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灰燼と帰す (仮)  作者: 老衰
7/12

アダマンの騎士 6

 少し遅れてようやく頭が追いついた。


「テオバルトとやら、貴公は冗談が好きなのか?」

「紛れもない事実です」

「仮にそうだとしても、それを証明できるものはあるのか」

「ふむ、そうですね。 では、こちらの硬貨などはどうでしょう、見覚えが無いでしょう」


 テオバルトがテーブルの上に数種類の硬貨を並べた。


「右から、モンド、ビルシンク、グリーウッド。 この大陸で力のある国の硬貨です」


 どれも見たことが無い物であった。


「これだけで信じてくれるとは思いませんが」

「ああ、当たり前だ」

「よろしければ僕が現代を案内しましょう」

「……いや、ハッキリ言って、このような突拍子も無い事を言われてから貴公を信じて着いていくのは難しいな」


 私は全くもって答えが導き出せずにいた。

 しかし、この男は全く取り乱さない。

 仮にこの男の話が本当だとして、一万年前の人間がひょっこり現れるのはそう珍しくない事なのか……。


「それでは、僕が貴方を雇うという形では如何でしょう。 私は見ての通り音楽を生業としていて、か弱い存在です。 旅の道中、襲われてしまう事も珍しくありません。 しかし、かの有名な黒騎士に守っていただけるならば、これ程心強い事はないでしょう」

「いや、私はディオルシオス陛下以外、誰の下にもつかないんだ」

「ええ、もちろん存じています。 対等です、貴方と僕は」


 ううむ、この私が傭兵か。


「それに、アダマン王国のお金は現代では使えませんし、ヴィルフレッドさんは実質無一文です」

「…………」

「もし、僕が貴方の害と感じたならば、即座に切り捨ててもかまいませんよ」

「しかしだな……」

「ふむ、それでは、僕と共に来ない場合、この後どうするおつもりですか?」


 この後か。

 考えていなかったわけではない。

 国が滅んだのは、恐らく本当の事なのだろう。

 何しろ自分自身の目が見たのだ、夢だと信じたいがな。

 しかし、国が滅んだとて陛下は健在のはずだ。神の死など、同族での殺害の他に術は無いのだから。


「……陛下」

「はい?」

「陛下は今どこにいらっしゃるんだ」

「ディオルシオス国王は現在、姿を確認されていません。アダマンが滅ぶ直前から消えています」

「では、ミスラルの国王はどうした?」

「ディオベルゼウス国王は、アダマンにおける災害を確認したのち、アダマン王国及び周辺諸国を統一し、人間に国を任せ、消えました」

「……消えた?」


統一したということは、民は保護されたであろうか。

一応敵対していたとはいえ、ディオルシオス陛下とディオベルゼウスは兄弟だ。 そこまで酷い扱いはされない筈。

戦争での死は名誉ある事とされているし、民による争いは無い……と、信じたい。

いや、やはりそれは無理だろうな。 人間は感情によって左右されてしまう。 神族でさえ感情を抑えることは敵わぬのだ。 多少は酷い扱いをされていたかもしれない。

しかし、それも仕方のないことだ。 アダマンは王を失ってしまったのだから。

流石に奴隷落ちまではなくとも、ミスラルの国民よりも良い生活はしていないだろう。

ディオベルゼウスのことだから、地区を分けて住まわせるといったところだろうか。


テオバルトが話を続けた。


「現代では、神の存在はお伽噺となっています。 ディオベルゼウス国王だけでなく、全ての国、又は国を持たぬ神族、全ての神族が突如不明の失踪を遂げています。」

「神は存在しないと?」

「存在はしていると僕は信じています。 しかし、場所によっては信仰する神が違っていたり、存在しないと断言されていたりと、マチマチですね。 神の居ない時代が長すぎたのです、人間の寿命では世代の入れ替わりが激しく、実際目にしていなければこんなものです」


