表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰燼と帰す (仮)  作者: 老衰
5/12

アダマンの騎士 4

 あれから七日歩いた。

 今はただの森を歩いている。

 途中から灰の森は、まともな緑色へと変化していた。恐らく中心地だけが灰色なのだろう。

 少しだけ虫を見かけるようになったが、相変わらず飯になりそうな動物は見かけない。

 しかし、虫が存在するだけでも儲けものだと思い、スタッグビートルという甲虫を焼いて食べた。味は、少し臭みがある程度で肉の部分もわりと多く、意外にもイケる味であった。

 幾分かは空腹が紛れたものの、普段あまりこういったモノは食べない故に、気分は落ち込んだ。

 水は当然ながら尽きていた。水場が見つからないので、葉に毒があるのかどうか不安ではあったが、今は朝露を舐め取り、かろうじて生きている。


 そう、かろうじて生きている。生きているが、もう、限界だ。

 今すぐにも前のめりに倒れてしまいそうな程、不安定な足取りで進んでいる。目が霞む、気力で進んでいるだけだ。

 一歩、一歩、震える脚でなんとか地を踏み締める。が、膝から崩れ落ちた。

 兜越しに頭を強く地面にぶつけ、もはや死を覚悟した。


 後悔は無い──だなんてことは無い。死ぬのなら家族や友人に看取られて病で死ぬ、もしくは戦場で死にたかった。

 荒れ果てた祖国の城で目覚め、人に出会わず、森の中をひたすら歩き、最後の晩餐が甲虫で、結局なにもわからず死ぬだなんて、誰が想像できただろうか。

 しかし、無理なものは無理なのだ。

 今、私の転移の魔紋はアダマン城以外にはどこにも置いていない、限られた体力でこの大きな森を抜けることも不可能だったのだ。他に方法はなかった。最善の選択でこれなのだ、どうしようもない、諦めよう。


 私は重い瞼を閉じた。












 クシャ



 ……音だ。枯れ葉と草を踏み締める音、落ちた小枝を踏み折る音、少しの動作で枝に当たり、枝がガサガサと身を揺らす音。ここ数日、起きている間は聴かない時はないと言う程自分の足で鳴らした音だった。


