ザイナブを連れ帰る時
木々の隙間の青空を鳥が行く。
今日の村までまだまだ遠い。
「いやぁ・・・」
(面倒だな)
目の前のぱっさぱさで薄茶けた貧相な頭を眺めながら考える。
(ザイナブ…何人かいたよな…。
同じ見習いのザイナブ・クーヤ、ザイナブ・タルシャ、それから、ん?)
「ムギーラ!もしかして妹さんの名前って、ザイナブ・ヤナグ?」
「ええ、同じ名前ですね。まぁ、よくある名前です」
ムギーラが轡を並べてくる。
「んー。コレッシの子っていたっけ?」
「いえ、同名がいるのはクーヤの子ですね。
確か、ザイナブ・クーヤ・タルシャとザイナブ・クーヤ・ウマルだったはずです」
「げっ、マジか。
あれ?でもうちの管轄にいたっけ?」
「いや、ウマル・ヤーグス師の所です。隣の」
「あぁ、そうなんだ…。
あー、ま、それはさておき。
もう一人、コレッシの子がいたらどうしようかね?
…村の、名前…?」
(何て名前の村だったか…)
「ナチは…
あの、ナチはダメですか?」
自分の前に乗せたザイナブが振り返りながら声を上げる。
「私は、ナチになりませんか?」
「ザイナブ、それはちょっと難しいんよ。ナチは…条件があるんよ」
答えたムギーラと目があう。
「あー。
まぁ、今は。
ムギーラが言うように今は、足りなさすぎるし、そう目指すものでも…。
そう、だね。
これから教会に帰ったら、いろいろ学べばいいと思う。
それから、かな?」
馬を進めながら話す。
「ザイナブ。
君がこれからどうなるのか、今、何を考えているのか、これまでどうしてきたのかを私は知らないし、分からない。
それでも。
私やムギーラは君の後見の一人だし、これから会う他の人もそうだ。
君は、今、外に出た。
まだ知らないことは、たくさんある。
だから、まずはいろんな事を知りなさい。
それから、聞きたいことややりたいこととか、色々聞いてみればどうだろう?」
「…」
「それでも、あー、ナチを目指すなら、それからでも良いんじゃないかな?
その、君がこれから行く教会を卒業するか、私が居なくなった時まで、時間は…ある…」
ザイナブの目線が強い。
(あー、なんか、ミスった?)
「うん、いや。
ナチはその…、一人なんだよ。1つの教会に。
こう、実際の葬儀のあれこれをする人達をまとめて、どうしようもない時になんとかする人だから…。
だから、ザイナブが色んな人の相談に応えられるようになれば、交代だ」
「…ナチの前は?」
「え?」
「なる前」
「ああ、ウシャス。ケータス・ウシャス・ヴァージャシュラヴァス」
「バージャス」
「いや…。
ま、ケータス・ウシャスだよ。それ以上は何て言うか、慣れない」
「なんで」
「立派すぎるから」
よく分からない、といった感じでザイナブがこちらを見る。
馬を道なりに進めながらしゃべる。
「いや。
真似できないのに、そんな立派な人と同じだと思われても…困る。
あー…その昔、皆が食べる物が無くて困っていた時、食事を配って多くの人々を救った人がいたんだよ。
こつこつと働いて貯めておいた物を、本当にあっさりと分け与えてしまった人が。
それが聖者ヴァージャシュラヴァ。
ご先祖様なんだけれども…
みんなが、家族も同じことができるはずって期待するから…
それは嬉しいし、頑張りたいんだけれども…やっぱり無理だから…辛い時も、まぁ、あったりするんだよ。
一族の誰かが偉大なのは誇らしいけれども、やっぱり違う人だからね。
凄すぎるのも…ね、息苦しくて。
ほどほどが良いんだよ」
「…」
(あー。家族の話は失敗したかも…。
昨日の今日でする話じゃなかったか。
んー…これからの村の話とかして、普段の生活の話でもしてもらった方が落ち着くかね?
