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灰燼と帰す (仮)  作者: 老衰
6/12

アダマンの騎士 5

 今朝、藁の上にシーツを被せただけのお粗末なベッドから起きた私は、村へ降り旅人を連れてくるという老人を見送り、今は薪割りをしている。

 昨日、あれほど世話になったのだ。なにか手伝えることはないか悩んでいた所、カイサが家事を終わらせたようで、家の裏でやっていたのだ。

 こちらの言葉が通じないので、ガツガツと鎧越しに自分の胸を叩き、交代の意思を表した。

 身体は大丈夫なのかと聞かれたが、一晩で快調にまで戻った。心なしか力がいつもより余りあるような気がする。その事もなんとか身体を使って表現した。


 それにしても、身体が快調過ぎておかしい。力が余分に多く入ってしまう。朝食中に握った木のコップがミシミシと音を立てたり、今だって技術で割ってるわけでなく、力で無理矢理に裂いている感じだ。

 自分の身体に、多少の違和感を感じつつ、薪を割り続けていると、視線が向けられていることに気づく。

 昨日の魔族の娘が、家の壁から頭を出してこちらを覗き見ていた。


 なんだ、余所者の私に興味があるのか?


 気にせずに薪割りを続けることにした。


 すると、娘はコップを二つ両手に、こちらへ近寄ってきた。

 突き出されたコップの中身はホットミルクだった。自家製だろうか。


「……ありがとう」

「……」


 適当な丸太へ腰掛け、休憩を取ることにした。

 無言で私の隣に腰掛ける魔族の娘。

 昨日も考えたことだが、なぜあの親子は人間なのに娘は魔族なのだろう。

 捨て子だろうか。


 ……しかし、無言が辛いな。

 こういう時、城下町のやんちゃ坊主共ならば「騎士かっけぇ!」と言葉と身体でダイレクトに伝えてくれるのだが……。

 まぁ、いい。続きをしよう。

 ミルクを飲み干し、立ち上がろうとした時、腰の布が引っ張られた。


「あっ……」


 どうやら私の腰の飾り布の刺繍を、手に持って眺めていたようだ。

 ハハア、なるほど。

 この娘も私の鎧に興味があるということか。

 こう言ってはなんだが、この辺りは何も無いように見える。そこに来た私は珍しいおもちゃなのだろうな、この歳の娘にとっては。

 しかし花やドレスでなく、このようなむさ苦しい鎧に興味を持つとは、良いセンスだな娘。

 どれ、肩車をしてやろう。

 怯えさせないよう、おもむろに娘の胴を優しく掴み、肩に乗せた。


「……っ」


 娘が必死に私の兜にしがみつく。


「……高い」

「怖いか?」


 私の問いに娘が首を振って答えた。


「……怖くない」

「そうか」


 肝の座った娘だ。

 だが何らかの違和感を感じる。

 なにかとても大切なことのような……。


「…………ちょっと待て、私の言葉がわかるのか?」

「わかるよ」

「何故だ、どこで習った?」


 娘は瞳を右往左往させ、ぼんやりとした表情だが、頭の中の引き出しから記憶を取り出そうとしていた。


「お父さんとお母さんが話してた」

「その、御両親は今何処に」

「死んじゃった……」

「……ああ、そうか、すまなかったな」

「んーん」


 魔族だが、イブラス言語が理解できていたのか。外交官か?


