16話 不在
「あの、お粥作ってみたいのですが」
ノックとともに僕の部屋に入ってくる奈穂。手に持ったお盆の上にはお粥があり、湯気を立てていた。
「ありが……」
言葉を喋ろうとして咳き込む。
「大丈夫ですか?」
また心配そうに見つめる奈穂に、大丈夫と言うがどう見ても大丈夫に見えなかっただろう。
「あの、た、食べれますか」
奈穂の緊張感ある声。もしかしてあれをやってくれるのか。淡い期待を抱く。
しかし僕からお願いするのが恥ずかしくて大丈夫、と言ってしまった。
「じゃあ、何かあったら呼んでくださいね」
そう言い残して部屋から出て行ってしまった。
少し後悔したが僕は用意してもらったお粥を一口食べる。とても温かく体全体が温まる。
「おいしぃ」
次々と口に運び風邪をひいているのにも関わらずあっという間に空にする。
そしてそのまま布団に入るとお腹いっぱいになったからか、疲れていたのか深い眠りについた。
あれからどれくらい寝たのだろうか。時計を見ると11時を指していた。4時間近くも寝ていたようだ。多少咳は落ち着いたがまだ熱っぽい。
リビングに体温を測りに行くと誰もいない。
奈穂はどこかに出掛けているようだった。鍵は閉まっているのでおそらく母さんに借りたのだろう。
そして母さんがいないのは当たり前だった。今の時間は仕事の時間だったからだ。
僕は奈穂がどこに行ったか考えながら体温計を見つけ、また測る。
「37度8分」
軽く寝ただけでだいぶ良くなった。これなら今日中には完治するな、と安心して自分の部屋に戻ろうとした。
しかしそれを阻止するかのようにタイミングよく電話が鳴り響く。
電話機のパネルには母さんとなっていて、嫌な予感が胸に墨のように広がる。
「あ、真輝? 母さんだけど色々あってしばらく帰らないと思うから、それと奈穂も一緒にいるから」
早口でそれを言われ、答える間も無く一方的に切られる。
予想通り、何かがあり母さんは切羽詰まった口調だった。さらに奈穂と一緒にいることも気になった。
もしかしたら記憶でも戻ったのか。
そう思ったが確かめる術がない。
このモヤモヤをどうにもできず、もう一眠りする気さえ起きない。
そもそもいろいろ考えていたら病人だということを忘れてしまった。
奈穂と母さんに一体何があったのか。母さんと奈穂が帰宅するまで僕はそれに悩まされることになった。




