門左衛門戦3
首元に強い衝撃を受けた門左衛門は苦しそうにしながら、ストロガーヌを必死の動きで振り払う。
彼の体は宙に放り出されると身を猫のようにくねらせながら、器用に地上へと踏ん張って着地していた。
重量感がある剣と筋肉の鎧を身に纏った体が象徴するように、足が地面へとクレーターを作るようにめり込んでいる。
「相変わらず……ド迫力な登場の仕方だな……」
俺はそんな事をボソッと呟く。
再度確認の為にストロガーヌの事を一度振り返ろう……。
サド王国の副戦士長を務めていた凄腕のドラゴンスレイヤーの称号を持つ男。
その名の通り竜殺しが得意らしく軍隊1万を出してやっとドラゴンを1匹倒せればいい方だと言われているのだが、彼はその軍隊を必要とせずともほぼ1人で討伐できる実力の持ち主。
ちなみに俺もなんだけどね……。
そんな事はどうでもいいとして……。
ストロガーヌは両足に力を込めて血管を浮き立たせながら、こちらに向かって発言をした。
「クレア!早くナナを連れてここから立ち去れ!」
俺の事を眼中に捉えていないあたり、昔のように嫌ってくれているようだ。
彼はその一言を残した後に、もう一度門左衛門に向かってジャンプをする。
門左衛門は抵抗するように爪を立てると、ストロガーヌへと攻撃を仕掛けた。
それを大きな剣でいとも簡単に振り払うと、勢いが収まらぬままさっき攻撃を仕掛けた首元へと一直線に登っていく。
一気にその剣を振り下ろし、先程の爆音と同じ音が山全体に響き渡った。
「まあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
先程より苦しそうにして鳴く門左衛門が、この攻撃が有効だと物語っている。
せっかく門左衛門を魔法で消しとばさずには済んだものの、このままではストロガーヌに殺されるのも時間の問題の様な気がする。
いや……一瞬で消えるより、まだ生きていてくれた方が望みはある!
「や、やっぱり……ナナはピクリとも動かないわ……」
その戦闘風景をよそにクレアは必死になってナナを動かそうと、あの手この手を駆使して行動をしていた。
相変わらずナナは一点を見つめて、時が止まったように前を向いている。
ナナは一点を見つめているが、俺の心の中で門左衛門を助けてあげてと言われてる気がした。
俺は反魔王組織の加入を断った事でナナを悲しませた……これ以上ナナの悲しむ顔は見たくない……。
ましてや……俺の中にも門左衛門との思い出が残ってるんだ!
その為にも……門左衛門は生かさなければ!!
俺は思い立ったように、急に行動を始めた。
「クレア!ツーハンドソードを借りるぞ!ナナは任せたぞ!」
「え?ちょ、ちょっと、まって!」
俺は左手でクレアの腰に上手く刺さっていた剣を勢いよく抜いた。
……バサッ……
クレアの腰から足元にかけて、ストンっと何かが落ちた。
非常事態発生である。
頭の中でビープ音が鳴りながら、赤いパトランプがチカチカと光っていた。
今はそれ何処じゃない事も分かっている。十分承知している。
事故だ!事故なんだ!
