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バッドエンドのその先に  作者: つよけん
序章「リスタート」
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出会い

注意書き『あらすじから話が繋がっていますので、そちらを読んでから本編を読んで下さい。混乱せずにストーリーに入って頂けると思います。』


挿絵(By みてみん)

「ますらー……おきゃわりだ!おきゃわりを持ってこい!」


 自分のみっともないベロベロに酔った声が、小さな店内へと響きわたる。

 その声を聞いた店主の深いため息もまた、小さな店内に響き渡った。


「もう、今日はやめとけ。ここで寝られると困るし、そろそろ店じまいにする……」


 店主は店の後片付けをしながら、俺をあしらうように回答した。


「えぇ!?閉店時間まで、まだ時間があると思うんれすけど?」


 酔っているせいで時間を間違えているのかと思い、店内の時計を確認したが閉店時間までにはまだ早い。

 俺はここの常連客だ。

 閉店時間もちゃんと把握しているので、こんなに早い時間に店じまいなど……ただの嫌がらせじゃないかと思ってしまう。

 店主とも長い付き合いだから、冗談で言っているのであろう……。

 しかし……店主は冗談なんかではないと、神妙な面持ちでこちらに訴えかけてくる。


「この前も話したと思うのだが……最近、村の人達の話で、夜になると村の周囲に頻繁に魔物が出るようになったらしい。この前も村の一角でゴブリンが数匹目撃されて、中には襲われた人もいたそうだ……」


