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バッドエンドのその先に  作者: つよけん
序章「リスタート」
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ゴブリン戦

 俺が店の外に出るや否や、ドス黒い血飛沫が宙を舞っていた。

 3匹いた中の2匹のゴブリンの頭が、地面へと無雑作に転がっている。

 まだ意識があるようで眼球が無造作にグルグルと回り、ひっきりなしに口がバクバクと無言の訴えを語っていた。

 ピクピクと動くたびに、大量の血が流れ出している。


「ヨグモ、俺ノ、部下ヲ!」


 喋れるゴブリンが怒りをあらわにしていた。

 その目の前でフードの女はローブをなびかせながら、剣に付いた血を払拭する為に勢いよく振り払った。

 その際の勢いでローブがはだけ落ちて、神々しい鎧と美しく整った横顔が目に飛び込んでくる。


「なっ!ま、まさか……そんなはずは……」


 フードを被っていた女の顔を見て、思わず声が漏れた。

 彼女が可愛すぎるからとかではない。

 彼女を見た瞬間に、自分の心の底に閉ざされていた感情の一部が、心音上昇と共に表に溢れ出てくる。

 記憶を失うまで飲まないと、いつも出てくる悪夢の登場人物と似ていたのだ。

 いやでも……顔立ちや雰囲気は似ているだけで、よくよく見ると全然違う気もする。

 悪夢に出てくる子は髪がサラサラでフワフワ髪のロングヘア。色は濃いピンク色をしている。

 対してこの子は銀髪のショートヘア。左側の髪を耳の前で結っていて、額には傷跡があった。

 よくよく見ると髪の先端に少しだけピンク色が混ざっているようだ。

 店の中での面識しか持っていないが、性格的には好戦的な方だとあの状況から見て何となくだが推測は出来る。

 一方で悪夢の子は控えめで大人しい性格である。

 だからこそ、似ても似つかないと思わざるをえない。

 やはり人違いであろう……。

 そう……思いたい……。

 そう思わなければ、納得ができない。


「私とちゃんとイイコト出来たでしょ♪お間抜けさん♪」


 彼女は余裕の表情を浮かべて、ゴブリンを挑発していた。

 2匹のゴブリンの首をはねた現場は見ていないが、この子の実力は確かなものであろう。

 武器と状況から見るに職業は魔法剣士。

 非力な腕で巨大なツーハンドソードを片手で持っているあたり、筋力系強化魔法を使っていると思う。

 普通はゴリゴリの筋肉質の人が両手持ちで使用する上級者向けの武器だ……。

 常時強化魔法を発動している状態だと推測できるので、魔力量はかなり大きい物をもっているに違いない。

 レベルは俺に劣るであろうが、かなり高レベルなのは間違いないだろう。

 そんな事を頭で勝手に解説している間に、戦況はすぐに動き出した。

 彼女の挑発にのった喋れるゴブリンは、腰に備え付けてあった棍棒を手に取ると彼女の元へと真っ直ぐ襲い掛かっていく。