その言い分には納得した。

しかし、そうなると国を回って神族から陛下について尋ねようと考えていたが、不可能だな。


「……確か、統一と言っていたな」


 テオバルトは、テーブルに並んだ三種類の硬貨の内、一つをトントンと叩いて言った。


「ええ、こちらのモンド合衆国がそうです。 今、僕達が居るここも元はアダマン王国の土地でしたが、今はモンド合衆国の土地です」

「首都は何処にある」

「旧ミスラル城の位置です」

「現在地は」

「旧アダマン領のグラム城近辺です」


 ――グラム城。

 過去の記憶が明滅して蘇る。

 片腕を失った父、ヴィルヘルムの心臓を背後から射抜いた矢。

 私の腕の中で息を引き取った、心底悔しそうにしながら、最後まで戦のことを口にしていた。

 そんな、嫌な記憶が頭の中で繰り返し再生される。


「……そうか」

「貴方にとってはあまり良い土地ではありませんね」

「ああ、そうだな……」


 記憶を振り払い、私は一度大きく溜息を吐いて思考する。

 まず、第一の目的は陛下との合流だ。

 現時点では手がかりは皆無だが、神族を探して訊いてみるのが最も効率が良いだろう。

 第二、この現代での生活だ。

 これについては、この男の言う通り無一文で本当にどうしようもない。私に出来る仕事など、戦いしかない。それならばやはり雇われ兵となる以外無いだろうか。

 そういえばテオバルトの楽器を見て思い出したが、私も昔は音楽を齧っていた。ピアノ、ヴァイオリン、サックス。熱心に練習して、同じく音楽好きの部下とよくセッションしていた。

 しかし、音楽で飯を食っていくことは、恐らく不可能だろう。現代で一万二千年前の音楽を披露した所で、古臭い音楽だと思われること必至だ。

 となるとやはり……。


「……確かに今の私は無力だな。 わかった、貴公と共に行くことにしよう」

「この上なく嬉しい御言葉です」


 仮に、他で頭を下げて雇ってもらったとして、その後に雇い主からでかい態度を取られれば即切り捨てかねない。そうなったらお尋ね者だ。

 それならば温和そうなこの男についていく方が良いかもしれない。


「では、話もまとまったことですし、そろそろ昼食をいただきましょう。 ね、ヨーゼフさん」

「うん? 問題は解決ということで良いかの?」

「ええ、ひとまずは僕と共に行動をするということでまとめました。」

「そうかそうか、それは良かったの。 それじゃあ今用意させるので少々お待ちくだされ」


 そう言うとヨーゼフはシーラを連れてカイサを呼びに行った。




 程なくしてカイサが台所へ入り、ヨーゼフはテオバルトから私の話を聞いていた。

 シーラはヨーゼフの横で、何故だか私を見つめている。


「どうした、娘」

「鎧おじさんは白髭おじさんに似てるね」

「……白髭おじさん? 外で話していた白く暗い所で会っていたというおじさんか?」

「うん、そうだよ」

「そうか、もしかしたら私のように古い時代の者かもしれないな」


 他愛も無いシーラとの会話にヨーゼフが割って入ってきた。


「ちょ、ちょっとお待ち下され、シーラはこの方の言葉がわかるのか?」

「うん、わかるよ」


 続けて、テオバルトもこちらの会話に入ってきた。


「それについてもご説明いたしましょう」

「まず、アダマン王国ですが北の大陸にある国なのです」


 突拍子も無くテオバルトが嘘をついた。


「東だぞ、何を言っているんだ貴公は」

「彼もそうだと言っています」

「……おっと、話が通じないぞ。 どうした」

「真実を伝えた所で、異常者と思われるからですよ」


 テオバルトがイブラス言語で答える。


「先程から僕はずっとヨーゼフさんに貴方のことについて話していますが、六割が嘘です。 アダマンが北の国だという嘘はシーラちゃんとの対話が可能ということへの辻褄合わせです。シーラちゃん、この事黙っていてくれてたら旅先で見つけた良いものをあげるよ」