 記憶はあやふやだが、以前にそんな事を聞いた気もする。


「万が一にもこの店に魔物なんかが襲撃してきたら、私も店も一溜まりもない事ぐらい元冒険者の君にならわかるだろう……」


 確かに一般人が低級とは言えども、ゴブリンに襲われたら命はないであろう。

 それでもだ……そんな理由の為だけに、酒が飲めない事も困ったものだ。

 自分事ではあるが……こっちには飲まないとやってられない理由がある。

 それは酔い潰れるまで酒に溺れて記憶を消さないと、毎晩のように悪夢が襲いかかってくるからだ。

 悪夢のせいで毎晩うなされて、辛い思い出を思い返し寝付けない事も多々あった。

 死にたいと思った事も何度もある。

 しかし……自殺する事は許されず……ただただ時間だけが過ぎていった。

 辛さを紛らわす為に試行錯誤の末、やっと見つけた唯一の方法が記憶を失くすまで飲む事だったのである。

 それならば店で飲まずに宅飲みしろよと言われれば正論なのだが、その方法だと酔い方が中途半端となり記憶が残ってしまう。

 なので完全に悪夢を払拭する事ができないのだ……。

 そもそも帰る家が何処にも無いので根本的に不可能な事なのだが……。

 兎にも角にも誰か話し相手や絡み相手がいないと、記憶を消す条件を満たせそうにないのが現状だ。

 ここは一つ……気乗りはしないが、安息の地を守るためにも、元冒険者としての威厳を出しておくことにしよう。


「わぁったょ!そのときゃぁ、ゲップッ……おれがぁ~なんとかしてやるよ!」


 ビシッと決めたつもりだったが、酔いの影響で呂律が回らずゲップ混じりの発言。

 全然頼りになりそうにない感じが、自分でも心の奥底で感じ取れた。

 店主はその言葉に薄ら笑いを浮かべて、淡々と閉店作業をしながら呟く。


「そんなに酔ってるのに、魔物なんか退治できるのか?」


 俺は店主の発言に少し苛立って、ムキになって説明を始めた。

 全身を使って大げさに身振り手振りでジェスチャーをしてみせる。


「敵が来たらズババーっと、こんら風にズゴゴーって返り討ちにしちぇやるわ!」


 全くもってこの発言も、拍子抜けした言葉使いだった。

 俺の幼稚な発言に、店主は更に深いため息をつく。


「はぁ……すぐに死ぬのが目に見えてるな……」


 さらに自分の怒りのボルテージが上昇していた。


「なんらと!なら、しょーこを見せてやる!しょーこを!」

「お、おい!店で暴れるのはやめてくれ!」


 俺がその場で立ち上がりカウンターテーブルを破壊しようと腕を振り上げた。

 それを店主は必死になって止めようとしている。

 側からみたら、大人気ない子供染みた喧嘩だろう。

 いつもこんな感じで喧嘩をしていた。

 店主自身はどう思っているかわからないが、今の俺にとってはこの空間にある平凡な日常こそが幸せだったのかもしれない……。


 この子が現れるまでは……。


 そんな茶番劇を繰り広げている最中、いつもならほぼ開く事のない店のドアの鈴が音を立てる。

 俺達の喧嘩は一時停止ボタンを押したように掴み合いながら器用にその場で止まっていた。

 一瞬……噂をすればなんとやらとかで、本当に魔物が現れたんじゃないかと脳裏を過ぎったが、どうやら一般のお客様が来店してきたようだ。

 俺以外のお客を見るのも久しぶりな気がする。

 茶色のローブを纏ってフードを被り、顔を見られないように俯いている。

 どこからどう見ても怪しげな格好だ。

 背中には大きな剣を背負い、ガシャッ・ガシャッ……と金属音を鳴らしながらまっすぐ店内を進んできた。

 そのままカウンターの椅子へと流れるように、俺からひとつ席を開けた場所へと座る。

 店主も俺とのイザコザや久々の客に戸惑っていたのか、座ったのを確認してから焦るように来店者に声をかけた。


「い、いらっしゃい……。ご注文は?」

「エールを一杯」


 俺は声を聴いて驚いた。

 店主も自分と同じような顔をしている。

 座った拍子に伝わってきた風から、ふんわりといい香りが鼻腔に運ばれてきた。

 香水などの香りとはまた違った、明らかに女性特有のいい香りである。

 最強と謳われた冒険者が魔王に敗れてからは、外で魔物が活発に行動するようになって安全な場所は無い。

 そうとは言えども……女一人で夜の村を歩くなど魔物の格好の餌じゃないか。

 相当に腕に自信があるのか、はたまた相当に世間知らずかのどちらかじゃなかろうか……。

 とやかく考えている間に、店主はフードを被った女にエールを運んでくる。

 おい……今日は店じまいじゃなかったのか……。


「あぁ!マスターずりーぞ!俺がぁ、先に注文してたのによ!!」

「あ、あぁ……わかったよ……今回だけ特別だからな……」


 店主は渋々といった感じで俺にエールを運んでくる。

 気のせいだろうが焦らされていたせいで、いつも飲み慣れたエールが格段に美味そうに見えてしまう。

 俺は周囲に聞こえるぐらいの大きな生唾をのんだ。


「最初っから素直に持ってこりゃいいにょによ」


 手を擦り期待に胸を膨らませる。

 俺は体が欲するままに、豪快に疼く喉へと一気にエールを流し込んだ。


「お、おい……ちょっとは味わって飲めよ……」

「ぷはぁぁぁ!いいんらよ!ゲップッ……これが正しい飲み方なんらよ!」

「何が正しい飲み方だ!少しはあのお客様の飲み方を見習え!」


 店主がフードを被った女に指をさす。

 彼女はこちらの言い争いなど気にも留めずに、エールをしっかりと味わって飲んでいた。


「あんら飲み方は邪道らんらよ!」

「あの飲み方が普通なんだよ!!」


 何が普通の飲み方だ!

 店主に一気飲みの素晴らしさって奴をわからせてやる。

 俺はフードの女に飲み方のレクチャーをする為に、彼女の隣の席へと移動した。


「おねぇさん!ちょっろ、いいかにゃ?」

「……」


 声をかけたのに、いつまで経っても返事がこなかった。


「無視は流石に傷つくなぁ~。ちょっろくらい、返事しれくれよ~」

「……」


 完全な絡み酒。

 セクハラだと心の奥の良心が訴えているが、今は酒の勢いだけで聞く耳を持たない。

 フードを被った女は無言のまま、もう一度エールを少し口に含んでゆっくりと舌で転がし味わい喉を通した。


「おい!俺のお客様だぞ!絡むのはやめてくれないか?」

「あんだと!こうやっへ酒をだな……一緒に仲良く交わすのも、全部ひっくるめれ客だろーが!」


 店主はフードを被った女を庇うように言葉を発して、それに被せるように俺が無茶苦茶な持論を浴びせる。

 心の中にいる良心が『情けないからもう言うな』と言っている気がした。

 店主の言葉を無視して再びフードを被った女に声をかけようとした時だった。


「……来る……」


 彼女から言葉が発せられて2~3秒後に、再び店のドアが開く音がした。

 誰かと待ち合わせなどしているから、見知らぬ俺に対して素っ気ない態度だったのか?

