第八話 捕らわれた主人公
あれ? 意外と面白くなってきたかも?w
Rが設置したマッパの主人公は、若干恥らいながらも、男らしく歩きだした。Rはその姿を上空からうっとりと眺めている。だめだ、早くなんとかしないと、とMは思った。だがMに出来ることはなかった。なぜならこの世界は女神Rの作った世界。MはそのRの心に寄生しているただの居候でしかなかったのだ。
「な、なんだこいつ!」
「きゃああ!!」
などという悲鳴があがる。だがご婦人方の表情は、まんざらでもなさそうだ。若い娘たちも、顔を赤く染めて手で目を覆いつつも、その指の隙間からチラチラと主人公を観察していた。そのうち、ガチャガチャという音を立てて数人の兵士が現れた。
「どけどけどけぇ! 素っ裸で歩いている男性というのはどこだ!」
ここだー、という声が一斉に上がり、兵士たちは主人公を発見し近づいた。
「お前のその身体は、なんだ……」兵士はうめいた。
それもそのはず、これまでこの世界に配置されたモブキャラは、すべて四等身のおもちゃのような姿、対してこの主人公は、Rが初めて作った美しい八頭身キャラだったのだ。見たこともないバランスのその主人公の身体であったが、それを見た全員が「美しい」と思った。そこには人間が黄金比に魅かれるような、魂にすり込まれた根源的な審美の基準があったのだ。それがRにより設定されたものか、この宇宙に限らずすべての宇宙における普遍的共通の基準なのか、あるいは……。それはもうRにも、わからなくなっていた。この世界の住人の多くが、Rの施した「設定」を超えて、一人歩きをし始めていたのだ。それは小説執筆において、「キャラが勝手に動き出す」、ようなものだった。
主人公の美しい肉体に、一瞬たじろいだ兵士が気を取り直して言う。
「と、とにかく、俺達はお前を拘束せねばならん。この町の治安を乱そうとした嫌疑でな。さあ、向うを向いて」
主人公は言われるがままに、兵士に背中を向けた。美しい金髪がさらっと風になびき、ご婦人方がどよめいた。男性キャラたちからは、美しい肉体への讃美と嫉妬がまじり合った、どす黒い微妙な感情が放たれている。兵士は麻縄を取り出し主人公の両手を縛りつける。最後にぎゅっと締め上げた所で、主人公の美しい顔が痛みに少しだけ歪んだ。
「Mさん、あの子どうなっちゃんだろう……」
「さあな。面倒なことになったら、消去してまた作りなおせばいいんじゃないかな。今度はちゃんと服を着せてやるといい」
「Mさん、あの子には冷たいね。嫉妬?」
「い、いや……、そういうわけでは……」
「この世界の主人公にはね、前世の記憶が引き継がれるの。それは役にも立つんだけど、害にもなるの。消去の時の苦痛が主人公のSAN値を削って、段々主人公の精神は、病んでいくの。SAN値がゼロになると、主人公は主人公じゃなくなって、この世界のどこかに、魔女として生まれ変わるの」
「ふうむ……。そんな設定だったのか」
「ううん、今考えて設定した」
「設定とはそんなに簡単にいじれるものなのか……」
「うん。どうやってやってるのか、私にもわからないんだけどね」
兵士たちに引き立てられるまっぱの主人公。その後にぞろぞろとついて行く町中の男性キャラ女性キャラ。Rも身体を縮小&透明化させて、その後方上空をついていった。主人公と兵士はお堀で隔てられた王の領地、小さいながらも立派なお城の入口へと向かっていった。そこで町のキャラたちは追行をあきらめ、男性キャラはそれぞれの生活に戻り、女性キャラはため息をつきながら主人公の後ろ姿を名残惜しそうに見守った。中でも若く美しい娘たちは、涙ぐみ、口元を震わせ今にも主人公に駆け寄りそうな気配だ。
(なるほど、確かにハーレム属性がついた、理想的な主人公だな)
(でしょ? 八頭身と四等身で、主要キャラとモブキャラの区別もつきやすいよ)
(むう……、それはどうかと思うが……)
それが原因で、嫌な展開にならなければいいが、とMは思った。Rは軽やかに空中を飛び主人公と兵士を追った。彼らは謁見の間に入っていった。巨大な赤い絨毯が敷かれ、その先に、この国の王がいた。兵士は王から少し離れた場所に、主人公を跪かせた。目を伏せたまま、不敵に微笑む主人公。
(うわあ、やっぱりかっこいいね、あの子)
Mは返事をしない。やがて王が言った。
「少年よ、お前は誰じゃ。どこから来た」
しん、と静まる室内。Rの、はあはあという息づかいだけがMには聞こえる。
(おい、R、あんまり興奮するな。気が散る)
(うん……、わかったよ)深呼吸するR。
「どこから……、でしょうね。それは私にもわかりません。その前の記憶が全くないのです。私が誰なのかという記憶も、私にはないのです」
ふっと主人公は笑った。横に立つ兵士が見咎ようとしたが王がそれを制した。
「少年よ、お前のその言葉を信じよう。お前の身体からは、他の者とは違う、オーラのようなものを感じるからな。恐らくお前は女神がお創りになられた存在。ということは、何か目的のようなものが、あるはずじゃ」
(おお、この王様するどいね!! モブキャラの癖にいい推理だね)
「目的……、ですか。同じく記憶のない私にはさっぱり……」
「ふうむ……」
(R、目的くらいは与えておいた方がよくはないか?)
(それもそうだね……、でも、もう少しこの子が困ってる様子を見たいから、このままで!)
(おい……)
王は主人公に、記憶が戻るまでの城の一室への滞在を許可した。主人公は衣服を与えられ、それを小脇に抱えてマッパのまま客室へと案内されていった。それを追おうとしたRの目に、白く美しい衣装を着た四等身のモブキャラ女子が目に入った。彼女は奥まった扉から、ずっと王と主人公のやり取りを、盗み見ていたのだった。彼女はこの城の王女だった。Rの目に残酷な光がきらっと灯った。
(そうだ、あの王女様を、ヒロイン第一号にしよう!)