桃の節句の珍事
桃の節句で忙しい水瀬花屋に、女性がとびこんできます。店番をする飛鳥ちゃんは大活躍?
飛鳥ちゃん視線。
午後から店長が急な配達で不在。高校を卒業して最近は毎日出勤の淳一が、今日に限っていない。面倒なアレンジ花の注文がないといいなと、ひそかに願てった。
何も起こらなければいいと祈る時に限って、ハプニングはおきるものなのね。
ドアチャイムが鳴ると同時に若い女性が飛び込んできた。
「すみません。変な男に追われてるんです、助けて下さい」
薄いピンクのコートを着た若い女性は、サっと私の後ろに隠れた。
さすがにちょっとビックリしたけど、彼女をとりあえず奥の休憩室に案内した。
花の精霊?それとも幽霊?ウチ、水瀬花屋店に助けを求めて来るのは、そのどっちかが普通なんだけど。
休憩室で、女性に事の詳細を聞こうとしたが、彼女はスマホでどこかへ連絡してる。が、連絡つかないようで、何度もかけてる。つながらない所をみると、やっぱり幽霊かな。それに精霊はスマホ使わないしね。
私は、”ここにいれば大丈夫だから”と、休憩室の戸を閉め、店に出た。数分ほど、一応、武器代わりにモップをかまえ、様子をみたが、誰も来る様子がないし、狭い店内にも誰もいない。念のため、花の精霊に聞いてみたけど、誰もこなかったし、外に怪しい人影はなかったとの事。
多分、彼女は追いかけられてると思い込んでる幽霊なのだろう。
やりかけの仕事の続きだ。敦神父が和紙で出来たお雛様を持って来てくれたので(もらいものだそうだ)ひな祭りらしく店内を飾り付けしようとしてた所だった。
その時、冷たい風がビュっと吹き込むと同時に、男が入って来た。
<危ない、逃げて!>
花の精霊達の声が重なって聞こえた。同時に、お雛様のような恰好をした女性があらわれ、私をかばった。お内裏様の姿の男性が、入り込んできた男の前に立ちはだかった。
桃の花の精霊?と周りに問いかけたが、
<彼らは違う>
花の精霊達が即座に否定してきた。
男性のほうは切羽詰まった様子で、キョロキョロしながら人を探してるよう。手に包丁を持ってる。どこのウチでもあるような普通の料理包丁だった。
「桜子さん、どこ?誤解なんだよ。もう一度、話しをさせて」
包丁片手にした男と、誰も話さないだろう。それに目の焦点があってない。私が目にはいってない。瞳が水色だ。彼こそ悪霊かしら?
「ねえ、あなた、もう少し冷静になりましょう。桜子さんって人はここにはいないわよ。包丁なんか持ってないで、いったいどうしたのか、訳を話してくれるかしら」
私は男にできるだけ静かに話しかけた。大丈夫。悪霊でも、そう害は与えられない。しょせん、霊は、生きてる人間のパワーにかなわないものなのだ。店長の受け売りだけど。
<危ないよ、飛鳥ちゃん、誰か店長さんよんできて>
菜の花の精霊が、あわてて飛んで行ったのが見えた。私はお雛様にかくまわれながらも、男にもう一度呼びかけた。それで、やっとこっちに気づいたのか、”お前が桜子さんを監禁してるんだな”と叫びグイっと私に近寄り、包丁を振り上げた。
瞬間、後ろの襟ぐりを掴まれ、後ろにっ放り出された。男の顔はモップにおおわれてる。目の前には、俊君がいた。彼が男の顔にモップをかぶせたんだ。
男が少しひるんだ隙に、今度はモップの柄のほうで、男の腕を叩き、包丁を落とした。それをすばやく後ろに飛ばし、戦闘態勢のままだった。
「飛鳥さん、何をやってるんですか?危ない時は逃げないと。」
俊君に見えるという事は、生きてる人間だったんだ。水色の目、悪霊顔負けだわ。ということは、女性も生きてる人...ってすごい、私。事件に出会っちゃったわ。