 お手並み拝見といったところか。

 二人の距離は瞬く間に近づいていった。


「遅い!!」


 先に動いたのは彼女の方だった。

 ツーハンドソードのリーチの長さを利用して、剣を上から豪快に振り下ろした。


「グギャァァ」


 あっけなく喋れるゴブリンは、棍棒ごと首から股にかけて真っ二つに切断された。

 苦戦するようなら助け舟を出してやっても良いと考えていたが、一人でも十分だと醸し出した自信も頷ける。

 ならば……あの違和感のある激しい頭痛の映像は、いったいなんだったのかと疑問だけが残った。

 俺の思い間違いだけならいいのだが、まだ安心するのには早いであろう……。

 敵を倒した彼女はツーハンドソードを背中に器用に収めて、こちらへ気付き喋り出した。


「あら?わざわざ手伝いに出て来てくれたの?でももう終わったし、助ける必要もなかったでしょ?」

「あ、あぁ……そうだな」


 俺は頭痛の件や顔がそっくりな件などの考え事に意識を取られてしまい、彼女を無意識的に呆然と凝視していて返事をおろそかにしてしまう。

 彼女は俺の不自然な回答に疑問を持ったらしい。


「私の顔をマジマジとみて、何かついてるの?」

「あっ、いや……別に……」


 俺はあからさまに目を逸らした。

 ジッと彼女を見つめていた事に、今更ながら照れを感じてしまった。


「もしかして、私の活躍に見惚れちゃったとか?」

「なっ、そんなわけないだろ!」


 確かに戦闘に関しては見直した部分はあるが、見惚れるほどの物ではなかった。

 ただ……見れば見るほど悪夢の子に瓜二つである……。

 本気でその子に恋をしていたあの頃の思い出が少しだけ蘇ってきた……。


「えー。ほんとかなぁ?」


 彼女は意地悪そうなニコニコ顔で、こちらに近づいてくる。


「だ、大体……酒場で無視されてたのに、ただの下級モンスターであるゴブリンを倒したぐらいで、見惚れる訳もないだろ!」

「あ、あれは……」


 俺の素直じゃない感情が表に出てきてしまい、彼女の顔がよどんでいくのがわかった。


「だ、大体……貴方が酔った勢いで変な絡み方してくるから悪いんでしょ!」

「あれはだな……お前に美味しいエールの飲み方をレクチャーしてやろうとだな!」


 身体の酔いの方はほぼ醒めているのに、頭のアルコールが抜けきっていないみたいだ。

 別に好戦的になるつもりは無かったのに、心にも無い事を言ってしまう。


「あーもう!……無理にでも外に追いかけて来てくれた時は、ちょっとだけ見直してたのに……結局は文句を言いに来ただけなの?」

「そうだよ!お前がしっぽ巻いて俺に助けを求める事を願ってだな!」


 俺達の言い争いは、虚空の深い暗闇に包まれてゆく。

 いや待て……何かがおかしい……。

 俺は周囲で発生している違和感に気づいた。

 魔物が出たというのに、村中が異常なまでに静かすぎるのだ。

 夜はまだ更け切っていない。

 と言うことは、村人の一人や二人は気づいてもいいんじゃないか?

