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それぞれの『ギフト』

「さむいよ……」


 布一枚で隔てただけとはいえ、俺達しかいない場所に着いて安心したのか、今まで大人しくしていた子供達が、自分の身を抱くようにして寒さを訴え始めた。千歳や恵海さんも寒そうにしているし、言われてみれば俺も寒い。

 東京は春先だったけど、ここは冬か寒冷地みたいに冷たく湿った空気に満ちている。


「とりあえず、毛布でも羽織って…… うっ」


 テントの隅に丸めて積んであった毛布を手に取ったが、これも獣臭い。中古というより、素材の毛をよく洗わないで加工しているんだろう。


「さむいよう…… くさいよう……」


 寒いのと臭いのは良くない。どうにも気分が落ち込んでくる。最年少の裕美ちゃんが泣き出すと、釣られて希愛ちゃんも聖璃奈ちゃんも泣き出してしまった。


「ゆ、裕美ちゃん、もうちょっと我慢しよう? 希愛ちゃん達も、ね?」


 母親の渡辺さんが慌てて裕美ちゃん達を宥め始めたのだが、ときおり、どこか怯えた様子でちらちらと俺の顔色をうかがう様子を見せる。


「ちょっとユージ、恵海さんに何か言ってあげなよ。外で子供が泣くと、お母さんって大変なんだよ?」


 俺、不機嫌そうな表情でもしてるんだろうかと、自分の顔をぐにぐにやってみていたら、千歳が後ろから小声でアドバイスをくれた。


「あー…… 渡辺さん、そんな慌てなくて大丈夫ですよ。こんな状況じゃ、俺だって泣きたいです。ははは……」


「下手くそなの?」


 背中から千歳の容赦ないツッコミが入ったかと思うと、そのままシャツの背中を掴んでテントの反対側に引っ張って行かれた。


「ねえユージ、本気でこの臭いなんとかならない? わたし達はともかく、このままだと裕美ちゃん達が参っちゃうよ……」


「そう言われてもなぁ…… 千歳は消臭剤とか持ち歩いてないのか?」


「ばか、小さいスプレー缶一つで間に合うはずないでしょ!」


 女の子の持ち歩いてるエチケットスプレーって、意外と量が少ないもんな。俺が持ってる制汗スプレーだって焼け石に水なのは変わらないだろうし、他にこの世界でも調達できそうな消臭材と言えば、炭くらいなものか。でも、野営地じゃ燃料だって貴重だろう。そんなに即効性のあるもんでもないしな。


「あ、待てよ……」


「なに? 何か思いついたの?」


「いや、そもそも臭いって原因物質とか原因菌があるから出るわけだろ?」


 千歳に言うというよりは、自問自答を声に出しながら、自分のギフトを意識してみる。頭の奥で、何かが起動した感覚があり、『コンテナ』が待機状態になったとわかる。よくラノベなんかで出てくるコマンド画面みたいなものは出てこない。


「まずは、脂とアンモニアか?」


 指定して格納すると全体的に漂っている()()()臭いがかなり軽減され、『コンテナ』内に極微量の脂とアンモニアがあるのを感じた。てっきり何かの力場で対象を掴んだり、どこかに吸い込んだりするイメージだと思っていたが、その場から一瞬で『コンテナ』内に移動させる仕様らしい。


「え? うそ?」


 効果範囲の1mいっぱいを対象にしたので、間近に寄っていた千歳の周囲からも臭いが軽減されたようだ。急に鼻が楽になったことに驚いた千歳が、キョロキョロと周囲を見回し、その向こうで渡辺さんが不思議そうな顔でその仕草を見ている。


「あとは何だろう? 臭いの原因になりそうなもの…… 社会環境学でやったんだけどな……」


 何とか酸エチルとかほにゃららナールとか、何か除去してくれないかと大雑把な指示を出してみれば、さらに俺の周囲から臭いがなくなり、『コンテナ』内には『臭気』と大雑把なものが格納されてしまった。


「え? これって、ユージがやってるの?」


「ああ、電車では言い損ねたが、俺のギフトは『コンテナ』って格納能力だったんだ。で、臭いの原因物質を取り込んでみた。あ、これができるなら湿気も取れるかもしれないな」


 試してみたら、周囲のジメッとした空気も乾燥させることができた。洗濯物が早く乾きそうだ。いや、一瞬で乾かすこともできるか。待て待て、衣類の汚れを格納してしまえば良いんだから、そもそも洗濯する必要すらなくなるかもしれない。


