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バッドエンドのその先に  作者: つよけん
第1章「反魔王組織」
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頭痛

「絶対に見ないでよ!絶対よ!」


 ナナが外へ出ていってから日が完全に沈んだ頃。

 俺と店主はクレアに背を向けて、肩身がせまい思いをしていた。

 何故そんな状態なのかと言うと……。

 絶賛、彼女は生着替え中なのだ。

 他の部屋を使えばいいだろ?って思うのだが、この酒場のカウンター奥や店主の寝室には店内を広くする為に必要最低限のスペースしか取っておらず、着替えをするには狭過ぎて他に場所が無かったのである。

 シュルシュルっと布と肌が擦れる音を立てて、俺が貸した服を脱いでいるのが生々しくわかった。

 妙に静まった店内では、別にやましい事をするわけでもないのに変な気分にさせてくる。

 ダメだ……。

 煩悩と雑念を捨てるんだ……。

 無心になろう……。

 ――――無――――

 出来るわけがない!

 変な思想のせいで……より一層に彼女を意識してしまう事となったのは言うまでもない……。

 そんな俺の心を見透かしたように、クレアは恥ずかしそうな声で釘を刺してきた。


「み、見ないでとは言ったけど、喋るなとは言ってないからなんか喋ってよ!なんだか沈黙も恥ずかしいわ……。」


 そんな無茶苦茶な!

 こんな状況なのに店主は大丈夫なのだろうかと、横目で視線を送ってみる。

 はっ!?

 こいつ……本読んでやがる!

 どうりで興味もなく平然としているわけだ……ずるいぞ!

 でも結局は彼女と関わりがまだ多い自分が、質問などをすれば済む話だと薄々は気づいていた。

 ちょっとだけ感情を取り乱しただけですよ……。


「そ、そうだ……。さっきはちゃんと聞けていなかったが、ナナはクレアの姉で間違いないのか?俺の記憶の設定では、ナナは一人っ子だったはずなのだが……。」

「記憶の設定?」

「あぁっ!いや、それは忘れてくれ。」


 ちょっと不服そうだったが、言い間違えたのかと解釈してくれたらしい……。

 後ろでは水が滴る音がしている。


「ねぇさんの事を昔から知っている貴方なら知っていて当然だと思うけど、ねぇさんは一人っ子で間違いないわ。私の本当のねぇさんじゃないわよ。」


 俺のモヤモヤとしていた気持ちを、あっさりと明瞭にしてくれた。

 ストロガーヌに隠し子がいるとかの追加設定とかがない限り、ナナは絶対に一人っ子で間違いがないと断言できる。

 俺的には隠し子がいた方が面白いけどね……。

 これをネタにストロガーヌのおっさんに会った時にギャフンと言わせてやりたいと思った。

 後ろで続けて大量の水が一気に水面に叩き付けられる音がする。


「洞窟で私が生き残りって言ったこと覚えてる?」

「あ、あぁ……。あの、はんかぃ……。」

「ちょっと!」


 俺が言いかけた言葉を、クレアは少し激しめの言葉で被せてきた。

 異世界半壊の生き残りであると言う真実は、誰にも知られたくない事だったのだろう。

 店主の前では少し自重して喋った方が良さそうだな……。

 一呼吸置いた後、彼女は再び喋り出した。


「あの時、私はストロガーヌ……今は義理の父親に助けられたの。助けられた時は絶望的な重症状態だったらしいわ。でもね……ねぇさんが私に付きっ切りで献身的な看病をしてくれたらしいの。そのお陰で私は目覚める事が出来たわ。だけど以前の記憶を全て無くしていて……。」

「なるほど……。」


 またもや背後で水が滴る音がしていた。

 音の事を考えないようにと思っていたのだが、流石に気になり出してくる……。

 彼女が何をしているかがわかっているのだが、想像してしまうと完全敗北だと勝手に思っていた。

 クレアは少し小声で「よいしょ」っと力む声を発する。

 同じようにしてまたもや背後で大量の水が一気に水面に叩きつけられているような音がしていた。

 その音の直後に、クレアは語りだす。


「記憶喪失だった私に、ねぇさんは色々教えてくれたわ。記憶が無いって不便でね……最初は1人でご飯も食べれなかったのよ……。それを1から順を追って教えてくれたわ。記憶はなくとも体は感覚として覚えていたみたいで、教えてもらった事はすぐに順応したわ……。それでも1から教えるって事は、とてつもなく大変な事よ……。」


