ポインセチアに手をひかれ
今日は雪模様。徒歩で出勤する事になった。真の悪いことに私の車は修理中なのだ。
”店長は外にある園芸雑貨類を中に入れただろうか”と気を揉みながら出勤。バイト先の水瀬花屋は、商店街の中にあるので、歩道も車道も除雪は行き届いていた。でも予期できなかった、この11月の雪で、さぞかし関係者は慌ててるだろう。
「おはようございます。店長、雪ですけど、鉢物は大丈夫でしたか?今朝は冷えましたけど」
「おはようございます。もう全部、倉庫の中に入れました。店の前が少し殺風景になりました」
店に入って、私の質問に答えてくれたのは、店長の兄の敦さん。職業は神父。この間の結婚式(中止になったけど)の司式をしたそうだ。その後、店の2階で、店長と暮らしてる。私の説教が聞いたのか、花屋の仕事を手伝ってくれてるのがありがたい、少しだけだけど。市場からの仕入れを手伝ってるとかで、店長は少しか楽になったと思う。
「飛鳥ちゃん、おはよう。もうお昼だけどね。今日はポインセチアの鉢を仕入れて来たから、ポップカードのほうよろしくね。」
「わかりました。あの今更なんですけど、なぜ、ポインセチアはクリスマスの花なんでしょう?開花時期が冬だからでしょうか?」
”ああそれは”と言いかけた店長に代わり神父さんが、丁寧に説明してくれた。敦神父さんは物知りで、いろいろ教えてくれるけど、ウンチクが長いだよね。
「飛鳥ちゃん、クリスマスカラーって知ってますか?」
「はい、赤と緑ですよね。」
「ええ、それに金色と白もあります。それぞれ、色には意味と願いが込められてます。赤は愛と寛大、緑は力強さと永遠の命、金色は高貴と希望、白は潔白です。ポインセチアは、緑の葉と赤のホウで、真ん中の小さくて黄色のツブが花になります。その花を金色に見立てたんですよ。」
”緑は常緑樹の...”とまだ続きそうなところ、”ありがとうございました”と、にっこり笑って強制終了した。ポップとは別に、敦神父さんの今の説明をボードに書いておこう。きっと売れ行きがよくなるだろう。大きい鉢だと3000円はするけれど、安いのは1000円もしない小さいのも、おいてある。
これが店長の仕入れの特徴。花でも鉢でも、安いものもいれて置く。
カップルのお客さんが入って来た。女性も男性も20代後半かな。ごく普通の恰好。よくあるダウンジャケットにパンツ、冬用の短めのブーツ。男性のほうは、まだ夏用だ。間に合わなかったのかな?夏の靴だと雪道は滑るだろうに。
「いらっしゃいませ」
私の声かけに、女性のほうはニコっと笑い会釈、男性のほうは、目を丸くして笑ってくれた。
「冬になると、部屋の中が寒々としてて、花の一つでも欲しいわ。鉢花で、それほど華美でないのがいいわね。」
「ポインセチアなんかどう?クリスマスも近いし」
女性の独り言のような話しに男性は後で、ポインセチアを彼女に勧めてる。
よし、ここで私ももうひと押ししましょう。
「ポインセチアね。この1500円の鉢がいいかしら」
「お手頃だとおもいますよ。花はまだ蕾ですが。そうそうポインセチアは、その真ん中の黄色の処が花なんです」
私が答える前に、敦神父がお客さんに教えてる。敦神父ったら、カップルのお客さんなのに、男性のほうは、ほぼスルーだ。あれではいけない。
神父さんの、長話が始まりそうだったので、私が強引に二人の間に入り
「いかがですかお客様。ポインセチアは、今日、入荷したばかりで、今日の店長の一押しなんですよ。はい、これ詳しい育て方です。難しくありません。寒さだけ気をつければ、来年も緑と赤のきれいなポインセチアを見る事ができますよ」
女性は私の言葉に一瞬、キョトンとしながら、寂しそうな笑顔で”じゃあこれ下さい”とお買い上げになった。私は、店長お手製の”ポインセチア育て方ペーパー”を渡した。実は、来年も花を咲かせるには、ちょっとしたコツがいる。難しい事ではないけれど。
”ありがとうございました”と頭を下げたとき、敦神父に小さな布袋を渡され、
「あの男性の忘れ物です。急いで届けて」
当然、私は走りでて、男性の肩を叩いた。その瞬間、男性が固まって動かなくなった。女性のほうは、スタスタと先に歩いて行ってしまった。へ?何故?思いつつ、女性に声をかけようとしたところ、男性にエプロンの裾を引っ張られた。
「無駄です。彼女には僕が見えないんです。声も聞こえない。僕の事が見えて触る事が出来たのは、あなただけです。」
男性は、私のエプロンの裾を持ったまま、しゃがみこんで泣き出した。
「わかってるんです。僕はもう3年前に死んだ人間なんです。でも、独りぼっちになった妻の鈴音が心配で、そばにいました。いや、離れられなかった。」
はぁ~またか。夕暮れ時には水瀬花屋には幽霊さんが来たりする。どうりで、鈴音さんという女性は、男性のほうを見ないはずだ。見えないのだから。
敦神父が、店の外に出て来た。
「心配なのはわかりますが、あなたは早く逝かなければいけません。やっと彼女から離れる事が出来たのでしょう?」
「心配で、鈴音の側にいるうちに、道がわからなくなりました。僕の目に見えるのはあなた方だけだ。あたりは真っ暗でどうしていいかわからない」
ここ商店街だし、夜は街灯で結構明るいんだけど、彼には違う景色が見えるのかな。
さて、どうしたもんかと困っていると、また私のエプロンを引っ張る。横をみると、小さな男の子がいた。
黄色と赤のジャケットに、チョウチンブルマのようなズボン。人間でいうと5歳くらいか。奇天烈な格好の子は、人間じゃない。私もわかってきた。この子はポインセチアの精霊。ちっこいけど、黄色が金色に光ってかわいいというか、個性的というか。
<僕が案内できるよ。鈴音さんは亡くなったこの人のために、僕を買ったんだ。気持ちが伝わって来た>
「そう?じゃあ、この人の案内をよろしくお願いね」
敦神父が、ポケットから小瓶をとりだし、中に入ってる液体を二人に軽くふりかけた。何?水みたいに透明だけど。私も少しかかったけど、何んともないし。
目の前には、空へ続く金色の道が出来て、二人は行ってしまった。
「飛鳥ちゃんのおかげで助かりました。私では幽霊に触ることが出来ないので、考えてた所です。」
「店長も幽霊に触る事が出来ますよ。それより、なんですか、さっきの液体は?水ですか?いきなりかけるだなんて、びっくりしたじゃないですか」
ほんのわずかにかかった所は、シミにもなってないし、殺虫剤系のニオイもしなかった。透明だったようだから水と思ったのだけど。
「ああ、すみません。かかってしまいましたか。あれは祝福の水で、水なんですけどただの水でなくて、聖水といって...」
そこまで聞いたところで、私は店に戻った。ウンチクに付き合わされるのは勘弁してほしいし、第一、体が凍えた。敦神父が後ろでゴチャゴチャいってるけど、無視した。
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次の日、鈴音さんが、又、店にやってきた。なんでも、3年前に死んだ夫の写真の前に、ポインセチアを飾ったのだそうだ。そうしたら夢の中で、彼が綺麗な所にいて、彼女に笑いかけてくれたのだとか。そう泣きながら嬉しそうに話してくれた。
彼女にも、天に戻ったご主人にも、花の言葉が伝わるといいな。ポインセチアの花言葉は、
”元気を出して”。だ。
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