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灰燼と帰す (仮)  作者: 老衰
10/12

運命の音楽家 1

「テオバルト」

「はい、なんでしょう」

「あの店は飯屋か?」


 ヴィルフレッドは前を歩くテオバルトへ声をかけ、ひとつの店を指差す。

 小洒落た店の前にテーブルと椅子が並び、数人の男が座って談笑していた。


「そうですね、あれは飲食店です」

「ほう、ずいぶんと洒落ているな。なぁ、昼飯はあそこにしないか」

「……黒い甲冑の大男と楽器を持った美男子の二人であそこに入るのですか?」

「……やめておこう」

「懸命な判断です」


 ヴィルフレッドがバイザー越しに周りを見渡すと、通り過ぎる人間が皆ジロジロとこちらの様子を窺っていた。


「テオバルト」

「なんでしょう」

「なぜ私達はこうもジロジロと見られているのだ」

「ヴィルフレッドさん、この街へ入る際に僕と話していた衛兵の武装と自分の武装を比べて見てください」

「……黒に金がアクセントになっていてかなり渋い、そしてなにより着ている私が眉目秀麗だな」

「……兜で顔が見えないので眉目秀麗かどうかは伝わらないと思うのですが」

「そうか」

「装飾が華美ですからね。 貴族の関係者とでも思われているのでしょう」


 身体も大きいですし、とテオバルトは最後に付け加えた。


「なるほどな」


 ヴィルフレッドは取り出した葉巻に吸口を作りながら適当に返事をした。


 ヴィルフレッドの兜にはバイザーをしていても葉巻が吸えるように穴が空いていた。 もちろん普段は蓋で閉まっているが、閉まっている時よりも開いている時間の方が多かった。

 その蓋を開き、葉巻を入れる。 一瞬だけ手のひらをかざすと葉巻へと火がつく。 味、香り、共にそれなりであった。


 ぷかぷかと煙を吹かしながら後ろを歩き続けて数分、不意にテオバルトが立ち止まる。


「着きましたよ」


 三階建ての大きな建物に、大きな玄関の上部には私の知らない文字の看板がでかでかと置かれていた。


「……二軒目の葉巻屋か?」

「ハンターギルドです。 葉巻はもう沢山懐にあるでしょう? おかげで金銭的余裕がなくなりましたよ」


 不思議なことに申し訳ないという気持ちは欠片ほども湧かなかった。


「そうか、では入るぞ。 私は勝手を知らないからテオバルトが先を行ってくれ」

「もちろんそのつもりですよ」


 応えながらテオバルトが扉を押した。

 どうやらこの扉は一枚の板のようだ、奥にも手前にも開く事ができるようであった。 それほど人の出入りが多いのだろう。 ヴィルフレッドにはとても新鮮で、興味深い機構だった。


「どうされましたか?」

「……いや、面白い扉だな」

「その機構は都の機械技師が作ったそうですよ。 それと、僕から提案しておいてなんですが、ここにはあまり長居したくな──」

「──やぁ! これはこれは、銀級のテオバルト君じゃあないかぁ!」


 突然、男がテオバルトへと話しかけてきた。

 つばが広い緑の帽子をかぶり、その帽子にはアクセントとして虹色の羽が一枚添えられていた。 着用している服も帽子と合わせた緑、腰には一振りの細剣と、なんの戦術的優位性もない過度な彫刻が彫られた銃が二丁。そして、真紅のマントがその者の存在を際立たせていた。


「口笛マルクスさん……」

「ノンノンノン、君と僕の仲じゃあないか! 二つ名など付けず、気軽にマルクスと呼んでくれたまえよ」

「はは……」


 テオバルトの顔は傍から見ても引きつっていた。

 軽くこちらの様子を窺っていた他の冒険者達も、またテオバルトがマルクスに絡まれているぞ。 可哀相に、相手するのが面倒だぞアイツは。 と、それぞれがテオバルトに同情する言葉を漏らしていた。


