表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰燼と帰す (仮)  作者: 老衰
3/12

アダマンの騎士 2

 あれから長い廊下を歩き、階段を降りて、また長い廊下を歩いて、また階段を降りて、今は城の一階だ。

 右にある通路を真っ直ぐ行くと兵舎へ直接繋がる階段がある。兵舎から兵舎裏へ抜ければ休憩中の兵がたむろしている食堂だ。

 城の飯と比べればハッキリ言って粗末なものだが、なんというのだろうか、家庭の味というやつだ。

 それに城の連中と食べるよりも、兵隊連中の方が気が楽だ。

 アダマン国の人間は、基本的には荒っぽく、争い事が好きで、いい加減な者が多いのだが、どうも城の文官はお堅いのが多い。

 そもそも、私だって自称は『私』などではなかったのだ。礼儀のなってない男、野蛮人、筋肉が頭にまで達した超人、等々、口煩い連中が好き勝手のたまうから無理をして、色々と直したのだ。大体、国王陛下が一番礼儀がなってなく、野蛮で、脳筋のクソッタレじゃないか…………思うだけならば不敬罪にはならない、はず。


 ……しかし、ここまで誰ともすれ違うことがなかった、偶然だろうか。

 もしかして本当に悪戯じゃないのかもしれない。だとしたら……ダメだ、全くわからん。

 そんなことを考えながらも食堂の前まで来た。

 ギギィと軋む音をたてながら、木造の扉を開く。

 閉め切りだったのだろう、息が詰まるような、圧迫感を感じさせる臭いがした。

 人は誰一人として居らず、並んで食べる為の、横に長いテーブルと椅子は、上から新しく粘土を塗ったかのように、埃を被っていた。


 想定していた最悪の結果が今、目の前に表れたわけだ。

 テーブルの埃に、指で線を描きながら考える。

 さて、どうしたものかな。──とりあえず厨房も見てみるか。

 私が目覚めるまで、どれ程の時が経ったのかはわからないが、おそらく、この様子では水や保存食があったとしても、状態は絶望的だろう。きっととんでもない悪臭を発生させているに違いない。


 鬱陶しい蜘蛛の巣を払い、厨房入り口から入る。

 かつて、食器や調味料の瓶でいっぱいになっていたであろう棚はぽっかりと何もなく、蛇口があった所は取り外され、鍋や包丁といった、本来厨房に置いてあるはずの物はなく、年季の入った窯が奥で鎮座していた。

 もぬけの殻のようだ。

 蛇口が取り外されているのは、おそらく蛇口内の水源石が高価だからだろう。


「襲撃された、というわけではないようだな」


 あまりにも綺麗に物が無くなっている。この様子では、おそらく国から出ていったのかもしれない。

 兵舎食堂がこの有様では、城下町も似たようなものだろう。

 いや、まさかな、ありえない……とも限らないが、国民を引き連れて、どこかに移り住んだのか。

 なんにしろ、人を探して色々聞かねばならないな。


 食堂から出て、兵舎の横を通り過ぎ、城下町へ続く階段を降りる。

 小走りで、猫の子一匹いない町中を見回しながら、町の酒場へと向かう。

 町の、どの通りの家や店も、人の気配は無く、物音一つしない。

 まるで時が止まったかのように感じられる。

 酒場にはすぐに着いた。どれ程眠っていたのかわからないが脚の筋肉は衰えていないようだ。

 駆け足の勢いを乗せて酒場のドアを勢いよく叩き開ける。

 城の兵舎食堂と同じく、人は居らず、物も無い。

 こちらは、椅子もテーブルも無く、殺風景といった言葉そのままの状態だった。

 踵を返し、町の広場へと出る。


「誰か居ないかァ!! 私は国王親衛隊隊長のヴィルフレッドだっ!!」


 無人の町に私の叫びが吸い込まれる。

 待てど返事は帰ってこない。

 もう一度同じ言葉を叫ぼうと息を吸い込み、口を半ば開けたところで、思い直し、口を閉じた。


「ダメだ、余計喉が乾くだけだな」


 私以外に人が居ないということがほぼ確信し、力が抜けたように歩いた。

 広場の中心に設置されている井戸へ向かい、座り込む。

 幸い水桶は持ち去られていない。


「枯れてなければ良いが……」


 桶を降ろすと水に沈む振動が手に伝わった。

 重くなった桶を引っ張り上げ、井戸の縁に置く。

 汲まれた水は、荒れ果てた城や町とは正反対に、不自然なまでに透き通っており、陽に照らされ、きらきらと光っていた。


「まるで聖水のようだ」


 恐る恐る一口飲む


「なんの変哲もない水だな」


 よくよく見直すと本当に、普通の水だ。きっとこんなわけのわからない状況の中で、唯一の出会いだからこそ、美化されていたのだろう。砂漠の中のオアシスのようなものだな。

 水を飲み干すように流し込む。

 

 はぁ、一息ついたな。

 腹は減ったままだが、先程から虫すら見当たらない。おそらく動物や魔物も居ないのだろう。もし、居たならば先程の私の声に釣られ、今頃、襲い掛かってきているはずだ。ならば、このまま此処に居ても解決しないだろう。