「いつもその言葉で話していたのか?」

「んーん、白くてピカピカして暗い所で、髭のおじさんと話す時」

「その場所は?」

「わかんない」

「髭のおじさんは?」

「……わかんない」


 ……この歳の子供の記憶力では仕方がないか。


「鎧のおじさんはどこから来たの?」

「む、私か? ……私は、アダマン王国から来た。」

「アダマン?」

「ああ、アダマン、だと思いたい」

「思いたい? 鎧おじさんもわかんないの?」

「…………」


 姿形はアダマンだったが、アレは本当にアダマンだったのだろうか。

 今、こうして思い返すと、あれは幻覚だったのではないか。

 深い森で遭難した故に、精神状態が不安定になり、あのような幻覚を見てしまったのではないか。そう思うこともある。

 だが、仮にそうだとしても、何故私は森で遭難していたのか。目覚めるよりも前の事が全く思い出せない。

 記憶喪失だろうか。しかし、私の名前や生い立ち、全てを知っている。


「……ああ、おじさんもわからないな」

「そうなの」


 あの老人は昼頃に戻ってくると言っていたな。

 ならば、そろそろ薪割りの続きをしなければ。任された手前、中途半端で終わらすわけにはいかないし、老人が帰ってくるまでには全て終わらせておきたい。


 娘を降ろして、斧を手にとった。


「アダマンってどんな所だったの?」


 娘が聞いた。


「アダマンか。そうだな……、野蛮人の国だな」


 作業を止めることなく答えた。


「やばんじん?」

「馬鹿という意味だ」


 そう、アダマンの人間は総じて馬鹿が多かった。良い意味でな。


「アダマンでは強さが全てだった、強き者が弱き者を従え、守っていた。あぁ、もちろん強さを振りかざす者も出てくる、その為に国で選別した屈強で公明正大な男達で構成された取締組織も存在した。」


