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灰燼と帰す (仮)  作者: 老衰
2/12

アダマンの騎士 1

 身体が重い。

 いつの間に寝ていたのだ私は。


 重たい瞼をやっとの思いでゆっくりと開ける、意識が戻ったばかりで視界が鮮明に見えない。なんだか目の前が少し遮られているような、そう思い顔に手を当てようとすると金属のぶつかり合う音がした。


 どうやら私は兜を被っているようだ。

 あまり力の入らない腕でフェイスガードの留め具を外し、バイザーを上にあげる。同じく頬当ての留め具も外して頬当てを左右に開く。


 頭を少し持ち上げ、自分の身体を見る。

 視界が多少ぼやけているように感じるが、甲冑を着込んでいる事がわかった。

 なぜ甲冑を着て寝ていたのか全く理解ができないが。そもそもよくこんなモノを着て寝れたものだ、普通は痛くて目が覚めるだろうに、我ながら驚く。


「ん、あぁ……」


 ガチャリと鎧の音をたてながら、仰向けから俯せになる。

 なんだか身体が妙に怠いので意図したわけではないのだが声が漏れてしまった。

 どうして甲冑を着て寝ていたのか全く思い出せないが、とりあえず起き上がろうと考えた矢先ふと気づく。



 ここはどこだ?



 確か、寝返りをする直前に見たのは穴だ。天井に空いた大穴から覗く空、今俯せになった私の目の前に広がる緑、──外に居るのか?

 腕立てのようにして上体を起こし、背を反らして周りを見回す。背骨と肘の関節がパキパキと音を鳴らした。


 見覚えのある白い柱に、段差が低く緩い階段、その壇上には人が座るにはあまりにも仰々しい座椅子があり、背もたれを袈裟斬りのように切り裂こうと、ブロードソードが背もたれの真中で静止していた。

 まだ昼時のようで、窓と天井に空いた大穴から陽が降り注ぎ、私の身体をほんのりと温めてくれている。掌の下では草花が生い茂り、白い花が陽の光を浴びようと懸命に背を伸ばしていた。



 ……様子は違うが、どうやらここは私が仕えるアダマン王国の王城、玉座の間のようだ。


「誰か、誰か居ないのか」


 静まり返っている玉座の間に、力ない私の声が落ちた。返事は無い。


 玉座の剣が気になり、一度倒れそうになり膝をつきながらも立ち上がる。

 私が倒れていた草花から抜けると赤い絨毯が玉座まで伸びていた。

 過去には、血のように赤く、上に立てばその者を畏怖させていた威厳はもはや感じられない。使い古された雑巾のようにほつれ、襤褸になっていた。

 階段を上り、近くでよく見るとより一層謎が深まる。


「なぜこんな所に私の剣が……?」


 いや、それよりも玉座を傷つけている事が問題だ。

 国王陛下から拳骨をもらうだろうか、想像するだけで恐ろしい。

 恐々として柄を握り、ゆっくりと手前へ引く──が、抜けない。


「おい、冗談だろう」


 寝起きだから力が入っていないのか?

 玉座に片脚をかけ、体重を後ろへ持っていく。

 全く、もしこんな姿を陛下に見られでもしたら……想像だけで身体が震える。

 とにかく見つかる前に引き抜かなければ。


「ふんッ!」


 ズズッと音を立てて少しづつ抜けていくが──最後までは抜けない。

 クソ、何をどうしたらこんな事になるんだ。

 もうひと押しか、仕方ない。この手は絶対に痛い目を見るから使いたくなかったが……。


 大きく息を吸い込み、背もたれを押している右脚とは別の脚。今、私を支えてくれているこの左脚で思い切り地を蹴り、右脚と同じく背もたれに左脚をかけ、足の裏面が完全に密着したその瞬間。


「ウオオオオォォォッッ!!!」


 勢い良く玉座から開放された剣は、私の支えとしての能力を失くし、私も同じ様に勢い良く後ろへと放たれた。

 後頭部と背中を強く打ち、不恰好に着地した。


 しかし、これで私のせいではなくなった。

 きっと玉座が傷ついているのは陛下が背もたれに体重をかけすぎたせいだろう。私の剣はずっと私の腰にぶら下がってあった。玉座を切り裂くだなんてとんでもない、絶対にありえない事だ。それにしても陛下も困ったものだ、物は丁寧に使って欲しい。