 誰も気がつかず、ましてや誰の気配さえも感じない……。

 極めつけは店の中にいるはずの店主の気配までもが消えている。

 違和感しか残らない異常な空間だという事。

 恐らく……魔力の結界が張られていて、その空間に入った者すべての気配を断っているらしい。

 その事に対して彼女は気づいているわけもなく、俺に対するイライラをぶつけながら睨みつけていた。

 考えられる事は一つしかない。

 敵がまだ近くに存在しているという事だ。

 俺は少し警戒する意味で、戦闘態勢をとる。


「え?なんですか?頭に血でも昇って、私に暴力でも振るうつもり?」


 彼女には悪いが、少しだけ勘違いをしていてもらおう……。

 変に悟られてしまうと敵が表に出てこない可能性がある事を考慮しての物だ。

 俺は躊躇なく魔力を拳へと溜めていく。


「え?ちょ、ちょっと……本気で……攻撃するわけじゃないよね?」


 彼女は俺の気迫で一歩後ずさる。

 別に本気で彼女を殴ろうとしているわけじゃないから、少しの間だけ我慢してくれよ。

 マジで殴ると殺気を立てた。

 本当に殴られると思った彼女は、もう一歩後ずさる。

 その時に一瞬だけ、何かの影が動いている事に気付く。

 俺はその方向へと、一気に拳を振りぬいた。


「ちょ、ちょっと!本気で殴る気なの!!」


 彼女は目を瞑る。

 俺の拳は彼女の頬をギリギリの所で逸れて、後ろの対象物へと渾身の一撃を放った。

 気配を消していたゴブリンが、俺に殴られた事で宙を舞い壁へ激突する。


「さてと……喧嘩している場合じゃなくなったな」


 今はあれこれ考えたり喧嘩してる場合じゃないと思い、俺は大きめに一呼吸おいて冷静になる事を心がけた。


「えっ?えっ?なんで……」


 彼女はかなり混乱して動揺していた。

 見ず知らずの男に殴られそうになったり、殴られると思ったらゴブリンを殴っていたりしたのだ……無理もない事だろう。


「おーい。もう殴らないから、落ち着けー」

「え?え?」


 彼女は瞳に涙を一雫だけ浮かべている。

 声をかけたが一向に混乱は拭えないままだった。

 このまま説明をしても、耳には情報が入ってこないであろう。

 それならば……と俺は急に思いたった様に、彼女の鼻をクイっとつまんでみる。


「ふぅぉっ……」

「どうだー?落ち着いたか?」

「お、落ち着く訳ないでしょ!」


 俺の手を払いのけて、しっかりとした口調で拒絶している。

 半強制的ではあったが、混乱している彼女を正気に戻すことに成功した……。

 ただ……流石にさっきより苛立ちは上昇しているのが見てとれる。


「よし!それだけ受け答えできれば十分だ!」

「そ、そう言う問題じゃないわよ!」


 彼女は腰に隠し持っていたナイフを手に持つと、それを目にも止まらぬ速さで俺の顔面へと勢いよく投げつけてきた。


「おまっ!ナイフは無理だって!!」


 しかし、そのナイフは俺の頬をギリギリの所でかすめていき、俺の背後に迫っていたゴブリンへと吸い込まれるように突き刺さった。

 ゴブリンは悲鳴を上げて、その場へと倒れこんだ。


「や、やるな……」

「これで、おあいこにしてあげるわ!」


 彼女は苛立ちを隠すように、俺からそっぽを向いた。

 俺がさっき恐怖させた事と同じ思いをさせるつもりだったらしい。

 頬が少しだけ切れてるのは、それだけで済ましてくれた優しさとして受け取っておくか……。

 意外と直ぐに冷静さを取り戻してくれてよかった。


「それで……この状況が何なのかわかってるなら、ちゃんと説明しなさいよ」

「あ、あぁ……そうだな。今倒したゴブリンはゴブリンシーフだと思う。生命力は弱いが、素早い動きと存在を消す事に特化したゴブリンだ」


 俺は彼女に先ほど気づいた周囲で発生している異常や結界について口頭で喋る。

 俺達で二匹ほど倒したが、まだ暗闇には数匹潜んでいると考えた。

 俺は再度、気を引き締める。


「油断するなよ」

「い、言われなくても最初っから油断してないわよ!」


 彼女もまた、気を引き締めた。

 さて……相手が暗闇に潜んでいて結界まで貼られてるとなると、容易には攻撃は出来ないな。

 かと言って気配を消せるとは言えども、姿さえ認識できればこちらからの攻撃は可能になるはずだ。

 ならば隠れる場所を強制的に排除してやればいい。


「まだ結構な数のゴブリンが隠れていると思うから、暗闇状態を無くす為に魔法を使うぞ」

「え?そんな魔法つかえるの!?」


 俺は拳に魔力を集中させた。

 みるみるうちに、掌に炎が舞い踊っている。

 その集めた炎がまとまっていき、球体に形を固定させた。

 頃合いを見計らい、気合を込めた言葉を言い放つ。


『詠唱省略!フレイムボール!!』


 俺は炎系の中級魔法を空高くへと打ち上げた。

 普通の攻撃とは一味違う使い方に彼女が驚いた表情を浮かべる。

 魔法発動後、辺りはみるみるうちに日が差したかのような光に包まれた。

 案の定……暗くて見えていなかった場所には、ゴブリンシーフが散在と存在している。

 大体、数は10匹程度かな?