 音が徐々にこちらへと近づいて来る。

 草を掻き分け、歩いてくるのがわかる。……二足だ。恐らく動物ではない。


 そして足音は私の頭の横で止まった。


「おい、お前さん」


 嗄れた声が、倒れ込んでいる私の頭上から聞こえた。


「どうしたんだ、こんな所で」


 ……声が出ない。

 返事がしたくても喉が動かないのだ。


「鎧も綺麗だ。まさか、死んでいるわけではあるまい」


 御明察だ、誰だか知らんが良い観察眼をしている。

 恐らく、声からして、この人物は老人だろう。

 村なり街なり、どこからでもいいから若い者を呼んで、荷車で運んでくれないだろうか。私はもう動けん、疲れたのだ、歩きたくない。


「仕方がない、肩を貸すから自分で歩いてくれんか。流石に鎧男を背負う力なぞ、この老体には残っておらんでな」


 ……クソッタレ、なぜ私にも貴様にも辛い選択をした。許せん、先程の褒言葉は取り消そう。


 心の中で老人に悪態をついていると、老人が私の腕を掴んで自分の首へ回した。

 そのまま老人の身体に支えられ、無理に立たせられる。


「よっ……こいせっと、あぁ、お前さん重いのぅ。ところで生きとるのか? わしの声が聴こえとるか? 聴こえとるなら足を一歩踏み出してくれんか?」


 その問いかけに答えるように、重い左足を前に擦り出す。


「おぉ、なんとか生きとるようじゃの。ならば、わしの家へ案内しよう。」


 そう言われた私は次第に朦朧とする意識の中、ひたすらに足を前に出した。






 ─────






 地を擦る自分の足音と、老人の息遣いを聞き続けて、どれほどの時が経っただろうか。

 老人の息は荒くなり、途中何度も休憩をしていた。

 二人して虫の息だ。

 そんなことを思っていると、老人の足が止まった。またもや休憩だろうか。


「……はぁ……はぁ……つ、ついたぞ」


 どうやら老人の家に着いたようだった。

 すると、老人はゆっくりとしゃがみ込み、私の身体をできるだけ丁寧にといった風に、地へ転がした。


「す、すまんが……ここで横になっててもらえるか。……すぐに水を持って、こよう」


 息を必死に整えながら老人は家へと歩き出した。

 これで助かるぞ、なんと運の良いことか。


 とりあえず水を飲めることが確定したが、兜が邪魔だぞ。兜取ってくれ御老人。

 ……水持ってくるまでに自分で外した方が早いな。


 力がうまく入らず、震える指で音を立てて兜を外そうとするが、上手く外せない。

 ……バイザーを上げればいいのか。




 バイザーを上げ、ぼやけた視界で空に浮かぶ雲を眺めて待っていた。横に長い雲が少しづつ左へ流れていく。

 暫くするとガタガタと音を大きくたてながら、ドアを慌てたように開けて老人が出てきた。

 陶器の水差しを抱えながら小走りでこちらへ駆けてくる。


「さぁさぁお前さん、口を開けてくれ」


 老人に促され口を開けると、少しずつ白湯を流し込まれた。

 久しぶりに腹に物が入ったので腹がグルグルと動き出した。


「さて、まずは何故あんな所で行き倒れていたのか聞こうかの」


 質問に答えるべく、声を出そうと喉を一度鳴らし、「あー」と発声すると少し枯れてはいるが、喋れない程ではなかった。

 私は湯で濡れた自分の口を手で拭いながら考えた、なんと答えたらいいのか……。

 目が覚めると街が廃墟と化しており、人を求めて彷徨っていた。そう、それだ、これを説明すればいい。聞いた側は突拍子もないことで理解するのに時間を要するだろうが、これを伝える他ないのだ。

 横たわっていた体を起こして、老人に向き合って話し始めた。


「……街が廃墟になっていたんだ。何を言ってるのかわからないと思うが、目覚めた時にはそうだった」


 老人は顔を顰めた。

 やはりまずかっただろうか。

 とりあえず続けて話すことにした。


「それから、ずっと歩いて来たんだ。不思議なことに動物は一切居らず、飯にはありつけなかった。正直助かった、御老人」


 老人の顔は先程の顰めた顔から困惑した顔に変わっていた。


「……すまんが、言葉がわからんのぅ」

「……なに?」


 続けて老人が言った。


「お前さん、こっちの言葉はわかるのか?」

「ああ」




 少しの沈黙が場を制した。

 耐えきれなかったようでまたもや老人が口を開く。


「その短い言葉は、返事ということでいいのか?」

「ああ」

「では、こっちの言葉はわかるのか。それならば……まだ、なんとかなりそうじゃの」


 どれほど歩いたのかはわかっていないが言語はまだイブラス言語圏のはずだ。

 老人の話している言語は聞いたことがないが、内容がわかるのは左手の人差し指に嵌められた、淡い緑の宝石が留められた指輪のおかげだった。

 これは他言語によって密談する連中を看破する為の物である。言葉に乗った意味を翻訳して伝えてくれて、尚且つ消費される魔力も微弱という優れものだ。

 流石に特注品なので手にしている者はアダマンでは親衛隊の人間だけであった。


「お前さん、見たところ……どこかの騎士のようじゃが、どこの出身じゃ?」

「アダマン王国だ」

「あだま……なんだって?」


 聞き取りやすく、一文字一文字を強調して、子供に言い聞かせるように言う。


「アダマン王国」

「あだまんきんぐだむ?」


 左腕に装着している盾の紋章を見せ、トントンと二度指先で叩いて再度言う。


「ああ、そうだ。アダマン王国だ」


 できることならば、この場所がアダマンの領地内なのか確認を取りたかったが、その主旨を伝えるのは難しそうだ。

 老人は、紋章に顔を一度近づけてはすぐに遠ざけ、目を細めて唸っている。


「すまんが……見たことも、聞いたこともないのう」


 ……まさかこの老人、ボケてやしないだろうな。

 自分で言いたくはないが、アダマンの黒騎士といえば海を跨いだ先の大陸にまで名が轟いていた。代々、私の父や祖父はもちろんのこと、遠い過去の先祖がディオルシオス陛下の剣として仕えてきた。私の家系において、最も強い者の称号とも言える。アダマン国内では王に次いで強くあらねばならず、神族以外の者に負けることは許されない。

 それを国の紋章はおろか、名すら聞いたことがないなど、ありえない。

 余談だが、私はミスラルの騎士に負けかけたので「引き分けだッ!」と言い放ち、逃げた事がある。負けてはいない、引き分けたのだ。あれは良い闘いであった。


 すると老人がなにかを思い出したかのように手を叩いた。


「そうじゃ! 今、村の方には旅人が来ているのじゃった!」

「……それが?」


 言葉が通じておらずとも相槌は打たずにいられなかった。


「もしかしたらお前さんの言う、あだまんきんぐだむ? のことがわかるかもしれん。言語も通じるかもしれんの」


 なるほど、まだ望みはあるか。

 偶然にも旅人が滞在しているとは、幸運なことだ。


「そうとわかれば、わしの家で休むといい。今日はもう暗くなりだす、明日わしが村まで行って旅人さんを連れてこよう。さあさあ、立ち上がっとくれ。おいしいシチューを今ごちそうするでな」