 立ち上がって、腰の鞘へと剣を収める。

 身体を動かしたからか、先程までと違い不安定さは無い。

 さて、天井の大穴。と、その下にだけ生えているこの草花、玉座の惨状、部屋の廃れ具合、はたしてどういったことだろうか。

 草花が生えている所まで近寄り、座り込んで花を眺める。


 ボーっと眺めていただけだったのだが、ふと気づく。


「この花は……」


 白くガラスのように透き通るその花弁の特徴には覚えがあった。

 太陽の光と、とある条件が当てはまれば、どこにでも自生する花だ。

 しかし、その条件はなかなか厳しく、まずその環境に人間が存在する事はありえない。魔素濃度が高い所でないと生える事は絶対にないのだ。

 魔素が高いと特定の症状というものは無いが、人体に何らかの悪影響が起こり放っておけば数分で死に至る。

 適切な対処をすれば稀になんの問題もなかったかのように日常へ復帰できるが、大半は後遺症が残ってしまう。

 人間も魔族も、ましてや魔物でさえ高魔素領域には近づかない。

 その領域に存在できる者は、それこそ神の領域へ足を踏み込んだ者だけだ。


 それに当てはめると私がここに存在できているのはなぜか──まさか陛下の悪戯だろうか?

 いや、にしては手が込んでいるな、陛下の悪戯ならこんなに頭を使った事はしない。あの方ならもっとこう、いきなり私の顔を軽く叩いて、笑うはずだ。その後に私に阿呆や間抜けといった挑発行為も忘れないだろうし、私が驚いた瞬間の顔を面白可笑しく真似する。……なんだか腹が立ってきたぞ。


 これがもし陛下の悪戯だとしても、この花は特定の環境外に持ち出されるとすぐに枯れる。だとすればもうこれは、私が高魔素領域で無事でいられる摩訶不思議な存在なのか、はたまたこの花が魔素の薄い環境でも枯れない程に逞しいのか。

 非常に難しい話だな。だが、恐らくはこの花がおかしいのだろう。元々謎の多い花だ、このような異例が起こっても何ら不思議ではない。


 と、いうことはだ、玉座から剣を引き抜いて間抜けに転げ落ちた挙句、座り込んで花を眺めている私。の、間抜けな姿を見れて大満足なはずだ。きっと玉座の間の入り口、あの大きな両扉の向こうで近臣達と笑いを堪えてのた打ち回っていることだろう。

 もし、私の隊の者が居れば実践演習で失禁させてやるぞ。


 謎は解けた。

 立ち上がって扉を開けに向かう、私を陥れた者共の面を拝む為に。

 しかし、誰の入れ知恵だろうか、流石に天井に大穴を開けるのはやり過ぎじゃあないか?──いや、幻影魔法か。そうするとあの花も幻影の可能性があるな。だが玉座の事もある。私の剣で玉座を切り裂くなど、陛下にも、私にも無礼が過ぎる。だが、実行したのは陛下だろう。アダマンタイトの玉座を切り裂くだなんて陛下にしかできない。


「……はぁ」


 呆れを含めた、大きな溜息を吐き出して扉に手をかける。

 暗いこげ茶色の木製扉、木製だが鉄のような重さを感じさせる。ゆっくりと扉を引いて一歩、玉座の間から廊下へ出た。


 しかし、その場に嬉々とニヤけ面をした陛下どころか、人ひとりも居なかった。

 廊下は、玉座の間と同じく廃れており、等間隔で置かれている長椅子は老朽化で足の折れている物もある。窓からは、陽の光が差し込んでおり、埃が目に見え、ふわふわと漂っている。

 同じく幻影魔法か、意外にもしつこいな。


「陛下、出てきてください。冗談が過ぎますよ、玉座まで傷つけて」


 返事はない。


「しつこいですよ、もし私の隊の者も一緒に隠れているなら水を持ってきてください。喉が乾きました」


 返事はない。


「……わかりました。それでは、今から水と朝食を取りに、兵の食堂まで行きます、しかしその場には、この悪戯に関わっていない者が必ず居るでしょう。このまま幻影を続ければ絶対にその者への迷惑になります。そうなる前に消す事を勧めますよ」


 返事はない。

 聞き耳を立てても笑い声も物音もしない。

 眉間にこれでもかという程の皺を寄せ、虚空を睨みつけながら歩きだす。


「……そうですか、いいでしょう。気が済むまでやってください」


 長い廊下を歩きながら、ふと窓に視線をやると灰色の森が見えた。

 窓まで偽装するとは随分凝っているな。


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