「す、すごい……」


 彼女の口からは、称賛の声が漏れている。

 俺はニコニコと鼻高々にドヤ顔を決めてみせた。


「それじゃ、後はよろしくな!」

「えっ、ちょっと!貴方は戦わないの!?」


 俺は上のフレイムボールを指さした。


「ちゃんと協力してるじゃないか」


 さっきは酔った勢いと自分の名声だけの為にゴブリン退治を名乗りでたのだが、実は極力戦闘には関わりたくない事情がある……。

 なので報酬がでない魔物退治に目的が変更した為、自らは戦わずして徹底的に補助に回る方法を取ったのだ。

 だから俺は彼女に向かって追い打ちをかけるように挑発的な発言をする。


「それとも、一人じゃこれだけの数を倒すのは無理なのか?」

「む、無理なわけないでしょ!わかったわよ!倒して来ればいいんでしょ!」


 彼女はうまく挑発に乗ってくれたようだ。

 嫌そうな顔で背中に背負っているツーハンドソードの柄を手に持ち、先ほどの俺と同じように簡易的に詠唱を始めている。

 彼女の周囲は眩しく輝き出した。

 やはり筋力系強化魔法か……と妙に納得をしていたのだが……。


『詠唱省略。ゼログラビティ』


 強化魔法の枠組みを超えた上級魔法が飛び出した。

 無属性魔法のゼログラビティだと!!

 心の声が表に聞こえてしまうんじゃないかと思うぐらい、心の中で大きく叫んでいた。

 ずっと筋力系強化魔法を使っているのかとばかり思っていたのだが……。

 予想を遥かに超えた上級魔法を彼女が使えた事に驚きを隠せない。

 その魔法は意識しているすべての武器や防具・物に対しての地面に引っ張られる引力を逆手にとり、質量をまったく感じさせない状態で扱う事が出来る特性を持っている。

 かと言って使用者本人以外にはちゃんと物質の質量は変わらずにそのまま残った状態にある為、本人が物質の重さを感じないスピード分×物質の重さ分の威力がそのままの攻撃力となり凄まじい威力を発揮させるのだ。

 ただし自分自身や生命を持った対象物に対しては反映されない。

 要するに生き物に対しては、魔法の効力が無いという事だ。

 その点を取り除いても、半分反則的な魔法の一種類だと思っている。

 この魔法は覚えようとしても、簡単に覚えられるような事ではない……。

 ちなみに俺は不必要だと判断して、習得クエストを諦めた記憶がある。

 決して厳しい取得条件だったからって、諦めたわけじゃないから勘違いしないで欲しい。

 取得するまでの時間が掛かりすぎて、すぐに実践で活用できないのは、勿体ないと思っただけだからな。


 彼女は魔法を唱え終わった後に、すぐに戦闘態勢を取った。

 闇に隠れきれなくなってあたふたとしているゴブリンシーカー達へ向かって、蝶のような軽さとスピードで飛び掛かっていく。

 一般人が肉眼ではとらえきれないスピードで、次々とゴブリンシーカーを切り裂いていった。

 引っ切りなしに汚い声の断末魔が聞こえてくる。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 彼女の気合の籠った声と共に、最後のゴブリンシーカーを真っ二つに仕留めると、俺の隣へとフワリと戻ってきた。


「これでよかったかしら?」


 彼女は自信満々にこちらへと話しかけてくる。


「あれだけ簡単にゴブリンを倒せれば、誰だって文句はないぞ……。ただ、まだ本命の敵が残ってると思うから気をつけろよ。」

「え?まだ他にも魔物が潜んでいるっていうの?」


 俺は黙って頷いた。

 まだ敵が潜んでいる可能性は高いであろう。

 知能の低いゴブリン達をここまで統率して動けるのも、首謀者が近くに潜んでいてもおかしくはないと感じたからだ。

 それにまだ結界が張られたままの状態で解除されていない。

 だからこそ、まだまだ油断は禁物である。

 俺達はしばらく程よい緊張感で無言のまま、お互いがお互いの背中を預ける事にした。

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