 などと想像を膨らませたが、どうやら事情が根本から違ったらしい。

 今回のご来店されたお客は、本当に招かざる奴らが店内へと足を踏み入れていた。


「邪魔、スルゾ」

「ガウッガウッ」


 人間と会話が出来るゴブリン1匹と喋れそうにないゴブリンが2匹、計3匹が店の奥へとズカズカと入ってくる。

 ゴブリンの姿を見た瞬間、店主はこの世の終わりが来たような顔でガタガタと震えて絶句しながら固まり青ざめていた。

 これはチャンスなのではないだろうか。

 俺がこのゴブリン達を退治する事さえできれば、いつもの営業時間まで営業してもらえるはずだ。

 それにさっきまで無視されていたフードを被った女は、俺に絶対メロメロになり惚れてくるだろう。

 でも……惚れられても俺には心に決めていた人がいるからと……無理だときっぱり断ってやる!

 そうと決まれば行動あるのみ、この場にいる人間を見返してやるぞ!

 そう思い威勢よく立ち上がろうとしたのだが、既にフードを被った女がゴブリンの前に立っていた。

 喋れるゴブリンが匂いを嗅ぎ、確認するように喋り出す。


「コノ女デ、マチガイ、ナイ、オイ女!俺ノ、物、ナレ!」

「ガウッガウッ!」


 喋れないゴブリンも便乗して声を荒げていた。

 先を越された事は予想外だったが、まだ出るタイミングはある。

 ここはひとつ俺のカッコいい姿を見せてやろう。

 そう思い……足に力を入れて立ち上がろうとしたが、酔いは予想以上に全身に回っており、フラフラな状態で立ち上がる事が出来なかった。


「あ、あれ?」

「お、おい!お前さっき魔物退治出来る様な事言ってたんなら、さっさとそいつらを始末してくれ!!」


 俺の様子を見た店主は、助けを求める様にしてこちらに叫んだ。

 任せろ!

 あんなゴブリンごときに劣る事は断じて無いが…その場に立つ事が出来ないのが一番の俺の敵だった。

 このままの状態だと、まるで怯えて腰が抜けた奴だと思われてしまう……。


「わ、わかっちょるわ!だ、だが……立てん……」


 それを聞いたゴブリンがこちらに睨みを飛ばしている。


「ナマイキ、ニンゲン、コロス!」

「早く何とかしろ!この腰抜け元冒険者!!!」


 喋れるゴブリンが本能的にこちらへ襲いかかって来た。

 その時、フードを被った女が間髪入れず口を挟む。


「ゴブリンさん?」


 彼女は敵の攻撃ルートに割り込み、ゴブリンが攻撃する前に行動を抑制させた。


「ジャマダ、女」

「あなた達の狙いは私のはずですよ。こんな腰抜けさん達よりも私とイ・イ・コ・トしましょ?」

「イイコト?」


 とびっきりの色っぽい声を出して、ゴブリン達を誘惑しようとしているようだ。

 正直な所……かなり下手くそな演技だったが、ゴブリン達には十分に通用しているらしい。


「そう。外でイ・イ・コ・ト、シ・テ・ア・ゲ・ル♪」

「ワカッタ、デモ、サキニ、コイツラ、コロシタイ」


 ゴブリンの人間の男を殺したい欲は、人間の女とイイコトしたい欲よりも上なのか……。


「そんなの、後でも簡単に出来るでしょ?今は私と先にイイコトしましょ♪だから先に外で待っててね。すぐに後を追いかけてあげるから」


 彼女の一言でゴブリン達の意識は完全に俺達から離れた。

 今の状態からだと、助かったと言えば助かった……のか?


