第十二話 ラスボス発生
もし宇宙というものに遺伝子があり、何度宇宙が作り変えられようとも、その遺伝子に基づきその物理法則や、基本的な構成があらかた決まるというのであれば、その再創生さえも無意味……。クトゥルフという概念の突現の出現は、Mにそのような諦念さえももたらしかけた。だがMは思う、「クトゥルフ」、というキーワードと、さきほどの呪文のような聖句をRが記憶さえしていれば、その記憶からRが無意識のうちに「怪しいもの」を生み出したとも考えられる。
(Mさん、どっちも可能性としてはあるよ。私は神になった時点で、前の宇宙の記憶を全部持っちゃったからね)
(そうか……。じゃあどちらとも確定できないし、同様のことは、今後も起こり得るのか)
(そうだね。このポニーテール惑星が、地球そっくりに育っていく可能性だね)
(ああ……。だが魔法と、守護神という存在が……、あれ? そういえば守護神はもう作ったんだっけ?)
(あ、守護神は全部私がなることにしたから、守護獣だね。たぶんまだ……。ちょっと待って……)
Rは時を止め、世界をくるくる回転させて確認した。聖地のような、守護獣が守る場所と、その周辺に出現する動植物をいくつか配置しただけで、守護獣自体の配置はまだだった。世界が少し安定してからの方がいいような気がして、やめておいたのだった。
(まだだね……)
(そうか……。以前アマテラスがね……。俺に言ったことがある。前の宇宙で、地球を支配していた神は7柱いたと。アマテラスはそのうちの、日本を支配する神であるとね。もしそのような構造にこの宇宙もなっているとしたら、R以外にも、神が出現してもおかしくはない。Rの思考がきっかけか、自然発生するのかはわからないが、何かがこの惑星のどこかに歪み(ひずみ)を生むことで、新たな神が出現する……、のかもしれないな……。しかしその結果がクトゥルフだとすると……。やっかいなことになりそうだな)
(そうだね……)
Rは過去の地球の記憶を探ってみる。クトゥルフというのは、前の宇宙に、人間以前から存在した宇宙生物で、ずっと眠ってはいるけど、たまにクトゥルフが見る夢が、人間に幻覚や異常な感覚を与えたり、発狂させたりするみたいだった。
(Mさん、この設定……、Mさんが起こしたっていう太古の竜に似てない?)
(ああ……。クトゥルフは、竜みたいな人間にとってわかりやすい生き物ではないし、もっと凶悪で偉大な存在、という設定みたいだけどね)
(ふうん……)
Rは惑星を元の位置に戻し、時間は停止させたまま、さきほどの港町を探ってみる。そこに何かの息づかいが感じられた。時間は止まっているにも関わらず、「それ」は注意深く、静かに呼吸をしながら、こちらに意識を集中させ、Rを観察しているようだ。
(これ、私が作ったものじゃないね。時間を止めても止まらないよ)
(うん……。ということは、自然発生したもう一人の神……、か)
そうか……、こうやって人は神々の争いに巻き込まれ、世界には戦争が発生し、宇宙は滅びに向かっていくというのが、真理なのかも……。MとRは同時にそう思った。その時、港町に潜む何者かが笑った。その邪悪な意識は、MとRの心にも強烈な波を立たせた。時間を停止させていなければ、惑星の住民の精神への影響も、きっとあったに違いない。
(だいじょうぶ……、前の宇宙も消滅させたように、いざとなったらこの宇宙も消滅させて、最初から作りなおせばいいから)
(もしアイツもそう思ったら? Rと俺が、ヤツに消滅させられたら、俺達はどうなるのかな?)
(うーーん……、そうだね。嫌な展開になってきたね)
(アイツだけ消滅させることは出来ないのかな、宇宙はそのままで)
(うん、やってみるね)
Rは右手をあげ3本の指をたてて港町のある方角にそれを向けた。
(だめ……。消えないよ……)
(そうか……)
(こう設定したらどうかな、アイツがこの宇宙を消そうといたら、その前に私のトラップカードが発動して、この宇宙はスタート状態に巻戻る……)
(そんなにうまく設定できるなら、やっておくにこしたことはないが……、出来そうか?)
(やってみる)
再び右手をあげるR。
かちり……。
(あ、今なにか音がしたね。たぶん設定できたよ?)
(そうか……。実際にそれが作動するかどうかはともかく、一安心、だな)
(うんうん、よかったよ)
Rはおそるおそる時を進めた。その瞬間、さきほどの「アイツ」による精神攻撃は、惑星全土の生物に影響を及ぼし、多くの悲鳴や動揺が、RとMに伝わってきた。その中に、主人公アンノの意志も捉えたRは、縮小してアンノのいる客間に入った。彼は暗がりで上半身だけを起こし、闇を見据えていた。
「そこにいるのは誰ですか? ひょっとして、女神様ですか?」アンノが言った。
「ええ……。あなた、私が見えるの?」Rがぎくりとして答えた。
「見えますよ。白い半透明の衣服をつけた、美しい女性の姿が」
「う、うん……、ありがとう」Rは動揺した。アンノのハーレム属性が、Rさえも虜にしようとしているのかもしれない。
「女神様……。さきほど強い魔力を感じました。魔王が生まれたのですね? 私は、魔王を倒すために、この世界に召喚された異世界の者なのでしょうか?」
(Mさん、なんて答えればいい? この子にアイツを倒すことなんて、出来ないよね?)
(いや……、可能性はなくはないな。神が神たるにふさわしいかどうか決めるのは人間だ。その人間に、おそらくこのアンノも含まれる。アンノの働き次第では、アイツを倒して、神の入れ替わりを引き起こせるだろう。そうすれば、少なくともアイツはこの宇宙から消し去ることが出来るはずだ)
(私が、女神さんを倒したみたいに、だね……)
(……、ああ……)Rの哀しみがMに伝わった。
Rは、すう、と息をしてからアンノに言った。
「ええ。私があなたを召喚しました。ようこそ勇者よ。魔王を一刻も早く倒し、この世界を救ってください。頼みましたよ」
アンノはかすかに微笑んで、うなづいた。こうしてポニーテール惑星に魔王が設置され、勇者の最終目的が出来たのであった。MとR、そしてアンノを勇気づけるように、この世界のテーマ曲が軽やかに演奏された。