 クレアの声はとても切なそうに聞こえてきた。

 それだけナナに対して迷惑をかけた事を、感謝の意味を込めて語っているのだろう。

 そして……言うまでもなく、ある一定の間隔で水の滴る音は聴こえてきていた。

 

「それから1年が経って、すべての事を理解できるようになった私を、温かく家族として迎え入れてくれたわけ……。」

「それでナナが親代わり……と言うよりも、義理の姉として慕っているわけか。」

「そういう事になるわね。」


 あのナナが親代わりね……。

 おてんば娘でやんちゃでわがままな姿のまま時が止まっていたからな……なんだか微笑ましい気持ちになる。

 あれから2年も経つのだから少し伸びた身長の他にも、ちゃんと成長した部分もあったのだと思った。

 そんな事を心の中で思っていたら、さっきから聴こえていた水の音が止んでいる。

 なるほど……やっと身体の汗を拭き終えたのだな……。

 これでクレアが服を着れば、今ある俺の煩悩と雑念とはおさらばだ。

 と思った矢先……背中越しに彼女の悲鳴が聞こえてくる。


「な、なにこれ……。」


 俺は悲鳴が気になり、反射的に後ろを振り返った。

 うん!いつ見ても、スタイル抜群だな!

 クレアはその場で店主が用意した服を胸元に持って恥ずかしそうにこちらを眺めている。

 と言うよりも何故に店主は女性用の服なんか持っているんだ?と一瞬頭をよぎった。

 クレアはナナがさっき使っていたコップを反射的に掴み、目にも止まらぬ速さでこっちに投げつけてくる。

 コップは俺のおでこの真ん中へと直撃して前頭葉に衝撃が走った。痛さと衝撃の勢いでそのまま後方へと転倒してしまう。


「痛っ!!!」

「まだ、こっち見ないでよ!!!」


 俺に当たったコップは無造作に床に落ちて、無残にも真っ二つに綺麗に割れた。

 横で本を読んでいた店主が、突然本を閉じる。そして、そのまま俺へ横目で睨みを利かす。


「備品を壊すなよ!」

「お、俺が投げたんじゃねーだろが!」


 痛むおでこをさすりながら、俺はその場に立ち上がった。


「だから!こっちを見ないでって!!!」


 店主に意識を取られ過ぎていて、前にいるクレアの事をすっかりと忘れていた。

 さっき自分を拭いていたであろう、タオルが丁度目の辺りに張り付き目隠しとなる。

 俺はそのまま申し訳なさそうにクレアから背を向けた。


「そ、それで、叫んだ理由は何があったんだ?」

「マスター。この服って……。」


 俺ではなく、店主にクレームを言いたいようだ。

 もしかして……その女性用の服に何か秘密が?

 すぐに店主は彼女に説明を始める。


「あぁ、見ての通りのメイド服だ。この酒場を開業するにあたって、もしかしたら人手が足りなくなるかもと思ってだな。そんな時にバイトでも雇おうと用意していた代物なのだが……この不景気で雇うお金も必要性もなかったから、使う事も無くずっと眠っていた服なんだ。まさかこんな形で使う時が来るとは思っても見なかったよ。」


 クレアのメイド服姿が目に浮かぶ……。

 俺は頭の中で手をギュッと握りしめて親指を立てた。

 実際にはやっていないから、心の中だけに留めておく……。

 一応、彼女が嫌がってそうだったので、俺が代弁して店主に打開案を聞いてみる。


「そのメイド服しかないのか?」

「もう1着だけ他の種類の衣服はあるぞ。」

「ほんとう!?」


 店主は意外とすんなりと回答を返してきてくれた。

 クレアはその言葉に期待を膨らませて、明るい声でそれに応対をする。

 だけど、何か心配になったので、俺は念のために聞いておきたい事を喋りだす……。


「その服って、どんな物なんだ?」

「一般的には、バニー服と言われているな。」

「えぇ!?」


 もう、これは諦めてメイド服を着るしかなさそうだな……。

 でも少しだけ、バニー服を着ている姿も見てみたいと思ってしまった。

 だってそうだろ?……男が一度はあこがれるシチュエーションでしょ……。

 クレアは諦めたように深いため息をついて、投げやりに言葉を発する。


「わかったわよ!メイド服を着ればいいんでしょ!」


 クレアはヤケになって着替えを開始していた。

 そして俺は……先ほど打ったおでこの奥が段々と熱を帯びて痛みを増してきた事に、少しづつ気付き始めている。

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