 老人に言われるがまま立ち上がり、木造二階建ての家へと誘われた。

 その隣には家畜小屋がニ軒並び、外に出ている牛が草を食んでいた。


 もう暗くなるのだったな。

 あのままでは狼だとか危ないのではないか、声をかけるべきだろうか。


「……御老人、あの牛は小屋にしまわなくて良いのか?」


 老人が少し間抜けな声で反応して、振り返った。


「なんじゃ、なんかあったか」


 言葉が通じないので、牛を指差す。

 うむ、おそらくジェスチャーで頑張っても通じないな。いや、なんとかなるか。


「牛がどうかしたかの?」


 続けて天を指指す。


「空がどうかしたかの?」


 諦めた。

 やはり受け答えのみに徹した方が良さそうだ。


「……そろそろ牛も小屋に戻さなけりゃいかんの。とりあえず、お前さんは中で座って待っといてくれるか」


 と思ったが、なんとか気づいてくれたようだ。よかった。


「ああ」


 頷くと、老人は小屋の方へ向かって行き、私は言われた通りに、家の扉を開き中へ入る。

 入り口が狭く、頭をぶつけた上に幅が狭いので身体を曲げて入る形となってしまった。


 正面にある大きなテーブルの上には既に皿に盛られたサラダやパン、肉が並んでいた。

 マジマジと眺めていると、不意に横から話しかけられた。


「あら、いらっしゃい。 森の中で行き倒れだって? 大変だったでしょう、騎士様」


 声がする方へ首を傾けると、台所に恰幅の良い女性が手を布巾で拭いながら私に微笑みかけていた。垂れ眉と、その微笑みが優しさを感じさせる。


「さ、座って座って。お爺ちゃんが戻ってきてからシチューお出ししますからね」


 外套と盾、大袋、兜を椅子の横に置き、用心の為に剣はそのままで腰掛けた。

 今すぐにでも目の前の飯に食らいつきたかったが、助けてもらった手前、流石に意地汚い真似はできない。


 手を出せない飯に釘付けになっていると、私の背後からガタガタと音がした。

 剣の柄に手をかけて振り向くと、二階へ続く階段から子供がこちらを覗き込んでいた。肌は青く、紺色の髪から黒い小さな角が見えている。その紅い瞳と眼が合うと、ビクリと身を震わせ、すぐさま引っ込んでしまった。


 この家には魔族も居るのか?

 珍しいな、魔族の出自は北の大陸だとされている。対してアダマンが存在する此処は東の大陸、それも右端の方だ。見ることなど滅多にない。

 あの容姿ならば悪魔系の魔族だろうか。



 考えていると、先ほど私がくぐってきた玄関の扉が開き、老人が帰ってきた。


「待たせたかの。カイサ、シチュー出しとくれ」

「はいはい、お父さん。今出しますよ」


 先程、私に声をかけた女性はカイサと言う名らしい。

 カイサはミトンをつけ、クリームシチューの入った大きな鍋をテーブルの中央に置いた。その後、ミトンを外し、席についたカイサに目配せをし、老人が口を開いた。


「それでは、今日も生きられたこと、食事にありつけることの感謝を神に……」

「神に……」


 ……なんだ? カイサと老人が目を瞑り、手を合わせたまま動かない。

 そのままの状態が少しの間続き、たまらず声をかける。


「……どうした?」


 私の言葉に、老人がゆっくりと目を開いて言った。


「どうやらお前さんの住んでた場所では祈りの文化がないようじゃの」

「……祈り?」


 今のは神に感謝していたようだが、全く見当違いではないか?

 世界を作ったのは神ではない。あくまで神とは人間よりも魔力が高く、超常的な能力を持った神族という種族、生物なのだ。豊穣の力を持つ神族も居るには居るが……。

 つまり、今テーブルに並んでいる食い物、老人達が今日まで生きてこられたのは自分達の力によるものだ。

 これは常識だ。

 稀に、発展していない集落や村で、自らを信仰の対象にするよう仕向ける神も存在するが、そういう者は大概、愚か者故に他の神の怒りを買い、滅ぼされる末路が多い。又、低位の神が行う事が多い。

 ディオルシオス陛下の治めているこの国で……? いや、そんなまさか、そういう輩は大概ディオルシオス陛下に派手に散らされている。酷いモノで他の大陸でも見える程の天高くで爆発四散させられた神も居た。だが、この老人はアダマンを知らない。どういうことだ、全く意味がわからん。


「どうしたんじゃ、そんなに考え込んで」

「……ああ、いや、なんでもない」

「まぁまぁ、考えたって仕方ないじゃろう。明日旅人を連れてくるんじゃ、それからじゃないと物事も進まんじゃろうて」


 老人は鶏肉を皿に乗せて私の前へ置いた。


「今はとにかく食べて、身体を休めるとええ」


 ……思えば、まだまともに感謝の言葉を述べていなかったな。


「かたじけない」


 少しの間、頭を下げ、それから老人達のように両手を合わせてから鶏肉を頬張る。

 久しぶりに食べたまともな食事は、涙がこみ上げそうになった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