「えぇ…… そういうのって映画とかだと、武器や乗り物を隠し持ったりする力なんじゃないの?」


「良いじゃないか、このどうにも萎える現状を打破できるんだから。ほーら裕美ちゃん達、ユージお兄さんの周りは臭くないぞー」


 『コンテナ』の脱臭・除湿機能をフル稼動させながら渡辺さん達の方に近づく。狭いテントなので、それだけでテント中の臭いと湿気が取り除かれてしまった。

 臭いがなくなり、空気が乾燥した分寒さが和らいだのを感じて、小学生組がべそをかきながら中断して顔を上げる。


「ほんとだ。くさくなくなったよ」


「うん、くさくない」


「もう平気ー?」


 左右を向いてくんくんと臭いを確かめ、不思議そうな顔で俺を見上げる女児達。さっきのフォロー失敗をごまかそうとはっちゃけて見たが、こうして真正面から見上げられると、急に気恥ずかしくなってくる。


「じゃあ、次は毛布だな」


 照れ隠しに、さっき思いついた『コンテナ』洗濯を試してみようと毛布を手に取る。さっき、臭いの原因を格納したときに毛布に付着しているものも取り込んではいたけど、念の為に他の汚れや微生物も意識して格納する。すると他のゴミや汚れに混じって、ダニの糞や死骸が格納された。


「うわ、この毛布、ダニがいるじゃねぇか。つか、異世界でもダニっているんだな」


 思わず口に出して言ってしまったら、女性陣が悲鳴をあげて毛布から遠ざかった。いや、多かれ少なかれ皆の家の布団にもいたんじゃないかとは思うんだけど、意識しちゃったらもうダメか。


 これも授業の雑談で聞いた話だけど、ダニがいない布団ってなかなかできないそうだが、今の俺ならできそうな気がする。そう『コンテナ』ならね。

 というわけで、もう一回ダニを意識して格納を試し、『コンテナ』に入っていないのを確認したら、毛布をテントの外へ持っていく。そして、外で毛布を格納してしまえば、格納できないダニはその場に落ちるから、ダニ0の毛布の出来上がりって寸法だ。


「あれ? なんか日本にいるときより清潔な環境になってね?」


 きれいになった毛布を皆に配りながら言ったら、やっと少しだけ笑顔を見せてもらえた。


「わ、本当にダニとかいなくなってる。やっぱりユージについてきて正解だったじゃない」


「あら、そんなこと分るの?」


 渡した毛布を広げて感心する千歳に、自分の毛布を敷き布にしてそこに裕美ちゃん達を座らせていた恵海さんが顔を尋ねた。


「あ、えーと、ユージがいろいろ出したりしまったりできるみたいに、わたしは探してるものがどこにあるか感じる力があるみたいなの。それから、狙ったところにものを当てる力と……」


「あの…… それは『ギフト』っていうもの? 何かの影響で出てきたって言われてた……」


「え? うん、そうそう。恵海さんも何か見えたの?」


「ええ、でも使い方が分らなくて……」


 恵海さんもギフト持ちだったのか。しかし、使い方なんてぱっと頭に浮かんできたけどな。何か特殊なギフトなのかな。


「あのね、電車であの事故の影響があるかもしれないって言われたとき、この子に何か悪い影響がないか知りたいと思ったの。そしたら、目の前にメール画面みたいなのが出てきて……」


「わたしと一緒だ。それで、何て書いてあったの? わたしは『エイミング』と『センサ』だったわ」


「それが…… 『ポイントストア』って……」


「え? 何それ? ユージ分かる?」


「急にこっちに振るなよ。そうだな、名前からすると何かのポイントを買えるのか、逆にポイントを使って何かを購入できるようになるのか…… 使ってみようとはしたんですか?」


 ネット通販が使えるようになるってのが異世界転移ものの定番にあるけど、そっち系の能力だろうか。


「はい。でも、待機状態になってるのは分かるんですけど、その先はどうしたら良いのか……」


 申し訳なさそうに首を振る恵海さん。年齢も性別も違うから仕方ないんだけど、千歳相手に話してるときより遠慮がちになるよな。彼女らと組むのは千歳の独断だったのを気にしてんのか。