「ハヤク、来イ」


 そう言い残して上機嫌のまま、ゴブリン達は店の外へと出て行く。

 言葉は話せても知能が低くて本当に助かった。

 店内を一瞬で安堵が埋めつくす。


「あ、あんな事言って大丈夫なのか?」


 店主が心配そうに彼女に言ったが、とても頼もしいような返事が返ってくる。


「私はこれでも魔物討伐を専門で動いているので、後は奴らを退治するだけなのでご心配には及びませんよ」


 何とも勇ましい回答だな。

 しかし、三対一と言うのもいささか厳しいであろう……。


「そ、そいじゃぁ……俺も一緒に……だな……」


 俺はフラフラな状態で、無理矢理その場に立ち上がった。

 椅子にしがみついていないと、すぐにひっくり返ってしまいそうだ。


「お兄さんは腰抜けちゃってるみたいだし、気持ちは嬉しいけど私一人でやるわ」


 彼女はそう言い残し、俺の額を指で軽く押す。

 ヨロヨロな俺の足は、不安定なトランプタワーみたいに簡単にふにゃりと崩壊した。


「痛ぇ!何しやがる!!あろゴブリンは俺の獲物ら!!!」


 彼女は店内を出るために、俺の言葉を無視して出口へと歩き出した。


「おい!ちょっろ待てよ!」


 俺の声が伝わったのか出口の前で立ち止まり、こちらへ半身だけ振り返って思い出したように彼女は喋り出した。


「マスターさん、この店を勝手にゴブリンを誘い込む為の場所としてお借りして、本当にごめんなさいね。それとここのエールは、とても美味しかったですよ」


 軽く会釈をした後に金貨一枚を店主に向かって投げる。

 そして、彼女はそのまま勢いよく外へと飛び出して行った。


「おい!待れって!俺は無視かよ!」


 無視された事に非常に腹が立った。

 理由は自分の酔いのせいだとも分かっている。

 やはり酔っていると自分がダメになる事は明白だな。そう裏の良心が語っている。

 あれだけ自信満々に出て行ったんだ、彼女が敗北する事はまず無いであろう……。

 あんな女ほっといてイライラする時は、また酒を飲んで忘れるのが一番だ。

 飲み直して悪夢と一緒に行き場のないあの女への怒りも共に忘れてやろう。

 そう表の顔が裏の良心を抑えつけた。

 思いを仕切り直す為に椅子へと再度腰を下ろし、店主のいる方に注文をしようとしたのだが……。


「おい……何やってるんだ?」


 店主はなにやら床に這いつくばって何かを探している。

 こちらの問には何も答えない。

 あんなに怖がっていた店主は、ゴブリンが居なくなった事で安堵の顔を見せていた。

 途端に人が変わったように、彼女が投げた金貨を必死に拾っていたのだ。

 無理もないか……。

 エールの販売価格は銅貨3枚で飲めるお酒だ。

 ここの世界での通貨価値は、銅貨100枚で銀貨1枚の価値があり、更に銀貨100枚で金貨1枚の価値を持っている。

 迷惑料も含めているのだろうが、少しお高い気もしなくもない……。


「おい!マスター!エールをもう一杯くれぇ」


 これだけ上機嫌ならば、きっと何食わぬ顔でエールを持ってきてくれるであろう……。


「は?何を言っているんだ?今日はもう閉店だと最初っから言ってるだろ!」


 もう厄介事は過ぎさったんだ……今日はまだ営業できるだろに……。

 なんだか店主の態度にも、再度腹立たしさが込み上げてくる。

 どいつもこいつも俺の堪忍袋を切るのが上手すぎるだろ……。

 ならば……もう一度喧嘩腰に発言をしてやろうと口を開いた瞬間。


「ぬぐっっっ!?」


 突然激しい頭痛が俺の脳内を侵食した。

 飲み過ぎた後の頭痛とはまた違い、ドンっと強い痛みが襲って一瞬で痛みが和らいでいく。

 引いた痛みと同時に映画のフィルムを細切れにしたような映像が、ボヤけながらも脳裏を駆け巡った。

 誰かが捕まっている映像。

 鎖に吊るされている女性が見える。

 顔はよく見えなかったが、何故だろうか……直感で誰だかが理解出来た。

 おそらくその女性は、外に出ていったフードを被った女に違いない気がする。

 映像は短くて詳しい事までは理解出来なかったが、これから起こる事象の暗示である可能性が高い気がする。

 こんな事は初めてで、なんの根拠も自信も無い事だが、本当に起こってしまうそんな気がするのだ。

 別にムカつく女なのだから、勝手に襲われればいいと思う事もできた。

 しかし、思っている事と裏腹に体が勝手に行動を始める。

 さっきの頭痛が薬になったのか、酔いの影響がほとんどなくなっていた。

 モヤモヤした感情のまま……俺は遅れながらも彼女の後を追うようにして店を飛び出した。

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