「ほんと? うん、シーラ喋らない」


 シーラが脚をパタパタさせながら喜ぶ。

 テオバルトはヨーゼフへの嘘を続けた。


「彼が言うには、シーラちゃんとは出身国が隣同士で、言語が同じだったそうですよ」

「ほぉ、なるほどなるほど」

「シーラちゃんの国では貴重なお酒が作られていて、彼もよく買いに行っていたそうです」

「いや、私はそれほど酒は好まん」

「上戸ですか、わしはすっかり酒は飲めませんから、羨ましい限りですなぁ」

「皆さ~ん、食事ができましたよ。 ほら、シーラ手伝って」


 全く噛み合わない会話が展開されていたが、カイサの呼びかけで話は終了した。

 シーラが台所へ駆けていく。

 私の溜息を他所に、テオバルトは終始にこやかな顔をしていた。





 ─────





 食事を終えて、私達はすぐに出発することにした。

 なにより私自身、一刻も早く問題を解決したくて仕方がなかった。

 荷物をまとめ、向かう方角を決めた。


「それでは、ヨーゼフさん」


 テオバルトがヨーゼフに小さな布袋を手渡す。


「いやいや、お金なんて貰えんぞテオバルトくん」


 慌ててヨーゼフがテオバルトに布袋を返そうとするが、テオバルトが手で押し留めた。


「いえ、僕の友人となる者を助けてくださったのです。それに昼食をタダでいただくわけにもいきません」

「しかし、依頼をしたのはわしじゃ──」

「──その報酬ならばヴィルフレッドさんの紹介で十分どころか、とんでもないお釣りがでますよ」

「そ、そうかのう。 ううむ、テオバルトくんがそう言うのならばありがたく貰うとしよう」


 テオバルトが満面の笑みで頷く。

 ヨーゼフはありがたそうに金の入った袋を少し持ち上げながら頭を下げた。


「そして、シーラちゃんにはこれを渡そう」


 そう言って何処からともなく取り出して渡したのは子供用のヴァイオリンだった。


「……これなに?」

「これっ、物を貰ったらまずはありがとうじゃろ」


 ヨーゼフがシーラを叱った。


「ごめんなさい……テオバルトさん、ありがとう」

「うん、どういたしまして。 そうだなぁ、コレが何なのかは実演してみた方がわかりやすいかな」


 テオバルトは器用に子供用のヴァイオリンを弾き始めた。


 その音色を耳にした途端、世界が茜色に染まった。

 冷たい風が頬を撫でて、憂愁の穴が心に大きく空く。

 穏やかで、心落ち着く中にもどこか哀しいような、神秘的で美しいものを感じさせられた。


「すごーい!」


 シーラがその小さなで手でパチパチと拍手をした。

 ヨーゼフは余韻に浸るよう目を閉じていた。


「うまいものだな」


 私も純粋に聴き入ってしまった。


「『懐かしき夕暮れ』でした、ヴィルフレッドさんもよく弾いていたとか」

「ああ、子供の頃によく弾いていたが、最近はあまり弾いていなかったな」


 テオバルトは懐から本を一冊取り出し、シーラにヴァイオリンと共に本を手渡した。


「それは、僕ができるかぎりヴァイオリンに関してまとめた本なんだ。それを読みながら練習をするといいよ」

「……読めない」


 何歳なのかわからないがそれもそうだろう。

 まだ子供なのだから。


「余程テオバルトの字が汚いのだな」

「ヴィルフレッドさん……。 うーん、わかりました、また後日、文字の本を持って戻ってきましょう」

「それは構わないが、いつ頃という目安はあるのか?」

「何事も無ければ半年後になります」


 テオバルトは不自然な程に早く、そう答えた。


「……そうか」

「では、そろそろ行きましょうか」

「うむ、御老人、世話になった」


 ヨーゼフに握手の為に右手を差し出した。

 察したヨーゼフが笑顔で握手に応える。


「娘も元気でな」


 最後にシーラの頭を撫でた。

 抱きしめているヴァイオリンに転移の魔紋と、別の魔紋の二つが刻まれているのが見えた。

 なるほど、楽器そのものに転移魔法を刻み、取り出していたのか。もう一方の魔紋は見たことがないな。


「忘れ物はありませんか」

「もしあったとしてもまた戻るのだろう?」

「ええ、まぁ、それはそうですが」

「ならば問題ない」


 テオバルトがヨーゼフと共に来たという道を歩く。

 振り向けばヨーゼフ達が手を振っていた。

 テオバルトも手を振り、私も軽く手を上げた。


 手を上げたヴィルフレッドを横目に、テオバルトは小さく笑った。

 そして、ヴィルフレッドがヴァイオリンに刻まれた自身の名前に気がつくことはなかった。

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