 と、なると、


「……旅支度か」


 おもむろに、腰のベルトからぶら下がる袋に手を突っ込む。

 中から、深い蒼の宝石が留められた、一つの指輪を取り出し、右手の中指に嵌める。

 指輪へ魔力を流すと、宝石から白い霧のような魔力が目に見える程まで膨れ上がり、溢れ出る。魔力は私の全身を包み込み、私の姿が視認できない程にまで包んだ後、次第に消えて無くなった──私の姿と共に。






 場所は変わって、先程まで居た城に戻る。

 私の目の前には未だ白い霧が残っており、一歩踏み出すと、私の部屋に来ていた。

 霧が右手の指輪へと戻っていく。

 今、私が使ったのは転移魔法だ。今嵌めている指輪の宝石の中には魔紋が込められており、同じ魔紋のある場所へと転移することができる。

 もちろん指輪の魔紋と、転移場所の魔紋には私の魔力が込められている。使用者の魔力と魔紋で、転移場所を識別しているのだ。

 そういえば昔はよく出来の悪い物が安値で売られ、全く知らない場所へ転移するだなんてこともあったな。


「流石に、私の部屋は片付けられていないようだな」


 兜をベッドへ投げ置き、チェストを開け、水革を二つ手に取る。

 チェストの上に置いてあった貨幣を、ベルトにぶら下げた貨幣入れへと、入るだけねじ込む。

 ナイフは……持っている。

 料理用の鍋が欲しいが、私の部屋にはない。食堂にもなかった、諦めるより他はないか。

 ふかふかとした反発性の低いソファにかけてあった外套を手に取ろうとした時、長椅子の後ろにある鏡が気になった。

 長椅子を回り込み、鏡を覗き込む。

 そこには、私の姿があった。あったのだが、少しだけ、私の知っている『私』の姿とは違っていた。


 国王親衛隊長である私のプレートアーマーは、黒を基調に金で縁取られ、隊長ということもあって、威厳を示す為に腕甲や脚甲、細部に至るまで豪奢な装飾が施されており、腰からは金の刺繍で飾られた赤い飾り布が垂れ下がっている。

 見た目は派手なのだが、肝心の戦闘はというと――実は途轍もなく高性能だ。

 

 情けない話なのだが、過去に一度ドラゴンを従えた国と戦争になった事があり、ブレスを直に受け、大振りのドラゴンパンチに吹き飛ばされ、そのまま崖下に落とされたのだが、少しの火傷と気絶だけで済んだのだ。あの時は本当に死ぬのだと覚悟した。


 そして、輪郭に沿って生えた薄く白い無精髭と灰のような白髪。


「年寄りになり始めたって雰囲気の白髪だな、渋いな…………白髪!?」


 私はまだ若い、三十二だ、黒髪だった、それがなんで白髪なんだ。

 ショックを隠しきれない。


「そんなまさか、私は白髪が生える程寝ていたのか、馬鹿な、ありえないだろう」


 ソファの背もたれに手を付き、髪を一本抜く。


「ああ、現実だ、信じられない……」


 振り返り、鏡でもう一度確認する。

 木の肌のような皺といったものは無いが、灰色の髪と髭が、老いを感じさせる。


「いや、でも意外と……うむ、渋いな。良いじゃないか」


 最初は驚きだったが、結構気に入った。

 いつまでも白髪を気にしていられないので、外套を手に取り、壁に掛けてある盾と大袋を外す。

 炎で縁取られ、不死鳥が中心で翼を広げた紋章が描かれている。

 普段は陛下の側に居るので戦闘行為も少なく、戦争の時にしか持ち出さないのだが、今回は異常事態なので持っていく。

 大袋は、口を縛っている紐が太く長い丈夫な物となっていて、ちょっとやそっとのことで千切れそうにはない。


「こんなところか」


 雨避けの天幕等も欲しい所だが、馬などもちろん残っていないだろう、私一人で運ぶには邪魔だ。

 ベッドに置いた兜を、再度被り直し、支度を終えた。

 扉を開け、部屋を振り返る。いや、よく考えたらいつでも帰ってこれるから感慨に浸ることもないな。

 扉を閉め、そこからまた長い廊下と階段を進んでいく。

 確認ついでに城の井戸で水を汲むと、町の井戸と変わりなかったので、城の井戸の水を水革に入れた。




 町を早足で歩き、酒場の前を抜け、広場を抜けて行く。

 目覚めた頃には天辺だった太陽も、今は少しだけ傾いている。

 そういえば、城の窓から見えた灰色の森が気になるな。結構、距離が近かったように感じられた。

 森の中で一晩過ごすことになりそうだな。襲われたら襲われたで、返り討ちで飯にありつける。


 野宿のことを考えながら進んでいるとようやく城門が見えてきた。

 しかし、落とし格子は上がりっぱなしだ。


「……不用心な」


 口ではそう言いつつ、外から城門を下げることもできないので、私が出ていった後、賊が拠点にしたり、魔物の巣になっていたりしないか、不安に抱きながら、灰の森へと進んで行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