「それで? テオバルトくん、そろそろ僕と組んでくれる気にはなってくれたかな?」

「いえ、その件は以前もお断りしましたが……」

「何故だい!? もう一度僕の魅力を君へ伝えなければならないようだな!」

「……では是非そのお話をお願いいたします」


 マルクスはテオバルトの言葉を聞くやいなや、猫のように素早くテーブルの上へと飛び乗った。

 懐から大きな巻き貝を取り出し、座っていた冒険者に強制的に持たせる。 すると、巻き貝からピアノの音色が聞こえ出した。


「任せたまえ! ではこれから始まるのは、金級ハンター 口笛のマルクス 歴史に名を連ねる優艶で格調高雅な男の半生であるッ! ──」

「ではヴィルフレッドさん、こちらへ来てください」

「……この男は放っておいていいのか? 友では?」

「ええ、彼はこれでいいのです」

「──僕は父へ言ったッ! 『この家を出ていく』とッ!」


 今尚一人で身振り手振り演劇を続けるマルクスを他所に、受付の人間が居るカウンターの方へ連れてこられると女性がにこやかな笑顔でヴィルフレッド達へ軽く頭を下げた。


「こんにちは、テオバルトさん。 本日はどのようなご用件ですか?」

「今日は、僕の友人をハンターに紹介登録させていただきたく、伺いました」

「かしこまりました。 それでは、こちらの紙のそれぞれの項目へご記入をお願いいたします」

「テオバルト、私はここの文字が読めんぞ」

「もちろん僕が教えますよ」

「……信用して良いんだろうな?」

「信用していただいて大丈夫ですよ。 まずはこちらに名前ですね、横に僕が現代の言葉で現代人にもわかるように書きますので小さく書いてください」


 受付からペンを渡され、ヴィルフレッドの兜のバイザーから、一抹の不安を吹き飛ばすかのように葉巻の煙が吹き出た。


 テオバルトに指示される通りスラスラと記入していくが 、ここでふとルーカスの顔が思い浮かぶ。

 ルーカス。 ヴィルフレッドにとってはついこのあいだまで隣に居た優秀な副官。 しかし現実は一万年前に亡くなっている過去の人物。

 そのルーカスとテオバルトが、何故だか重なって見えた。


「……?」

「テオバルト、ルーカスという人物を知っているか」

「はい、ヴィルフレッドさんの部下の中で飛び抜けて優秀だったとか。 文献で拝見しましたよ」

「そうか、そうだな。 いや、なんでもないんだ。 気にするな」

「そうですか。 では、次はこちらですね。 御自身の使用する魔法の属性、及び属性の熟練度についてですが──」


 能力に関してはかなり低く書いた。 流石にバカ正直に書くのは危ないだろう。


「これでいいのか?」

「えぇ、ではペンを貸してください」


 テオバルトがイブラス言語を一瞬も詰まることなく翻訳し、現代の言葉にしていく。

 ヴィルフレッドが手持ち無沙汰となり、受付の人間に顔を向ければニコリと笑顔を向けれられる。 後ろを振り返れば『口笛』マルクス と呼ばれた男が未だに一人演劇を続けていた。