 そういえば、俺のときは『コンテナ』のスペックまで表示されたけど、あれはどうやったんだっけ。


「あ、その画面が出てるときに『ポイントストア』とは何か? って意識すると、そのギフトの詳しい説明が出るかもしれませんよ」


 あのときのことを思い出しながら言ってみる。


「そんなことができるなら、早く教えてよ。あ、ほんとだ。なになに……」 


「こう……かしら…… あ、出てきました。これって……!?」


 うまく解説が出たみたいで、二人とも何も無い斜め下を凝視して視線を左右に忙しなく動かしている。


「ユージにいちゃん、お母さんたち何してるの?」


 二人の結果待ちでぼんやりしていると、毛布にくるまった裕美ちゃんにそう問いかけられた。子供からみたら、二人して何も無いとこ見てぶつぶつ言ってるんだから不審に見えるか。


「え? 二人ともここに書いてあるの読んでるんでしょ?」


 何と説明したものか迷っていると、一緒に毛布にくるまっていた希愛ちゃんが、逆に裕美ちゃんの方を不思議そうに見ながら言い出す。


「希愛ちゃんも見えるのかい?」


「うん! ギフト、えれくとろきねしす? って書いてある! ギフトってプレゼントってことだよね? 何かもらえるのかな? えれくとろきねしす、がもらえるの?」


「聖璃奈のには、くりおきねしす、と書いてありますよ?」


「え? ここ? あ、なにか出てきたよ? ひーりんぐ、だって……」


 整理すると、希愛ちゃんはエレクトロキネシス、電気を操る能力を授かり、聖璃奈ちゃんのクリオキネシス、パイロキネシスの反対で冷気や氷を生み出す力を得た。そして裕美ちゃんのヒーリングは言わずもがなの治癒能力だ。結局、俺達は全員がギフト持ちだったことになる。


 この子達を突き放した連中、ツキがないなぁ。といっても、こんな小さい子達じゃ上手く力が使えるとも限らないか。むしろ暴走させないように気をつけないと。


「ユージ聞いて! わたしのギフト、どっちも効果範囲が500mもあるんだけど!?」


「ユージさん、『ポイントストア』はお店を開く能力みたいです。何かお買い物に使えるポイントがあって、それを持っている人に元の世界の品物を売ることができるそうです」


 500mか。狙撃銃を使うなら、その程度は最低限必要だよな。ロングボウも射程はそれくらいだったっけか。完全にスナイパー向けのギフトじゃないか。

 それより、恵海さんの『ポイントストア』の意味が分からない。まさかの販売型ギフトかよ。買物に使うポイントってのも意味が分からない。持っている人って誰だ?


「範囲が広いと入ってくる情報も多くなるから、千歳は必要なとき以外、使わないようにして少しずつ慣らしていこう。『ポイントストア』はポイントの入手方法が分かるまでは保留しましょう。何が買えるのかは気になりますが……」

 

 二人は感心したように頷いているが、こんなのオタク知識の域を出ない判断で本当に合っているのか分からないからな。


「それより、子供達も皆、ギフトを持っているらしいぞ。裕美ちゃんは治癒、希愛ちゃんは雷、聖璃奈ちゃんは氷を出せる力だと思う。特に小四コンビの力は殺傷力が高そうだから、扱い方についてよく話しておかないと…… そろそろヴィクトリアさん達のところに顔を出して来ないとまずいから行ってくるけど、二人は子供達と話してみてくれ」


 俺がそう言うと、千歳達はびっくりして子供達に話を聞き始めるが、本人達はまだ意味が分かっていない様子だ。


 俺はスポーツバッグ代わりに使っている革のダッフルバッグからライトダウンのパーカーとトレーニングウェアの上着を出すと、毛布と同じ要領でクリーニングして千歳に投げ渡す。


「毛布で足りないようなら、それを使ってくれ。あと、バッグの中にTシャツが数枚入っているから、それも重ね着に使って構わない。毛布と同じできれいにしてあるから。じゃ、行ってくる」


「あ、ありがと。後でどんな話だったか聞かせてね」


 千歳の言葉に続いて、恵海さん達からも口々に礼を言われつつ、テントを出る。外は相変わらず薄暗く、靄がかっているが、さっきより暗くなっているような気がした。思っていたよりギフトのことで時間を食ってしまったかもしれない。


 俺は、急いで隣のテントへと向かった。

 


 

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