた。
もし、そいつがナナを陥れた元凶だったと思うと、非常に腹が立ってきた。許せん……。
Xキャリバーの情報もそうだが、見つけたら程度にしか思っていなかった元凶の奴を確実に探しに行くことも視野に入れよう。
俺は数秒間考えた後に言葉を発した。
「ある程度の事は理解した。ありがとな!」
ウィルは表情こそ読めないが、空中で八の字を描きふわふわと少し喜んでいる感じで飛びまわっていた。
しばらくするとピタッと静止して、ウィルは言葉を発する。
「して……トモキ殿……ご用件を……」
エラーの事に気を取られていて、本来の使い方を完全に忘れていた。
俺は慌てながら右腕を前へ出して、ウィルに治療してほしいと頼んだ。