「 『あぁ、マルクス! どうか私を置いて行かないで!』 彼女の悲痛な叫びは僕の心を痛く締め付けたッ!」


 巻き貝を持ったハンターは、周りのハンターへ持つのを代わるよう小声で求めるが、誰もが首を横に振っていた。


「……これで大丈夫そうですね。 それでは、お願いいたします」


 書き終わったテオバルトが再確認をしてから受付に紙を渡した。

 紙を受け取り、少しばかり目を通してから受付嬢はカウンターの下から一枚の木版を取り出した。


「では規約の説明へと移らせていただきます。 まず、如何なる場合に置いてもハンター様の命の保証は出来ません。 己の身は己で守っていただきます。

もし重症ながらも帰還できた場合、ギルドの医師、治療師、解呪師、等々ご紹介いたします。 こちらに関しましては他に信頼できる者が居るのであれば断る事は可能です。

紹介サービスを利用するのであれば、紹介料をお支払いしていただいた後、治療費は自費となります。

ギルドが紹介する者なので、技術は保証しますよ。 もし、治す事が不可能な怪我や呪いであれば、紹介料はお返しいたしますし、治療費も支払う必要もございません。

行方不明扱いとなった場合、捜索はしますが無事発見される可能性は低いのでそういった事態にならぬよう無謀な真似はしないことを推奨します。

また、ハンター様が犯罪を行った場合、情報を流すこともございますのでその点はあしからず。

そして、報酬の二割を依頼仲介手数料としていただきます。 これはあちらにございます、掲示板の依頼の場合の手数料ですね」


 受付嬢が手を向けた方向を見やると、ヴィルフレッドよりも少し高く、横に長い掲示板に依頼の紙が隙間無く貼られていた。


「掲載期限の過ぎた依頼は手数料一割となります。 私共に尋ねていただければ帳簿を出しますので、その際には気兼ねなく話しかけていただいて結構です」


 手慣れているのだろう。 まくし立てるようにして話した彼女は、その笑顔を崩さなかったが、唾を飲んだことが喉の動きからわかった。

あれ程矢継ぎ早に説明すれば喉の乾きは必至だ。


「ここまでで質問はございますか?」

「……いや、無い。 大丈夫だ」

「大丈夫とのことです」

「それではハンター証を発行しますので、三十分程お待ちください」


 そう言うと受付嬢は木板をしまい、他の職員へ書類を手渡しに向かった。


「ひとまず路銀稼ぎに掲示板を見てみましょうか」

「そんなに金がないのか?」

「そうですね、贅沢しなければ三日くらいは過ごせますが」

「たったの三日か……確かに厳しいな」


 掲示板の前には二人組と三人組のハンターが居り、依頼の紙を手にとっては戻したりして、吟味をしている。


「神域関係の物はあるのか?」

「そうですねぇ…………」

「依頼を探しているのかい!?!?」


 突如後ろから大声で尋ねられた。

 テオバルトに至っては声の主に肩をガッシリと掴まれている。 質問を投げかけてきたその人物は『一人演劇』のマルクスであった。


「マルクスさん……」

「ハッハッハッハッ! どうだいテオバルト君、僕の半生に痺れただろう!?」

「えぇ、とても痺れました。 あなたのオンロク貝を持っていたハンターがサインを欲しがっていましたよ」

「なにッ!? それは気づかずにすまないことをした! おーい、キミ!」


 マルクスが、ようやく落ち着いたといった顔をしているハンターに手を振りながら駆け寄る。

 そして、何事もなかったかのようにテオバルトは依頼を手に取り始めた。


「……貴公、意外にもトゲを持ち合わせていたのだな」

「お褒めに預かり光栄です」

「褒めてはいないが……」

「しかし、どれもこれも近場ですねぇ」

「近場では良くないのか?」

「この辺りでは神域は無いのです。 まぁ、まだ見つかっていない可能性もありますが……。 一番近い所ですと、旧サピロアの方に『氷獄』と呼ばれている神域がありますね」


 ──サピロア。 それはミスラルとは別の、アダマンの隣国である。 幾度となくアダマンに攻撃を仕掛けていた。

 治めていたのは氷の女神 ヘルフルレティ。

 戦争の理由は一方的なもの、ディオルシオスそのものを欲していた。 そう、ヘルフルレティはディオルシオスに心底惚れていたのだ。

 小国ではあったが他を寄せ付けないその軍事力には、ドラゴンという存在が大きかった。 サピロアは白龍とその眷属を従えており、戦況を一瞬にして覆す力があった。


「サピロアか…… そういえば私はまだサピロアの白龍と決着をつけていなかったな」

「白龍も氷神ヘルフルレティと共に行方が不明ですよ」

「ふぅむ、そうか。 忠誠心の高い龍だったからな、共に姿をくらますのもありえなくはない話だ」

「では、北東側へ向かう必要がありますね。その方角にある依頼を探しましょう」


 テオバルトが受け付けカウンターを見やると、先程の受付嬢は既に別の客の相手をしていた。

 視線に気づいた別の受付嬢が、こちらへどうぞと言わんばかりに手を振った。


「どうされましたぁ?」

「北東へ向かいたいので、道すがら路銀を稼いで行きたいなと思いまして」

「なるほどぉ、最終目的地はどの辺りですかぁ?」

「んー、アメズス辺りですかね」

「ふむふむ、そうなりますとぉ、ベリルドレッドの方にあるこちらの依頼などいかがでしょう」


 恐らくは街の名前の名前であろう言葉にヴィルフレッドが興味を持った。


「話を聞いた感じでは、そのベリルドレッドは経由地なのだろう? アダマンのどこなのだ?」

「ベリルドレッドは旧フェムトになりますね」

「あぁ、あの地は農作物がうまく育たなかったな」

「ヴィルフレッドさんの時代では、近場に魔素溜まりがありましたからね。 流石に今はもう消えていますよ」

「ほう」

「やあやあ君たち!」


 この短い時間の間で随分と聞き慣れ、そして煩わしい声がした。 お馴染みマルクスであった。


「先程は話の途中にすまなかったね。 おや、ベリルドレッドへ向かうのかい? 奇遇だねぇ! 僕達のパーティもその方角へ向かうんだよ。 もし良かったら──」

「──いえ、ベリルドレッドには行きません。 アメズスへ行きますので、その次の言葉は結構です」

「なんだってぇ!? アメズスだなんて僕達の目的地じゃあないか! いやはや、やはり僕とテオバルト君は運命の赤い糸によって結ばれているとしか考えられないなぁ!」

「そうですか。 では僕と彼はやはりベリルドレッドで依頼をこなしますので」

「お別れだっていうのかい?」

「そうなりますね」

「悲しいねぇ……。 じゃあ最後にこれにサインしてくれないかい?」


 マルクスが何も書かれていない紙をテオバルトへ差し出す。


「えぇ、まぁサイン程度なら」

「いやー、ありがとう! テオバルト君によく似て綺麗な字だねぇ。 あ、隣の黒くてゴツい君もサインして」

「……私もか?」


 ヴィルフレッドが自身に指を指して確認を取ると、マルクスが満面の笑みでコクコクと頷いた。


「ふーむ、見たことない字だけど、なかなかスタイリッシュな字だねぇ。 いやぁ、どうもありがとう。 はい、じゃあ受付嬢さんこれ僕らと彼らのパーティ申請書ね」


 マルクスが受付嬢に差し出した紙から手品のようにしてまっさらな紙を捲り取った。

 その下には規約が書いてあり、テオバルトとヴィルフレッドの他に三名の名前が書かれていた。


「受理しましたぁ」

「……えっ」

「してやられたな、テオバルト」


 ヴィルフレッドがテオバルトの肩に手を置いて笑った。


「ハッハッハッ、移動と食事はもちろん僕が出すさ! 君達の依頼も共にこなそう!」


 ギルドにマルクスの高笑いが響き、一連の流れを見ていたハンター達が心底テオバルトに同情した。

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