休憩室の彼女が心配だったけど、ヘタにそっちに行くと、居場所を教えるようなもの。ここは、俊君と一緒に戦う。
百合の精霊が、男を取り囲み、ここぞとばかり強く香りをたててる。その濃厚な空気にたじろいだわずかな間、バケツで男の頭を殴った。その衝撃で男がひるんだスキに、俊はそばにあったガムテープで、身動きとれないようグルグル巻きに。警察と店長が時には、男はグッタリしてた。バケツ攻撃が効いたかな。
「何やってるんだい。飛鳥さん。こういう時は隠れてください。本当に危なっかしい。店長、女子従業員にこういう対処の方法を教えてるんですか?」
おとなしい俊君が、めずらしく店長にくってかかってる。背は店長のほうが少しだけ高いだけで、迫力では俊の勝ち。
なんて言ってる場合じゃないか。元凶は私が誤解したからだ。
「俊君、それは誤解。店長からは強盗とかの場合は、すぐお金を渡すように指導されてるから。今回は、私が誤解して・・・」
と、言いかけた所で、店長にさえぎられた。
「すみません、忘れてました。ここは貧乏花屋だから。こういう事件はウチは初めてだからね。飛鳥ちゃん、ビックリして動けなくなっただね。私が悪かったです」
いやいや、店長に謝られても。大体、”入る時に自動扉が開いた”時点で、わかるじゃない。幽霊や精霊はす~っと、通り抜けてくるんだよ。
私もとんだおバカキャラを演じてしまった。
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その後、女性の話しを聞くと、本当になんの関係もない人というか、むしろ親切な人だった。
「私は、桜子なんて名前じゃありません。佐野 洋子。彼の名前は知りませんが、顔は思い出しました。二日前に歩道で派手に転んだ人なんですよ。頭を打ったようで血が出てたので、ハンカチを貸しただけ。急いでたんでそのまま立ち去りましたけど」
男性のほうは、妄想癖のある人のようで、病院を出たり入ったりしてたそうだ。
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淳一が笑いを必死にこらえてる。目が”ばかじゃね、おめえ”と私を見てる。
はいはい、どうせ、私はこの店の接待の初歩もわかってないです。だって、普通、あんな事件がおこるなんて、思ってないし。男は悪霊にしかみえなかったんだけどな。
「いいわよ、俊君にちゃんと一から説明するから」と、店長と淳一にいったが、”信じてもらえないでしょう。私も言いませんしね”と、店長までおもしろそうに笑うだけだ。
あのお雛様のような精霊は、そのままずばり、お雛様なのだそうだ。
「もともと、災厄を肩代わりする人形から始まったのが、雛人形ですからね。本来の仕事を果たせて彼らも本望でしょう。お礼に花と白酒をそえておきました」
警察の事情聴取をおえ、佐野洋子さんを送っていった俊君がもどってる。
「飛鳥先輩、腕に自信があるのか、説得に自信があるのかもしれませんが、あの男は駄目です。ちょっと危ない薬をやった奴の目です。勇敢というよりむしろ無謀ですね。彼女一人での店番は無理なんじゃないでしょうか?」
淳一は、笑いをおさえるのが無理のようで、倉庫へ走っていった。きっと今頃、大笑いしてるだろう。
「もっともですね。俊君。彼女が一人になる時には、店のドアは閉めましょう。それで解決します。お客さんが来た時だけあければ済む事ですから」
店長の提案に、ああなるほどと感心。精霊や幽霊はドアは関係ないものね。”これでわからなくても大丈夫”なんて、つぶやいたら、俊君が盛大なクセスチョンマーク顔で、無自覚無謀女子 という評価をいただいた。あ~あ。
水曜か木曜の深夜午前1時~2時に更新します。