しかし、このまましゃべり続けるのもなぁ。
…んー、いや?
昨日の今日だぞ?
ただの村娘なら、もっと泣いてごねても、よくあること。
おとなしすぎる?)
いつのまにか、前を向いた枯葉色の頭を見る。
その体に震えや緊張はない。
(これは、案外、本当にナチに向いているかな。
肉親が死んだというのに、自然体っていうのも考えようによっては得難い才能。
ただ、そうだったら普通の生活じゃない方が良いんだよなぁ…。
んー。うん。
ただ、心を閉ざして沈めているだけなのかも知れない。
一度、村について寝かしたら、ムギーラと相談するか…)
「ザイナブ。
じき、村に着く。
そして、また起きたら先を行く。
明日も、また明後日も。
それでも、我々の旅は終わらない。
この月が終わり、満ち始めるまで。
その間、私は君の近くにいる。
それまで、私は君と話そう。
どんな話が聞きたい?
すぐ、とは言わない。
ゆっくりと聞きたいことができたとき、その時にまた聞いて欲しい」
こちらをふりかえり、その透明な瞳でじっと見つめてくるザイナブの頭が縦に揺れる。
そして増す眩しさに二人して前を見る。
森が終わり広がる青空にはゆったりと細い雲が流れていく。
・・・・・・・・・・・
「ムギーラ、ザイナブは普通ではないと思うんだが、どうしたものだろう?
単に心が追い付いていないのであれば、今しばらく離れないようにして、時間をかけて話しかけるしかないが…
あー、いや、それはそれで問題がないわけでもないか。
後2週間もすれば巡回も終わるからなぁ。
終わった後まで一緒というのも無理な話…。
まぁ、よくある話だからなんとでもなるんだけどね。
いや、ま。そうじゃなくて。
気になるのは、ザイナブが普通じゃなかった場合なんだよね…」
「…まず、この2週間でちゃんと話をすることだと思いますよ。
確かに傷を見た感じだと、彼女のお兄ちゃんは不死になった父親から彼女をかばって死んだと思いますけど、父親は」
「そう、父親は違うかもしれない。
いや、突然死かもしれないけれども、でもそうじゃなかった場合。もし、村人とかじゃなくて彼女が手を下していた場合、どうしてあげるのが良いんだろう?」
「考えすぎじゃないです?
だって、村人とか父親とは最悪みたいでしたけど、お兄ちゃんとは二人っきりみたいでしたし」
「あー。それだけ大事な人が死んでも動じてない事に変わらないのか
ん?え?いや、変わらなくない?
もっとやばいかもしれない事がはっきりしただけじゃん!
んー、そもそも、お兄ちゃんも大事だったのかなぁ?
…あー。天然にせよ、後遺症にせよ、むっつかしいなー!」
「仕方ないですよ。
よくあることじゃないですか。可哀そうですけれど。
出来る事をしえあげるしかできないです。
それに、最近、多くないですか?不死の発生。
前はもっと、無かったと思うんですよ。
だんだん増えてません?」
「んー、あー…。
確かに、何なんだろうね?
儀式がさぼりがちになっているって訳ではないけれども、なんか見かけは良くても根本が雑だし。
それ?
でも、満遍なく、至る所で、だもんなぁ」
「いや、分かんないですよ?
分かんないですが、とりあえず注意していくくらいしか今は出来ないんじゃないですか?
ずっと住んで回るなんて出来ないですし」
「まー、だねぇ。
なんつーか、悪の組織とかないかね?
誰かが企んだせいなら、いっそ楽なんだけれどもね。
退治するだけで解決だし。
どっこもかしこもきな臭いってのは、はぁ。我らが偉大なる神々も席を外されていらっしゃるのか。
相も変わらず昼に呼ばわってもお応え下さらず、夜、呼ばわっても平安を下さらない。
厳しいね」