本当に申し訳ないと思っている……。
俺が引き抜いた剣が刺さっていた場所は、別に刺すべくして刺しておく箇所でなく、腰にスカートを固定しておくためのリボンだった。
抜いた拍子に帯が斬れてスカートが無造作に地面へと落ちていた。
ただでさえ見せパンのスカートだったのに、もろパンになってしまったわけだ……。
ちなみに俺はもろパンより見せパン……どっちかと言うと、ちらパン派の人間だ。
クレアはその場にしゃがみ込んで、俺に一言物申す。
「変態っ!」
「い、今のは事故だ!!」
クレアは恥ずかしそうに、もう一言発言する。
「私の事はいいから!早く行って!!」
本当にごめんなさい……。
俺は申し訳なさそうにクレアに向かって軽く頭を下げた後、交戦中のストロガーヌと門左衛門の元へ駆け出した。
うわ!すごい殺気がストロガーヌから漏れてる……。
殺気元が門左衛門じゃなく、俺である事は彼の目線で理解が出来た。
助けた義理の娘とは言えど娘には変わりないのだから、さっきの光景を見られてたら無理もないか……。
そうしてるうちに戦況は変わり門左衛門は、青い炎を口元で揺らめかせている。
首元から振り下ろされたストロガーヌは、再度地上に降り立ち俺の方向へと怒鳴りつけた。
「助太刀などいらぬわ!小童っ!!」
助太刀ではない……が、そういう体を装い立ち回る事が得策であろう……。
門左衛門は口を大きく開くと、ストロガーヌに凍てつくブレス攻撃を仕掛ける。
「気を付けろ!そのブレスは凍るぞ!」
「そんな事は分かっとるわ!すっこんどれ!!」
俺はストロガーヌに注意を促したが、それを怒りの感情でねじ伏せて彼は魔法詠唱へと入った。
勇者嫌いの設定を付けたのは自分だけど、ストロガーヌとは一生分かり合えない気がするよ……。
『詠唱省略!トルネドポイント!!』
ストロガーヌの目と鼻の先に、青い炎が接近していた。
唱えた風属性の中級魔法を自分の大きな剣へと付与させると、そのままブレスの中へ一気に飛び込んでいく。
トルネドポイントはエアエリアのように空気の壁を発生させる物ではなく、サイクロンゾーンのように空気の流れを操る事が出来る魔法。
サイクロンゾーンの様に範囲は狭いが、一転集中型の竜巻なので威力は計り知れない物がある。
ただ……コントロールが難しく利便性には使い手次第の部分も大きい。
しかし彼はこれだけ綺麗に魔法を操作している所を見ると、相当な使い手である事が理解できる。
青い炎は地上まで到達すると、その周囲を見境なく凍らせていった。
一見、青い炎に突っ込む事は無謀にも思えたが、その行動はすぐに結果として現れた。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
図太い大きな低音の声が、青い炎の中から聞こえてくる。
数秒後には声が段々と大きく聞こえてきて、門左衛門の口元付近で炎が揺らめいた。
次の瞬間、青い炎は真っ二つに裂けて中からストロガーヌが剣を突き立て飛び出してくる。
トルネドポイントの空気の流れを上手く利用して、剣が凍る前にブレスを断ち切ったらしい。
そういう使い方もあるのかと、少し関心が高まった……。
そんな事を考えてる暇はない!このままでは門左衛門の口から喉元に剣が突き立てられてしまう。
ストロガーヌと門左衛門の交戦中の最中、俺は射程範囲まで移動してきていた。
『詠唱省略!フレイムボール!!』
俺は咄嗟にフレイムボールを門左衛門の口元へ放った。
それに気付いたストロガーヌは剣に付与したトルネドポイントの風を上手く利用して、空中で自分の位置の軌道を上手く変える。
彼はただでは地上に落ちんと言わんばかりの気迫で、軌道を変えつつも門左衛門の牙に剣を重ねた。
ドラゴンのシンボルでもある大きい牙は、半分に折れて木々が生い茂る山の中へと消えていく。
そのせいで痛みが生じたのか門左衛門が反動で口を閉じて、俺のフレイムボールは口元の固い皮膚にかき消された。
地響きと共にストロガーヌは地上に降り立つ。
「何をしとるんじゃ!お前は!!」
怒るのも無理もない事だが、門左衛門を守る手立てとして仕方がない事だ……。
と理由をちゃんと説明しても理解などしてくれない頑固オヤジなので、俺は適当に理由をつけてごまかす。
