フォックスフェイスとおじいさん
「あんの~、そこにあったテーブルと椅子は、もうないのかな」
夕方も暗くなりかけのとき、おじいさんが、店の中に入ってきた。
雪はそれほどないけれど、11月も中旬。店の外の園芸関係の置物は物置に、売り物の鉢は倉庫にしまってある。春から、ずっと店の外に、庭におくテーブルと椅子を置いてあったのだ。青銅色の古めかしいデザインで、とうとう今年は売れなかった。おそらく、来年も。
「いらっしゃいませ。お客様、申し訳ありませんが、雪が降り冬になりましたので、外での展示販売は、今年は終わりました。」
来年、是非、いらして下さいとニッコリ笑ったけど、こちらの言っている事が、おじいさんには、全然伝わってないようなかんじだ。店の中をキョロキョロと見てる。
「いや、わしとばあさんは、そこにあった椅子にすわって、若者の話しを聞くのが好きでね。毎日の愉しみのひとつなんじゃ」
確かに椅子は2脚、座りやすいように置いてあった。店で忙しくしていても、外を見ると、時々、人が座って休んでたりした。老夫婦に見覚えはないけれど、何度か来たのだろう。
「あのテーブルセットは、うちの商品なんです。冬が来たので倉庫にしまいました」
と大きめな声で、もう一度繰り返す。会話がかみあわない。
「飛鳥ちゃん、どうしたの?なにかトラブル?」
店長が、店から出てきた。私が事情を説明すると、うなづいて店長が対応してくれる事になった。
「すみませんね。お客さん。もう寒くなり雪も降りましたので、庭の椅子や置物類も中に避難したんです。よければ、中でお茶でもどうですか?」
店長のアイサインで、私はあわてて用意して持ってきた。おじいさんは、店の丸椅子に座り、湯飲みで、冷たい手をあっためるように、両手で持つ。
「ここは、綺麗な花に囲まれてるのじゃな。今度、ばあさんと来てもいいかの?」
「ええ、お待ちしてますよ」
店長はニッコリ笑い、おじいさん胸の”名札”を見た。さりげに席を立って、電話をかけてる。
ああそっか。このおじいさん、迷子になったんだ。
「お茶、もう一杯いかがですか?外は寒くて体が冷えたでしょう」
迎えがくるまで、引き止めておかないと。
「どの花が好きですか?サービスしますよ。」
さすがの私も営業には、結びつけないように、かつ、話をひきのばそうとした。
「これこれ、かわいいの。小さな仔がたくさん枝につかまってるようじゃ。ばあさんに持ってかえろう」
おじいさんの指さしたのは、フォックスフェイス という観賞用のナスの一種。枝に円錐形の黄色の実に耳が上についたような形で、キツネの顔そっくりなのが名前の由来。
1000円の大枝だけど、おじいさんなら900円にサービスしていい。消費税込み。差額は私が負担する。そう計算する私をみすかしたように、敦神父が声をかけてきた。
「商売ばかり考えてはいけませんよ。これは私がおじいさんに、プレゼントしましょう。」
「ありがとうございます。敦神父さま、税込みで1000円になります。」
”え?私からお金とるの”と、少し驚いた顔の敦神父から、代金を受け取った。フっ。身内とはいえ、金銭関係はつねに、明朗で。キッチリとね。
敦神父は、おじいさんに、フォックスフェイスを手渡した。おじいさんは、”かわいいの”と実の頭の部分をなでながら。大事そうに抱えた
おじいさんの家族が迎にきた。
「すみません、すみません。去年、母を亡くしてから、父は少しボケできて、時々、迷子になるんです。今日も目を離したすきに。あ、このかわった枝。売り物ですね。代金はらいます」
「いえいえ、これはうちの(敦神父の)サービスですから、どうぞ、お持ちかえりください。1カ月は持つと思いますよ」
おじいさんは、家族につれられ家に帰って行った。後ろから小さな子供が8人ほどワラワラとついて行ってる。フォックスフェイスの精霊か。かわいい。丈は膝までの着物を着て、髪はザンバラ髪か一つにまとめてしばってる。それが馬のしっぽのように揺れてる。
おじいさんをよろしく頼むね 私は心の中で呼びかけた。一番後ろの子が振り返って手を挙げた。精霊なのだろう。
「いろんな人が、あの外の椅子には座っていきましたからね。中には1週間もいる人もいましたよ。」
何でもない事のように話してるけど、店長、”人”は一週間も居座りません。まあ、私も”見わけがつかないから、気づかないでる時も多いのだろう。でも、今日は自信を持った。話がヘンテコでも、おじいさんは、生きてます。しっかりわかりましたとも。
その事を淳一に話したら、大爆笑されので、こづいてやった。生意気なやつだ。
淳一、明日から研修残業決定ね。
水曜日深夜(木曜日午前2時までに)更新します。週一です。更新時間が遅くなってすみません。