 太い薪を一撃で割る音が続く。


「ただ、そんなのは一部で、平和な国だった。戦争はしていたが、殆ど小競り合いだ。まぁ、大きな戦いで多くの男達が死ぬようなこともあったが……」

「うん」

「……こんな話、別に面白くもないだろう」

「うん、難しい言葉がいっぱいでわかんなかった」

「そうか」


 その後、黙々と薪を割り続け、娘はその間も私のことをずっと見ていた。

 ふと、娘が口を開いた。


「お爺ちゃんだ」

「む、もう帰ってきたのか」

「もうお昼過ぎてるよ」

「……そうか、気が付かなかったな」


 薪割りも大半終わったので、斧を薪置き場の隣へ立てかけ、先程の丸太に腰掛けた。

 懐から葉巻とシガーカッターを取り出した所で、ふと思い直し、また懐へとしまった。

 なんとなく、吸う気が失せた。


 今朝、老人が村へと向かった方角をしばらく眺めるも、一向に現れる気配はなかった。


「……あー、おい。 老人はいったいどこに居るんだ」

「まだ見えないけど来てるよ」

「なぜわかる」

「……んーと、んーと、わかんないけどわかるの」

「そりゃどういう意味だ」


 謎の自信に呆れた適当な相槌を打つと、ぶるりと娘が寒さに身を震わせた。


「寒いのか」

「うん」

「では、中で待つことにしよう」


 娘はこくりと頷いてヴィルフレッドの後に続いた。





 家の中へ入ると、娘は駆け足で台所に向かって行き、私は昨日座っていた席に座った。

 娘は先程と同じく、コップを二つ両手に駆け寄ってきて隣の席へ座った。

 中身は同じようにホットミルクだった。


 暫くして家畜小屋の方に居るカイサへ声を呼びかけているのが外から聞こえた。老人が帰ってきたようだ。

 玄関が開かれると、老人と一人の男が居た。

 老人はこちらに気づくと笑顔になったが、すぐさま青くなり、冷や汗が滲み出た。


「カイサ! シーラが客人と居るぞ!」


 老人が叫んだ。

 どうした、シーラとは誰だ、この娘のことか。

 シーラを見やると、怒られると焦った顔でオロオロし始め、最終的に私の後ろへ隠れるに至った。飾り布をギュッと握りしめて。


 老人がこちらへ寄り、弁明を始めた。


「違うのです、これは、その、訳があるのです。決して魔族と懇意の仲という訳ではないのです。……その、知人の奴隷を預かっておりまして……」


 老人は口調を忘れ、敬語を使うまでに動揺していた。

 なんだ、何をそんなに取り乱しているのだ。

 すると、老人の背後に居た男が、老人の肩を叩いて落ち着かせた。


「ヨーゼフさん、僕が話しましょう。それにもし貴方の話が正しければ、この方が魔族に危害を加えることはありませんよ」

「あ、あぁ。 では頼んだぞ、テオバルトくん」


 テオバルトと呼ばれたその男は、白いローブを羽織り、フードを深く被っている。その背中には大きな楽器、コントラバスを背負っていた。

 テオバルトは、コントラバスを壁へ立てかけてから私の前の席へと座り、ほぅと一息ついてからフードを上げて、話し始めた。

 中性的で端正な顔立ちだった。ふと、部下のアランを思い出したが、あれとはまた違う、アランは可愛い顔をしていたが、テオバルトは綺麗で美人という表現が似合っていた。


「初めまして、僕の名はテオバルトです。 貴方は何処から来たのですか?」


 テオバルトはイブラス言語で話しかけてきた。

 声までもが美しかった。さぞかし婦女子から慕われていることは想像に難くない。

 そう、つまりはこのテオバルトこそが昨日、老人が話していた件の旅人なのだろう。


「私はアダマン王国から来た」

「ほう、アダマン王国からですか」


 テオバルトは興味深そうに頷いて次の質問を投げてきた。


「アダマン王国の現国王は誰ですか?」

「現? ディオルシオス陛下だが……」


 現国王とはどういう意味だろうか。

 まるでディオルシオス陛下以前に違う国王が存在したかのような言い方だ。


「では、貴方の名を教えてください」

「ヴィルフレッドだ」

「では、貴方がかの有名な黒騎士ですか」

「あぁ、アダマンの黒騎士とも呼ばれているな」

「確か弟さんがいらっしゃいましたね。弟さんの御職業を教えていただけませんか?」


 こちらに詳しい上、随分と妙な事を聞いてくるな。


「……医者だ。 なぁ、この質問はなんの意味があるんだ?」

「いえ、ちょっとした事実確認ですよ」


 事実確認か。なんの事実確認か分からないが特にやましいことは無いので大丈夫だろう。

 つまりは、先程の現国王云々も引っ掛けということだろうか。


「最後に、魔族についてどうお考えですか?」

「魔族? どうもなにも、魔族は魔族で、人間よりも身体的特徴が有り魔力内包量も多く、起源は明らかにはされていないが、進化の過程で環境に適した身体を手にした人型の種族。 それ以外何とも思わないが」

「なるほど、よくわかりました」


 これに至ってはなんの質問だ?

 全く意味がわからない。


 テオバルトは老人に向き直って、話した。


「ヨーゼフさん、御安心ください。彼は魔族差別者ではありませんよ。シーラちゃんも懐いていますし、何も問題は無いでしょう」


 老人、ヨーゼフはホッと胸を撫で下ろした。

 それからシーラの目線に合わせるようしゃがみ込み、優しく言い聞かせた。


「今回は何事も無かったが、他の人だったら危ない目に合ってたかもしれないんだ。 今後はお爺ちゃんが良いと言うまで知らない人間に近づいてはいかんぞ」


 シーラは落ち込んだ様子でゆっくりと頷いた。


「それでは、本題に入りましょうか」


 テオバルトが改めて私に向き直る。


「何から聞きたいですか? わかることは全てお答えしましょう」

「ふむ、そうだな。 ではまず、目が覚めたらアダマン城が荒れ果てていた。周りは妙な色をした森になっていて……あまりにも突拍子がなく、うまく説明ができん。 外から見たアダマンの状況を教えてくれ」


 テオバルトは頷いてから告げた。


「貴方の言うアダマン王国ですが、一万二千年前に滅びました」

「うむ、そうか。…………ん?」


 ちょっとよく聞き取れなかったぞ。


「すまん、もう一度頼む」

「アダマン王国は一万二千年前に滅びました」

「あぁ、なるほど…………ん?」

「えぇ、もう一度言いましょうか?」

「頼む」


 テオバルトは少しも表情を変えず、強調するように言った。


「アダマンの黒騎士、ヴィルフレッドさん。 貴方が仕えていた王国アダマンは、一万二千年前に滅びました」

「…………ん?」

「ヴィルフレッドさん、現代は貴方が生きていた時代の一万二千年後です」


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