「アンタが氷漬けになったかと心配して、炎で溶かしてやろうとしただけだろが!」
単純にムカついたからと言う理由も含まれているが、火に油を注ぐ行為なので心の中にしまっておこう……。
そんな事はお構いなしにと、門左衛門はこちらへ爪を振りかざした。
ストロガーヌが怒りの発言をする前に攻撃してくれた事を感謝するぜ。
俺達は左右に散開して、次の攻撃に備えて準備をする。
「これ以上邪魔をすると、お前ごとぶった切るから覚悟せい!!」
「邪魔しない程度に立ち回りますよ」
俺は彼の言葉を受け流すように回答した。
やっぱり彼が凄く強いとは言えども、ドラゴン相手には怒る余裕もないだろう……。
自分もその1人に数えられるんだけどね……。
考える暇もなく門左衛門はストロガーヌへと爪を振り下ろした。
その動作を利用しつつ、しっぽを上手く使って俺にダイレクトで攻撃してくる。
門左衛門にとって1人でも2人でも、そう大差なく立ち回れる戦闘技術はあるらしい……。
一般兵の1万人と相手出来るのだから、当たり前か……。
ストロガーヌは爪を剣で受け止めて、地上で踏ん張っている。
俺はしっぽ攻撃を寸前のところでかわして、少し攻撃範囲から距離をとった。
しかし……どうやってこの状況を切り抜けようか……。
課題は山積みであり、考える暇も与えてくれない……。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ストロガーヌは腕の力を目一杯使い、気合の言葉と共に爪ごと門左衛門を仰け反らさせた。
す、すげーパワー……。
盗賊達を囮に使おうと思ったが、ナナがあの場所から動かないのは予想外だったし、ストロガーヌの登場も予想を遥かに超えていた……。ってかなんでストロガーヌはこの場所が分かったんだ……。
俺は少し気になりクレアとナナの様子をちらっと確認してみると、奥でサンダーレインを放ってダメージが少なかった盗賊達が2人の元へと近づいて行くのがわかった。
くそっ!なんで次から次へと災難が降り注ぐんだ……。
その間にストロガーヌは門左衛門の首元へ、先程と同じ箇所を攻撃しようとしていた。
俺がこの場で行動をして、一番最善に出来る方法……。
クレアやナナが死なず門左衛門も生かして……ついでにストロガーヌも生存する方法……。
何か……。
何かないのか……。
何か!!
俺が考えている最中に、門左衛門の首元にストロガーヌの剣が突き刺さった。
「まあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
今回の斬撃は音を響かせる物では無く……完全に固い皮膚を貫通して肉に到達している。
門左衛門の悲痛な重低音の叫び声が、1オクターブ上がっているのが分かる。
それだけ苦しさが増したと言う事だろう……。まだ傷が浅いのが唯一の救いかもしれない。
剣が突き刺さった首元からは、生々しいどす黒い血が溢れ出してきていた。
これはもう一撃、同じ箇所へ攻撃されたら完全に真っ二つに分かれるだろう。
もう時間がない……。
考えろ!考えるんだ!!
と思考をフルスロットルで回転させた時だった。
「ぬぐっっっ!?」
今は起こって欲しくない以前と同じ、突然の激しい頭痛が俺の脳内を侵食しだす。
「くそったれ!い、今はピンチを見ても仕方ないんだよ!!」
俺の苛立った声が、口から漏れ出していた。
頭痛を痛さでカバーしようとクレアの剣を地面に突きさすと、柄の先で何度も何度も額を強く打ち付ける。
すぐに頭痛は消えていったが、額の傷の痛さだけが残った……。
俺は何故か少し冷静さを取り戻す……。
あれ?おかしいぞ……。
頭痛がした後は必ず映像が投影されていたのに……。
頭を強く打った後遺症なのか?……それでもいい!今はあんな映像見たくない!
しかし……今回は映像とは別の、音声と言う形で脳内で再生されていた。
『お兄〇ゃん!別〇ートが……だ残され……るわ!〇兄ちゃ……が〇〇者なのだから、自由に〇ればい〇のよ!!』
はっきりと聞こえない部分が多かったが、誰かが俺の心の中で叫んでいる。
知っている声……。とても安心できる……。
その時の事をよく思い出せないが、何故かこの言葉を信用出来ると確信した……。
俺は人が変わったように、妙な冷静さを取り戻す。




